第4話
「……だめだ、眠れないわ」
棠棣は闇の中で目をこすった。どうにも目が冴えて眠れない。晴明にああは言われたものの、眠れないものは眠れないのだ。
「今は何時なの…侍従や右近たちも寝てしまったのかしら」
ゆっくりと御帳台を囲う几帳を指でめくった。今宵は満月のようで、閉ざされた寝所の中よりも外の方が少し明るい。暗くしっとりとした闇夜を冷たく月が照らし、いつもは煌めく星さえも、今夜ばかりは眠たそうに瞬きをしていた。
(外の空気を吸えば少しは気分も変わって眠れる…かも…)
そう思って棠棣は静かに身をすべらせた。小袖と緋袴の上に真っ白な夜着を三枚ほど重ね、艶やかな黒髪をその上にゆったりと流した姿は心の無い者が見ても女神と見まごうほどだ。月明かりが柔らかに削いだ横顔はどこまでも繊細で、ふっくらとした頬には桜の花びらほどに紅がさしていた。
優しい衣擦れの音が響く。
棠棣は対の屋の南側にある南廂に腰を下ろした。
月の光を
(明日、惟征様のところへ行ってお話をするんだ…しっかりと気持ちを通じ合わせなくちゃ…)
その時だった。
「…おや、そこにおられる貴女はもしや、棠棣の姫君かな?」
少し笑いを含んだような声がした。
「このような日に晴明殿が方違えを受け入れるとは思いも及ばなかったのですが、お相手が棠棣の姫君とあらば、仕方もないことでしょうね…、なんと言っても晴明殿はずっと小町殿に頭が上がらなかったのですから」
声のした方に目をやると、そこには一人の見たこともない男が立っていた。
「…誰……?」
背丈は棠棣よりずっと高いだろうか。
髷を結わずに立烏帽子をかぶり、胸下まで下ろした髪は
透き通った白い肌に血の気は少ない。
少し短い眉はきりりとして、その下に落ち着く瞳を華やかに仕立てている。額の中央には象牙のような小さな角が煌めいていた。髪と肌が白いのに比べて、棠棣に向けて細く笑ったその瞳は宵闇の暗さだ。紅を零したような唇は夏の夜に濡れ、穏やかな笑みをたたえていた。
「私ですか?私は
「……神……?」
棠棣は大きく目を見開いた。その表情に、夜刀神と名乗った男はくすくすと笑う。
「そう、神です。私は白蛇の神、貴女が今宵お会いになられた晴明殿とは、彼が前の人生を過ごしていた頃からの友人になりますね」
そう言った夜刀神の背後から、ゆっくりと何か白いものが這い出てくる。
「あぁ、この子の紹介をしていなかったですね。この子は
それは大きな蛇だった。
月白色に輝く身体はしなやかで、瞳は紅い。
夜刀神の足元で止まったその蛇は頭をもたげ、夜刀神に向かって舌をしゅるしゅると吐いていた。
「…姫君?どうかなさったのです?」
不思議そうな顔をする夜刀神の言葉で棠棣はわれに返った。
「あ、あぁ、いや、ごめんなさい…、まさか神と逢うことになるとは、それも、方違えをした屋敷で…」
「まさかって貴女、ここは晴明殿のお屋敷ですよ?普通の人間の屋敷とは訳が違います。彼の屋敷でなければ私達もこんな軽々と降りてはきません」
そう言って、彼は棠棣に向かってゆっくりと歩み寄った。後ろをゆっくりと阿漕がついてくる。
「それに貴女はその名の通り小町殿の生まれ変わり…、私も一度お逢いしておきたかったのです」
閉じたままの真っ白な
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます