六人目~八坂徹~

○この度は本当にありがとうございます。彼と一緒にウドルカルマを作った人間として、彼の友達として少しでも彼の事を知りたいと言う気持ちに嘘は無いです。話せることだけで結構です。録音しているのでもう一度言いますが、このインタビューをどこか外部で発表することはありません。


■私も迷ったんですよね…でも…あなたの強い意思に根負けしました。話せることだけですが話させていただきます。勝手に調べてやってきたのなら追い返しましたが、彼と一緒にいて…彼の叔父さんも一緒に探しているって聞いたら…うん…他の人とは違う感じがするし、協力させていただきます。


○ありがとうございます。そう言って下さって光栄です。彼は施設から出たあと、この工場で働いていたと言うのは本当なのですね?


■はい。本当です。そう言う子供達を受け入れているんです。誰かが受け入れないと…彼等はまた繰り返してしまう。それを止めたいんです。正直小さな町工場なので団体に寄付をしたりとかはできないのですが、こう言う形でも社会貢献できるのではないのかなと思いまして。


○素晴らしい取り組みだと思います。しかしどうして彼を?


■彼は…そうですね…彼みたいな子こそがこの世界に受け入れられなければならないと感じています。日本を揺るがした犯罪を起こした彼ですが…だからこそ、きちんと受け入れて、普通と言う事をわかってもらえたらと考えてうちの会社で預かりました。

単純な犯罪、例えば窃盗とかケンカからの殺人とかを犯した子は経験がありました。彼等はよくやってくれています。小さな海産物加工工場ですが、今、レーンを管理しているのは以前道を踏み外してしまい人を殺めてしまった子です。本当によくやってくれています。この前なんて…被害者の両親から「もうお金は送ってこなくて大丈夫。あなたの気持ちはわかりました。あなたは幸せになってください」と言っていただけたと、涙を流しながら私に報告してくれました。彼等は知らなかっただけなのです。機会が無かっただけなのです。その機会を与えることができて、そして負い目はあるでしょうけど、幸せになってくれたのなら…それが私の幸せです。


○工場見学もさせていただきましたけど、華奢で…言葉は悪いですが可愛い?そんな感じの少年が多いですね。いかにも「番長!不良!」みたいな人は見かけなかったのが不思議でした。


■私も年齢が年齢ですし…選ぶって事はできないのですが…まあ…大人しそうな…ちょっとしたきっかけで道を踏み外してしまった子をお願いはしています。以前…あの子の少し前に受け入れた子はあんまりにもあんまりで…注意をしたら工具で殴りかかってきたんです…その上で考慮していただけているのかなと…本当はどんな子も受け入れたいのですが…やはり…難しい部分があるんですよね。誰だってまともに生活をして、まともに暮らしたいとは思っているんです。でも、それが中々難しい子もいる。そこで変に…影響されて欲しくないと言うか…なんと言うか…


○例えば…派手に悪い事をして、それを反省していない子が入ってきたら…また誘われたり影響されて道を…と…?


■立場上「はい」とは言えないので色々と察していただきたいのですが…まあ、ねえ。人は色々ありますからね。


○多くの少年たちを見守ってきた八坂さんですが…彼は実際どうでした?他の子と違いました?


■そうですね…最初は「こんな地味で物静かな子が…」と感じましたね。うん…なんて言うか…不良とかそう言うのじゃなくて本当に普通の子で…いや、うちの工場にもそういう子、パっと見た感じ普通の子って言うのは居ますよ?

でもなんと言うか…本当に街を歩いている子たちと変わらないんですよね。最初は緊張していたのかオドオドしている雰囲気もありました。でも、仕事に慣れてきたらすぐに色んな事を覚えるし、自分から率先して仕事をするので職場でも気に入られていたと思いますよ。

うちの職場はあまり従業員同士で話さないんですよ。やはり過去には色々とありますし…事件を起こした子が誰かの過去を聞いたら、その子も言わないといけないじゃないですか?だから自衛も含めてなにも聞いたりはしないんですよ。

それがわかって安心したのかなあ…あの子も触れられたくない!って気持ちが大きかったのでしょう。だから誰も触れないとわかったら気が楽になって、きちんと社会に溶け込もうとしたんでしょうね。

どの子も大変だと思いますよ。少年犯罪をして…そこから施設などで多くを学びますが…楽しい学生時代が無くていきなり就職でしょう?遊びたいと言う気持ちがあって、逃げてしまう子もいるんです。それはもう雰囲気でわかります…しかし…


○彼がここを辞めたのは…予想外だったと…?


■そうですね…おとなしかったからずっといるかなとは思ったのですが…彼女と暮らしたいからここの給料ではちょっと難しい…って話しで…お恥ずかしい話しです…


○何か問題を起こしていなくなったとかでは無いと?


■そうですね。全く無かったですね。彼女を作れるような積極的な子だったのかな?とか考えましたが…


○いや、そっちじゃないです。


■そっちじゃない?どう言う事ですか?


○あなたが何か問題を起こして辞めたとかは?


■…?……私に問題があればそれはそれで良いんです…それを解決すれば良いのですから…しかし…思い当たる所は…ありませんね…まあ、女の子と暮らすには…正直満足させられる給金はすぐには難しかったですし…


○そうなのですか。本当に無いですか?


■はい。自分で自分を良く言うのは好きじゃないですが…無いですね。


○なるほど。あなた自身の行動に問題は無いと?


■はい。何度でも言います。無いですね。あるとしたら給与面が問題だったかなと。


○例えば働いている少年の過去をエサに要求はしていませんか?


■え!?……何て事を言うんですか…


○例えば仕事にも慣れてきて、真面目にやっていこう。何かあるかもしれないけどここにいる限り大丈夫と思っている子供達に付け入った事は無いですか?


■失礼ですね…そんな事…ありえませんよ…


○例えばここを放り出されたらどこにも行く事ができない子供達に性的な虐待をしていないですか?


■何て事を言うんだ!言って良い事と悪い事があるぞ!帰ってください!


○例えば私がここで働いている少年にすでに聞き込みをしていて多くの言質を取っていたらどうですか?


■ありえない。そんな事はありえない。良い加減にしてください。


○例えばこの話がこの街に、そして世間に広まったらどうしますか?


■何なんだ君は!失礼にも程がある!


○例えば私が山塚智大と繋がっていても同じ事を言えますか?


■山塚…?


○あなたの頭を工具で、彼が言うにはスパナだったのですが、まあ何にしても殴りつけた相手ですね。彼と会ったんですよ。


■だから…どうしたって言うんだ!私は何もやっていない!!それに山塚君の事は私が被害者じゃないか!!彼はめちゃくちゃだ!!


○はい。メチャクチャですね。でも私にはやらないといけない事があるのでめちゃくちゃな事を言わせていただいていいですか?


■なんだ…一体何なんだ!!


○あなたがここで少年を犯していると言う話を広めようかと。山塚と一緒になって。


■そんな事して何になる!!第一そんな事していない!!


○考えられる展開としてはこの工場は白い目で見られるでしょうね。そして働いている少年は全員警察から事情聴取もされるでしょうね。でも、まあ…やってないのですからみんな何も無いって言いますよね。じゃあ結構揉めたり週刊誌とかが嗅ぎつけたりする。

格好のスクープですよね。善意で少年達を雇用していた工場の社長が変態ホモ野郎だったってニュースは。別に世間やメディアは無実でも有罪でもどっちでも構わないんですよ。それは多くの犯罪者を雇用してきた人間だからわかるんじゃないですか?外野はいつも盛り上がりたいだけなんです。火だるまになって血を流す人間を見たいだけなんですよ。

あのね、世間って言うのはあなたを笑いたいんですよ。あなただけじゃない。この世界の善人全てを笑いたいんですよ。笑うことで安心して「あいつも俺じゃねえか」って安心したいんです。あなたは本当に善人だと思います。しかし、だからこそ誰からも平等におもちゃにされてしまう状態にあります。

善意は一枚の凄く薄い膜で守られています。その周りにいるのはあなたを取り込む悪意ですよ。

そしてその悪意はね。きっかけを待っているんですよ。どんなきっかけでも良い。それはスペシャルな物である程良い。

山塚は狂ってますよ。彼はまた近いうちに事件を起こすと思う。その前に騒ごうかと。彼のめちゃくちゃっぷり知っているでしょう?面白いと思ったらやりますよ。それにあなたの事をまだ言う程覚えている。もしかしたら恨んでいるかもしれないですよ?

どうですか?あなたが善人でも悪人でもどっちでも良いんですよ。世間はいつだって血を求めている。あのね、八坂さん。一番怖いのは噂なんです。噂っていうのは正体が無いんです。噂っていうのは人によって大きくなるんです。事件っていうのは絶対です。それはもう起きているから。誰だって見られるから。そしてもう事件からは血が出ない。かさぶたを剥がすような薄い血は出ますけど、周りが見たいのはそんな小さい物じゃない。もっともっと大きな、赤く勢い良く飛ぶ血なんです。

と、言う事はですよ、私が怪しい動きをしたらこの工場は窮地に陥って、更生しようとしている少年たちも路頭に迷ったりして結局はまた犯罪の道に戻るかもしれないんですよ。

大丈夫です!そんな事は、そんな事はしませんよ。私だってそんな事はしたくない。あなたのやっている事は尊敬に価すると考えています。本当に凄い。だからこそ、私がそんな事をしないためにお願いを聞いていただきたいんですよ。


■なんなんだ…君は…一体なんなんだ…


○彼の友達です。それ以上の答えがありますか?彼と一緒にウドルカルマを作った友達です。本当の友達です。その彼を探している。だから、彼が前に住んでいたアパートを教えてください。それで大丈夫なんです。あなたは日常をただ歩くことができ、あなたが世話をしている少年も何不自由なく正しい道を歩むことができる。約束します。彼の住んでいたアパートを教えてくれたらそれで良いんです。


■あの子の事は…教えられないと…言っただろう。


○私は彼の友達なんですよ?会わなきゃいけない理由があるんだ!あなたの善意なんか私の思いに比べたらゴミだ。だからですよ?遠慮してください。遠慮していただければ私からは何も言う事が無いんですよ。

怒らないでください。大丈夫です。私は大丈夫ですから怒らないでください。ねえ八坂さん。教えてくださいよ。それで何か起きるなら私も聞かないですよ。私はね、ただ昔の友人と会いたいんです。再開を喜びたいんです。過去を謝りたいんです。私は受験勉強を言い訳にして過激になって行く彼等を止める事ができなかった。それを悔やんでいるんです。

個人情報保護、少年法、善意。全てがこの私の純粋な思いを邪魔するんです。私は彼と…彼と友達なんですよ!?なんでなんですか!!答えてくださいよ!!私のこの友情を…過去の贖罪を…誰が止めて良いんですか!?

大丈夫ですよ。八坂さんの事は誰にも言わないです。このインタビューもすぐに消しますよ。どこかに発表するって訳でも無く、自分の中でのけじめなんです。けじめが付いたら全部消します。

彼に会った時には「探偵に頼んだ」とかでそれでなんとかしますよ。お願いします。私の友情を、友情を優先してください。あなたの思いは十分わかる。だからこそこんなとんでもないお願いの仕方をしているんです。一歩も退けないんですよ。


■なぜ…なぜこんな方法を…


○手っ取り早いからですよ。ここからまた時間をかけてなんになりますか?彼がまた何かしら犯罪を起こしたらあなたは責任を取れますか?


■あの子は…更生している!道を踏み外す事は無い!!


