第二節:月明かりに照らされて

 非番の僕は川岸に来て寝転がり、青空を仰ぎ見ていた。雲一つない青空。だけど、僕の心は先日の今にも泣き出しそうな彼女の顔がこびりついて離れない。

 本当なら、翌日にでも彼女の所に行って謝罪をすれば良かったのかもしれない。でも、僕はそれができなかった。彼女に会いに行くことが怖かった。僕の発言について責め立てられ、頬を叩かれるくらいなら甘んじて受けるつもりだ。それだけのことをしたと自覚している。だけど、彼女に会いに行って会うことさえも拒絶されたら? 彼女に縁談を受け入れたと言われたら? そう思うと怖くて足が進まなかった。

「いつからこんな腑抜けになったんだろう?」

自分の優柔不断さに呆れて溜息が出る。こんなに思い悩んだことなんてない。一体、何がこんなにも僕の決断を鈍らせるのか? 彼女に対する僕のこの感情は何なのか? 彼女に関することは、分からないことだらけだ。

「ごほ、ごほ・・・・・っごほ、ごほ」

急に咳き込みだし慌てて手で口元を抑えた。

「ごほ、ごほ・・・・・っく!」

掌を見れば案の定、血が付いていた。

―――― 厄介なことばかりだな。

手ぬぐいを懐から出して、掌の血を拭った。掌から視線を外し寝返りを打つと、目の前には彼女が好きだと言っていた鶏頭の花が咲き誇っていた。

「綺麗だなぁ」

鶏頭の花を見て、思わず彼女のことを思い出すと自然と笑みがこぼれていた。

「総司?」

「近藤さん!?」

名前を呼ばれて起き上がると、そこには近藤さんが驚いた様子で僕を見ていた。

「どうしたんだ? こんな所で寝ていては風邪がぶり返してしまうぞ?」

「ははは、すみません。気持ち良かったんで、つい外で寝転がってしまいました」

―――― 良かった。見られてなかったみたいで。

笑って誤魔化しながら慌てて手ぬぐいを懐にしまうと近藤さんの所まで駆け寄った。

「近藤さんはこれから御用向きですか?」

「いいや、用は済んだよ。今から屯所に帰るところだ」

「じゃあ、僕も一緒に帰ります。近藤さんの護衛をさせて下さい!」

僕がそう言うと近藤さんは笑って了承をしてくれた。

「今日はどちらに行かれていたんですか?」

「あぁ、和流せせらぎ君の所だよ。こないだの縁談について話をしてきたんだ」

他愛もない話を近藤さんと話しながら何気なく今日の出かけた先を聞くと、一番触れたくない話題を聞いてしまった。

「総司?」

「あぁ、すみません」

思わず立ち止まってしまった僕は慌てて歩みを進めると近藤さんの隣を歩いた。墓穴を掘った。だけど、ここで彼女の縁談話について何も聞かないのは不自然だ。

「・・・・・・・・・それで、あの子は何て返事をしたんですか?」

「今回の縁談はなかったことにしてくれとのことだ」

「!?!?」

「会津藩経由での縁談だったからな。かなり申し訳なさそうにしていたが彼女は断ったよ」

「・・・・・・・・・どうしてですか?」 

彼女が縁談を断ったことに内心ホッとしたものの理由わけを聞いてみた。

「これ以上ない良縁だったと思うんですけど?」

「そうだな。俺もそう思うよ。だけど、彼女は医術をこれからも学び続けたいそうだ。例え、女の独り身は苦労が絶えないとしてもこの手で救える人は一人でも多く救いたいそうだ」

それを聞いて何とも彼女らしい答えだと思った。

「何より彼女は本当に自分がいた人と添い遂げたいそうだ。だから、大和屋の主人との縁談は進められないそうだ。そこまで言われては、俺も彼女の意志を尊重するしかないからな」

「そう、ですね」

「彼女が言うには鶏頭の花のような人が好みだそうでな。大和屋の主人は、好みの人柄ではないそうだ。俺は、この例えがよく分からないが、やけに具体的だったからな。俺が知らなかっただけで、彼女には好いた人が居るのかもしれないな」

