第5話
「あ、あの、昨晩からずっと言われているその「小野小町の生まれ変わり」って…?」
この美しい男にここまで近寄られ、高鳴る胸を落ち着かせながらも棠棣は思わず問うた。彼女は現実的な姫君だから、いくら輪廻転生と謳われる世の中であっても生まれ変わりなどは信じられなかったのだ。勿論、今目の前に神がいることも。
「あれ、晴明殿から聞いていなかったですか?貴女が小町殿の生まれ変わりだということを」
しかし夜刀神は落ち着いている。蝙蝠を彼女の顎から引いて、今度はそのほっそりとした白い指で棠棣の黒髪を優しく梳いた。
「あぁ、やはり小町殿によく似ている。晴明殿…、あの頃は晴明という名ではなかったのですけれど、三人でよく花見をしたものです」
「三人で…?」
棠棣が聞き返すと、夜刀神はまた目を細めた。
「ええ。私とあの頃の晴明殿と小町殿はとても仲が良かったのです。晴明殿は、前世でも神を操る能力を持っておられました。まだ彼が能力を完全に自分のものに出来ていなかったとき、その力によって私が降りたのが小町殿の屋敷の庭でした。まるで今夜のように」
彼の艷めく紅い唇からは次々と言葉が紡がれる。
「…きっと晴明殿は、小町殿が好きでした。生まれ変わった今も、その気持ちはお変わりないのでしょう。妻を持たれてなお今も式神を通して小町殿とお話なさる。だから今夜貴女の方違えを受け入れたのでしょうね」
夜刀神はそのまま棠棣の髪をすくうように持ち上げた。
「幾度も言うようですが、貴女は小町殿の生まれ変わりです。貴女は信じないと言うのでしょうが、確かに貴女は小町殿の影を持っておられる」
「影?」
「そう、影です。生まれた時からその面差しを持っておられたのでしょうが、そこに棠棣という名をつけられたことも偶然とは思えない。そうでしょう?」
夜刀神にそう言われると、何故か納得してしまう。
「…信じられないわ、そんなこと。私があの小野小町の生まれ変わりだなんて、そんな夢みたいなことあるはずがないもの。今あなたが目の前にいることも、きっと夢なのよ」
棠棣が目を伏せてそう言い放つと、夜刀神はとても悲しそうな瞳をした。はらりと棠棣の髪から手を離し、こう言った。
「……いつか信じなければいけない時が来る。貴女がどう言おうと貴女は小町殿の生まれ変わりで、私は白蛇の神なのです。そしてこれは夢でもない。……現実世界のことなのですよ」
夜刀神にそう言われ、棠棣は今のこの状況を飲み込もうと必死だった。
目の前にいるこの美しい男は白蛇の神で、自分は小野小町の生まれ変わり…、竹取の物語よりも物語らしい話ではないか。全くもって頭の方が追いつかない。
そんな棠棣を見て夜刀神はただ笑うだけだ。
「まぁ、そのうちわかるときがくるはずですよ。晴明殿とももっとよく話してみればいいと思います。彼ならきっと理解してくれる。
……あぁ、そろそろ丑の刻ですね…」
夜刀神のその言葉に、棠棣は刻のことを思い出した。
「宴がある…んですよね…?」
「ええ。もう何柱かの神がいらしていることでしょう。貴女が見たのが私で良かった、他の神なら貴女は今頃生きてはいないでしょうね」
笑顔でそう言う夜刀神の顔つきは阿漕にそっくりだ。
怯えて思わず夜刀神から身を引く棠棣にもうひとつ笑みを零すと、彼は言った。
「さぁ、小町の姫君、目を閉じて。もうここからは見てはいけませんよ?貴女は早く寝所に戻って眠るのが一番だ。ほら、早く」
そしてまた白い指で優しく棠棣の黒髪を梳き、その手を彼女の目にかざした。
「早く目を閉じて、
目を閉じた刹那、彼女の鼻腔をくすぐるように甘い香りがした。
そして恐る恐る目を開くと、棠棣の目の前には、
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