○私もそう思っていましたよ。ウドルカルマを作った最初はそう思っていたんですよ。宗教ごっこです。ごっこ遊びなんです。あんな事になるなんて思ってなかった。女の子を殺しまくるなんて思ってなかった。

でもね、ここまでめちゃくちゃなお願いをしているのだから私も言いますけどね。多分彼一人の犯行じゃないですよ。動いて殺したのは彼かもしれないですが、もう一人いる。安心してください。そいつはもう死んでいます。でもね、彼の性格…わかるでしょう?弱いんですよ。影響されやすいんですよ。

どこかのバカが彼と仲良くなって…そしてまた何か…事件を起こしたらどうなりますかね?この工場も含めてどうなるんですかね?私はね、この行動が八坂さんに理解されるなんて思っていないんですよ。そりゃそうです。逆の立場だったらもう全然理解できない。同じ事を言う。でも、八坂さんが私の立場でも同じ事を言っているんですよ。そのくらい切羽詰っている。

私が、友達として、そして…広義の意味で共犯者である私が彼と話さないと駄目なんです。私が彼を止める。今度こそ止める。絶対に止める。そのためにも彼と会わないと駄目なんですよ。

わかってください。わかってくれなくても別に良い。ただただ教えてください。それで何かが変わるんです。またはこの工場が通常に、誰の生活もそのまま変わらず進むことができるんです。


■めちゃくちゃだ…君が言っているのは…普通じゃない…


○普通じゃなくて良い!!彼も私も普通という檻の中でどれだけ不自由してきたか分かってるのか!!彼は普通に戻ろうとしている。なんとか普通になろうとしている。しかし心の中、本当に人を殺したかったのか、殺したくなかったのか、それはわからないですが人を殺したと言う完全な異常者です。

そこだけは忘れないでください。私は彼の友達としてなんとかしたいんですよ。本当にただただ力になりたいんですよ。

普通…それは最高です。彼は普通だった日常を追い求めて毎日を頑張り、そしてここで仕事をして普通を夢見たんでしょう。彼女がいるんでしたっけ?それも普通を追い求めての事ですよ。彼は普通になろうとしている。しかし、その普通をまだ知らない彼がどうやって普通になるんですか?

私は普通に大学を卒業して、普通に働いて、今では普通とはちょっと違う場所…会社員ではなくフリーライターしていますが…多くの普通のことは経験してきました。

私が彼に普通を…普通の檻に戻す…友達だからだ。大切だからだ。共有しているからだ。共犯者だからだよ!

畜生!私は人殺しの!仲間なんだよ!!怖いんだよ!!あいつがまた人を殺したらどうする!!お前責任取れるのかよ!!そんな恐怖の中で生きたこと無いだろ!こんな恐怖の中で毎日を過ごしたことないだろ!!だからなんとかしたいんだよ。あの事件が起きた街がどうなったかわかるか?クソだ。本当にクソな街だ。もう普通に生きることは無理だ。ほとんどの関係者は引っ越して、事件なんて風化して欲しいって誰もが思っている。

でも誰もそれを許しちゃくれないんだ。あんたは善意で犯罪者をここで働かせているけどな。それってそいつ等がここに居るってことなんだよ!被害者、関係者からしたらそれが一番怖いんだよ!不気味なんだよ!

さっき噂がどうとかって話をしましたよね?それなんですよ。彼等は存在から噂になってしまった。形から影になってしまった。そんな状態をこっち側は何もするなと?違う。何かしないといけないのは私達なんです。あなたには感謝もしていますよ。彼を、あんな彼を預かってくれていた。しかし、一番必要なのは…私のような友達なんだと思うんです。彼も普通には友達?話したりする人はいるでしょう。しかし、心の奥底、本当に思っていることを伝えられる友達はどのくらいいるのかとかわかりますか?

多分居ないですよ。彼は「自分は人殺しだ。自分は犯罪者だ」そういう風に思って毎日過ごしてますよ。働いていますよ。溜め込んでいますよ。発散できないでいますよ。良いんですか?本当に良いんですか?