「・・・・・・・・・鶏頭の、花ですか?」

「あぁ、確かにそう言ってたぞ。総司は知っているのか?」

「い、いえ。僕にもさっぱりですね」

近藤さんにはそう答えたけど、僕には心当たりがあった。鶏頭の花は彼女が好きな花だ。その時、彼女は鶏頭の花が僕らに似ていると言っていた。つまり、僕達新選組の誰かが彼女の想い人だということだ。

―――― はは、おかしいな。また胸が締め付けられるように苦しいや。

縁談話がなくなり安心したのも束の間、また新しい感情が芽生えてしまった。

―――― 労咳を患っているからこんなにも苦しくなるのかな?

「それからな。彼女はあの家を出て行くことになった」

「!?!?」

記憶が戻っていない彼女に行く宛はない。なのに、あの家を出て行くということどういうことなのか? 知らない間に記憶が戻ったのだろうか? そんな僕の表情に気付いたのか近藤さんは慌てて僕に続きを説明した。

「彼女は松本先生の所に行くんだよ。これからは医術の勉強に励むために住み込みで働くそうだ」

「住み込みですか? 女の子なのに大丈夫なんですか? 周りは男だらけですよね?」

「あぁ、俺もそこは気になったんだが、先方にも既に話を付けているようでな。対策は講じてあるようだぞ」

それを聞き少しは安心したものの突然の引っ越しに僕は心当たりがあった。おそらく、先日僕が言ったことが原因なのだろう。

「あっ! 総司!」

「総司だぁ~!」

僕が自責の念に駆られていると、よく一緒に遊んでいる子供達が僕の方に駆けてきた。どうやら、知らない内に屯所の近くまで帰って来たようだった。

「総司ぃ~! 一緒に遊ぼ!」

「遊ぼう!」

「ははは。総司は本当に子供達に慕われているな」

僕の足元にまとわりついて放そうとしない笑顔の子供達。そんな僕達の様子を見て近藤さんは朗らかに笑った。

「お前は今日非番なんだ。風邪も良くなったみたいだし、子供達と遊んできなさい」

「で、でも!」

「ここまで来れば、屯所は目と鼻の先だ。大丈夫だよ。護衛、ご苦労だったな」

「えっ? 近藤さん!?」

「やったぁ~! 総司、遊ぼ! 遊ぼ!」

「ここ最近、総司と遊べなくてつまんなかったんだ!」

「総司が知らないとっておきの場所教えてあげるよ!」

「僕が知らない場所?」

「そう、そう。最近見つけた僕達の隠れ家だよ」

近藤さんからも僕と遊ぶ許可を得た子供達は嬉々として僕の手を引っ張った。

 子供達に連れられてやって来たのは今はもう使われなくなった古い蔵と空き家だった。少し傷んでいたが子供達が隠れ家として遊ぶには丁度良いかもしれない。だけど、此処は草も生い茂り、街からも少し離れた場所にあった。何かあった時には少々危険な場所のように感じた。

―――― 巡察場所に加えようかな?

そんなことを思いながら子供達に蔵の周辺や中を案内してもらった。

「よく、こんな隠し通路をみつけたね」

「へへ、遊んでた時に見つけたんだ!」

この蔵には隠し通路があるようで、内鍵がかけられてもこの隠し通路からなら蔵の中に入ることができるようだ。大人だと見つけることができないことでも子供だと遊びの延長で見つけることもできるみたいだ。これだから、子供だからといって侮ることはできないんだ。

 日が傾きはじめ子供達を連れ立って帰路につくと、あの蔵の方に向かって歩く一組の男女とすれ違った。あっちの方向にはあの蔵と空き家くらいしか建っている建物はない。なるほど、大人の男女にとっては人目につかない逢い引き場所として利用されているようだった。