八坂さん。あなたがやったこと、今回やった事はね。途中で放り出したんですよ。誰もがやってきた事、施設もまあそうでしょうね。弁護士や相談員も。全員がやってきた事をさらにあなたがやったんですよ。なんで最後まで面倒見なかったんですか?なんで彼をここで一人前にしなかったんですか?

捨て猫に餌をあげて懐いてきた所でまた放り出すんですか?それって二度捨ててますよ。本当にそれで良いのですか?私はそれが一番良くないと思う。二度も、いや、彼からしたら何度も誰かに捨てられている。それを繰り返して来ただけじゃないですか。かけきれない優しさなら最初からかけない方が良いですよ。彼はここで働きたかったんでしょうね?彼は真面目になりたかったんでしょうね?

彼女ができた!結婚したい!でもこの給料じゃ無理だから転職する…それは普通ですよ。でも彼の背景は普通ではないですよ。そんな彼を追い出してしまった…彼はどうしたら良いのでしょうかね?履歴書を書かないといけない。面接にもいかないといけない。

多分まあ嘘をついたりするでしょうね?また自分を欺く。そして飲み会とかあるでしょうね?そこであの事件の事が話題に出たりするでしょうね?

彼はそこで社会の不条理を知るんですよ。ここでは知らなかった不条理を。ここはね。楽園じゃないと思いますよ。ここは普通の社会じゃないですよ。誰もが遠慮しながら関わらないように過ごす訳じゃないですか?誰もが脛に傷がある。その傷があるから誰も誰とも触れ合えない。分かり合えない。

ここは監獄より辛い。だってみんなやっと普通に、普通になれると思ったんだ。でもなれないんですよ。あなたの善意が彼等を檻に閉じ込める。善意の檻に鍵は無いんですよ。その檻に閉じ込められたら一生出ることもできないのに模範囚の振りをしないといけないんですよ。

八坂さん。あなたは残酷です。本当に残酷です。彼等は光りを求めていた。しかし結局は影を歩き続ける。この工場にいる限り。あなたの光りは増していくでしょう。あなたの人生は充実し、善行の中でもっともっと光り輝き続けるに違いない。しかし、その光りを作る燃料は彼等の闇だ。影だ。それを分かっているのですか?

分かっていてやるなら何の問題もないですよ。それはもうそう言うロジックだ。やり方なんですから。でも八坂さんは本当に良い事をしていると思っているじゃないですか。八坂さんは世間一般で言えば善人ですよ。それはわかる。私だって彼と、田中と会わなきゃあなたの話をニュースや誰かがそのうち書くかもしれないノンフィクション小説で読むかもしれない。感動するかもしれない。

「ああ、この世界はまだ完全な闇じゃないんだな」って思えるかもしれない。でもね、それは遠い所にいるからなんですよ。遠い所にいるからこそそう思えるだけなんです。物事に角度とか見える面がありますよね?その話なんですよ。私達から見えている面を考えた事ありますか?加害者の近くにいた人間、そして被害者の近くにいた人間。結局あなたがやっている事は関係のない人間が自分のためにやっているだけなんだ。血こそ流さないが、もっと残酷だ。あなたはもう一度捨てた。彼を捨てた。彼をこの世で一番怖い所に放り込んだんだ。「現実」に放り込んだんだ。

だから私が必要なんです。あなたに必要なのは私なんです。加害者の周りの人間に何も言われた事ないでしょう?むしろ感謝くらいじゃないですか?かけられる言葉って言うのは?何故かわかりますか?加害者の周りの人間はもう口を開いてはいけないと思っているからですよ。

加害者の周りの人間は贖罪の中で生きて行く。何か自分にとって悪い事が起こっても、「俺には関係ないのに」と思いながらも加害者の近くにいたって言うだけで我慢して生きていくんですよ。加害者の近くにいたから。止められなかったから。本当なら自分たちが引き取るべきだと思っているんです。それなのにそれすらできない。

あなたは彼の親になれますか?親と思ってくれて良い!そう言う風に言っているでしょう。しかし本当に親になれますか?莫大な慰謝料を払えますか?膨大な後ろ指に耐えられますか?あなたはそれを、近くにいる人間なら避けられない悪意をすべて無視しているんですよ。いや、その悪意を燃料に善意を集めているんですよ。

逆の立場、被害者はどう思っているんでしょうかね?そりゃ大変ですよ。殺されているんだから。その人達は何か言いますか?とりあえずは「更生して欲しい」って言いますよ。何かそこで言ってしまったらメディアが取り上げて血みどろの戦いに放り込まれる。被害者って全員「殺したい」って思っているに違いないですよ。私はその気持ちを尊重します。それは彼等の正義なのです。

「殺す」その行為自体は絶対にダメだ。人間を獣に変えてしまう。しかし思う事は悪くないじゃないですか。絶対に悪くない。非常に単純で攻撃的な思いですが絶対に悪いとは言えない。なぜなら彼等は奪われているからですよ。奪われた人間だったらその位は考えますよ。被害者は黙るんです。黙るしかないんです。ただただ事件が薄くなって欲しい。そして…ただただ平穏を求める。加害者は未来に恐怖して、被害者は過去を恐怖する。ずっとこの構図で続いていくと思いますよ。

八坂さんがいるから心が救われている被害者もいるでしょう。「更生さえしてくれたら」そう思う被害者もいますよ。でもね、そう考える人って本当はめちゃくちゃ苦しいですよ。自分の血を振り絞ってどこまでも苦しんでいる人ですよ。その耐える心は善意です。本当の善意です。本当は殺したい気持ちを抑えて堪える。それが何よりの善意ですよ。そしてその善意をあなたは食っている。善意で善行を輝かせようとしているんだ。

八坂さん。八坂さん。そんな顔しないでくださいよ。あなたは悪い人間じゃない。多分、やれることをやったんだ。でもね、それが誰にとっても最高の結果を生み出すって訳じゃないんですよ。誰かにとっては最悪な結果を残すかもしれないんですよ。あなたは善人すぎた。本当に善人だと思います。だからこそ、今、そんな泣きそうな顔をしているんですよ。大丈夫。私が言ってあげます。「あなたは悪くない」絶対に悪くないですよ。そう、泣かないでください。ただちょっと…思った事、やった事と結果が違っただけなのですから…だから後悔はしないでください。これからも続けましょう。じゃないと…誰もが居場所を失います。誰もが消えてしまいます。必要な事はやるべき事を続ける事なんです。八坂さんはこの事業を続けましょう。それは善行ですし、絶対に必要な事です。

そして…私にもやらないといけないことがあると言うのは分かっていてください。私は彼に会う必要があります。それだけは分かっていて欲しい。彼と会って何が起こるのか?それはわからないですよ。そして八坂さんもわからないですよ。ここでもし働いていたら…私、田中、八坂さんの三人で話していたら何かあったかもしれないです。しかし、もう無いんです。そのフェーズは終わってしまった。もう八坂さんは彼に触れることも分かり合う事もできない。やらないほうが良い。

八坂さん。わかってくださいよ。私は何も彼に危害を加えようとしているんじゃないんです。友達として、ただの友達として…この社会を生きていく為に協力をしたいんですよ。彼はまだ赤ちゃんです。この社会では赤ちゃんです。恋人と…本当にしっかり暮らせているか知りたくないですか?

でもあなたは行けないでしょう。工場の事もあるし…給料のこともあるし…そしてずっとずっと色んな少年がここに働きに来る。キャパオーバーじゃないですか?

だから代わりに私が見てきますよ。絶対に報告します。彼がどう言う風に暮らしているのか。彼女はどんな人か。全部報告しますよ。八坂さんは彼の胸の内を知れた事がありますか?何を考えて何をやってきたかを知っていますか?知らないでしょう?