                  *


 雲が多い満月の夜。私は荷物の最終確認をしていた。近藤さんに縁談の申し入れを断ってから数日。私は松本先生の所で兄弟子の皆さん達と住み込みで働くための準備をしていた。兄弟子の皆さん達の手を煩わせるわけにもいかないので、数回に分けて荷物を運び出していた。そして漸く、明日から松本先生の所での生活が始まる。

「こことも今日でお別れね」

殺風景になった使い慣れた部屋を見渡して、そう呟いた。早いもので新選組に保護されてから二年の年月を過ごしていた。未だに記憶は戻らないけど、この家にはたくさんの思い出が詰まっていた。深雪さんと過ごした日々、私の記憶探しのため非番の日に訪れに来てくれた斎藤さんや藤堂さん。そして、沖田さん―――――――― 。

 余程、怒らせてしまったようで 、あれ以来沖田さんがこの家に訪れてくれることはなかった。私の方から屯所に出向いて沖田さんに今までのことを謝罪に行けば良かったのかもしれない。だけど、沖田さんのためにも新選組の皆さんのためにも早くこの家を出た方が良いと思い、引っ越し準備を優先してしまった。

――――― ううん、そんなのは言い訳だ。

私は単に怖かっただけだ。沖田さんにあれ以上拒絶されることに――――― 。

「んっ?」

カタッと外で音がしたような気がした私は寝間着に着替えるのを止め、恐る恐る外へ続く障子を開けた。目を凝らして、ゆっくりとを外を眺めるけど、ちょうど雲が空を覆っているようで月明かりで外の様子を確認することができなかった。

 再び、外からガサゴソと音が聞こえた。風が吹いているわけでもないので木々が擦れた音でもないはずだ。

「誰?」

「・・・・・・・・・・・・」

「誰かいるの?」

「・・・・・・・・・・・・」

そう呼びかけても返事は返ってこなかった。気のせいだったのかと思い、障子を閉めようとすると、また外から音がした。敏感になりすぎているのだろうか? でも、この家で過ごす最後の夜だ。最後の最後に近藤さんにご迷惑をおかけしては申し訳ない。何にもなければそれで良いのだ。

 私は自分の部屋から縁側に出て再び声をかけた。よく外を見ようと、草履を履き外に出た。目を凝らしても何も見えない。取り越し苦労だったのだろうと思い、部屋に戻ろうと背を向けると複数の足音がはっきりと近くで聞こえた。

 振り向くと、ちょうど雲に隠れていた月が顔を覗かせた。そこには腰に刀を下げた四人の男性が私を囲むように立っていた。

「!?!?」

先程まで人の気配を全く感じず、姿が見えなかったのに突如目の前に現われた浪士達に驚き、声が出なかった。浪士達は鞘から白刃はくじんに光る刀身を抜いた。

「新選組・沖田総司のことについて少々聞かせてもらいたい」

「大人しく我らに同行してもらおうか」

「い、いや! は、離してっ! だ、誰かっ!」

後ろから浪人二人に腕を力強く捕まれた。

「大人しくしていろ! さすれば、痛い目には遭わせぬ」

「っっ・・・・・・・・・」

何とかして逃げようと抵抗していると、浪人の一人がきっさきを私の喉元に突きつけた。

「おい! 早く、猿轡さるぐつわをかませろ!」

「うぅ! ・・・・・・っっ! っく・・・・・・!」

後ろから浪士に手拭いを口に押し込められ、手は後ろに回され縄で縛られた。

「お、おい! 暴れるな!」

「とんだ、じゃじゃ馬だな!」

「大人しくしていろ! と言ったのが聞こえないのかっ!」

「うぐっ!」

何とか逃げだそうと抵抗している私の鳩尾みぞおちに浪士は刀の柄頭つかがしらを勢いよく叩き込んだ。そして、私はそのまま意識を手放した。


                  *


 昼過ぎに近藤さん宛にもたらせた手紙のせいで屯所は慌ただしくなった。

「探し出せ! 必ず、捕らえろ!」

俺は山崎をはじめとする数名の監察方にそう言い放った。

「ったく~、このクソ忙しい時に余計な仕事を増やしやがって!」

俺はガシガシと頭をかいて近藤さんの隣にドカッと座った。

 手紙の内容はこうだった。和流せせらぎ華が消えた――― 、と。今朝、松本先生の所に来るはずだった和流せせらぎが姿を見せず、松本先生の弟子達が心配になり和流せせらぎの様子を見に行くと、家の中はもぬけの殻だったとのことだ。