私は知っているんです。私は…彼の仲間なんです。私は…彼の共犯者なんです。私が存在しなかったらウドルカルマは存在しなかったし、彼は犯罪を犯さなかった。この思いがずっとずっとずっとずっと頭の中を巡っているんです。この思いがずっとずっと私を追いかけてくるんです。

だから私は彼に会わないといけない。彼の思いを聞いて、彼を受け入れないといけない。信用してください。私が…彼にこの世界の行き方を教えてみます。彼は彼女にどこまで自分の事を話したのかは知らないです。しかし…言った上での付き合いならまあいいとして、言っていなかったら?それはもう彼の心は…重く…そして厳しく閉ざされているでしょう。私が開きます。今、関係者は彼の居場所を知らない人が多い。彼の両親は…知っているのか…それは私も知らないです。

ですが、八坂さんの話を聞く限りでは彼は孤独なのだと思います。孤独はマイナスに進む思考を育ててしまいます。もし何かのきっかけで今の生活が崩れたら?何かのきっかけで人とぶつかりあってしまったら?

彼は人を殺しています。もしかしたら…もう一度…あるかもしれないです。この工場を辞めてしばらく経っているんですよね?そこそこ長く勤めて…そして離れていった…その彼のことが不安じゃないですか?日本を揺るがした殺人事件の犯人である彼が…不安じゃないですか?心配じゃないですか?

だから…私に任せてくださいよ。絶対に…友達として…友達として…応援します。うん…そうですね…応援しますよ。

だから…彼に会いたい。お願いします。彼が住んでいたアパートを教えてください。


■……………………………………私は間違っていたのか…?


○間違っていません。絶対に。ただ…犯罪者の周りには、必ず加害者と被害者が存在するんです。ただそれだけの話です。


■………私は…あの子に…何をしてあげるべきだったのか…


○何も…何もできないんですよ…誰も何も…だから私が…友達として…彼の話を聞きたいと思っています。そう、色んな人の話を聞いてきました。この行為は自分自身のけじめです。最後に…彼に辿り着いて…話を聞けた時…全ては終わるんです。協力していただけませんか?

彼をこの世界で生かすために。


■………あの子を…この世界で…


○お願いします。


■わかった…その気持ち…私も色んな人と…色んな話をしてきた…本心だとわかる。うん…一つの…意思と言うか…何か強い力を感じる。わかった。教えるよ…あの子を…よろしく頼む。


○ありがとうございます…あの…こんな事を聞くのは恐縮ですが…


■何かな…?


○彼は悪かったと思いますか?


■…どうだろう…悪い…うん。悪いと思う。しかし…それが…彼だけが悪かったのか…そう考えてしまう…もしかして…誰もが、この世界で生きている人間の誰もが加害者で…誰もが被害者なのかもしれないな。


○ありがとうございました。


~メモ~

田中が住んでいた所がわかった。何も考えていなかった。ただありもしないことを言って脅すつもりだった。


よくあんなでまかせを言える。殺すためなのに。


しかし話しながら泣いてしまった。守りたい、友達…陳腐な言葉だと思う。


本心?違う。田中は、田中が存在するだけで怖い→それこそ本心?


田中と会ったら殺すだろう。どう殺せば良いのか。バレない手法。バレない方法。


しかし、心が熱い。あんな嘘を、嘘を話したはずなのに心に火がついてしまったように熱い。

嘘なんだ。私が話したのは嘘なんだ。


でもどうしてこの録音を聞いていると泣いてしまうのか。

どうして今こうなってしまったのか。


中学生の時、こんな未来を夢見ていたのだろうか。

先生に会うまでこんな事を考えていたのだろうか。

あの時、何かできたんじゃないのか。

考えるという行為が拷問に思えるほど頭をめぐる。


決心には揺るぎは無い。

だけど、ただ、ただ、辛い。

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