「しかし、本当に何も手がかりになるようなものは残っていなかったのか?」

「松本先生の所の弟子達の話だと書き置きもなく、荷物が綺麗にまとまってたって話だからな」

「そうか・・・・・・」

「まぁ、山崎にはもう一度家の様子と聞き込みをしてから、アイツの捜索に当たるように言ってある。何か手がかりが見つかれば屯所に知らせが来るはずだ」

 記憶がない身元不明の少女を近藤さんが保護してから、二年。今まで逃げる素振りはなく、記憶が戻った様子もない。そんな少女の突然の失踪事件は俺達上層部を驚かせるには充分な出来事だった。

「近藤さん、これはアイツが倒幕派の人間と繋がってる可能性が高いんじゃないか?」

「トシ!?」

「近藤さんが言いてぇことは分かってる。だけどな、書き置きもないこの状況ではそう判断せざるを得ねぇんだよ」

「だが、何故今日なんだ? 別に今日でなくても良かったと思うが?」

「それは俺も分からねぇー。だが、昨日突如記憶が戻っての行動だとしたらある程度は説明が付くと思うがな」

「だが、しかし・・・・・・・・・」

近藤さんはお人好しだから未だに受け入れることができていなかった。和流せせらぎが倒幕派の間者の可能性を――――― 。

「今は山崎達の報告を待つしかねぇが、俺は最悪の状況を考えて手を打つ。近藤さんも覚悟はしてくれ」

「・・・・・・・・・・・・」

近藤さんは手紙を見つめたまま、黙って頷いた。


                  *


「おっ! やっと、お目覚めか?」

「お前が柄頭つかがしら鳩尾みぞおちを殴るからだぞ」

あれからどれくらいの時が経ったのだろうか? ゆっくりと意識を覚醒させると縛られた私の周りには数十人の浪士達が取り囲んでいた。

「おい! 起き上がらせろ!」

私の気を失わせた浪士がそう指示をすると近くに居た別の浪士が私を起き上がらせ、正座させられた。

 此処が何処なのかは分からない。だけど、起き上がったことで視界が広がり人が使わなくなって大分経ったあばの隙間から微かな日の光を感じることができた。どれくらい眠っていたのか分からないけど、夜が明けたのは間違いなかった。

「助けを求めても此処には誰も来ない。だが、大きな声を上げてみろ! お前の命はないからな! 分かったら頷け!」

先程から指示を出している浪士がどうやら主犯格のようだった。私は言う通りに頷くと、私を起き上がらせた浪士が猿轡を外した。猿轡を外され二、三回大きく深呼吸をした。

「さて、お前は新選組と懇意にしているな?」

「・・・・・・・・・・・・」

「特に一番組隊長の沖田総司とは親しい間柄のようだが間違いないな?」

「・・・・・・・・・・・・」

「おい! 何とか言ったらどうなんだ?」

無言を貫き通している私に苛立ちを覚えたのか主犯格の浪士は鞘で私の顎を持ち上げた。

「・・・・・・・・・何処の誰とも分からない方に答える義理はありません」

「な、何っ!?」

「女、ここは大人しく質問に答えろ!」

「我ら勤王の志士といえども、あまりにも無礼なことを言えば女とて容赦はせんぞ!」

「はははははっ!」

周りの浪士達が私の態度に口々に避難する中で、主犯格の浪士は声高らかに笑い出した。

「なるほど。なかなか、肝の据わった女のようだな。だが―――」

「・・・・・・っっ!」

パンッ! と乾いた音が響いたかと思うと私は頬を思いっきり鞘で叩かれた。

「自分の置かれている状況をよく考えることだな。そのような反抗的な態度いつまで続くか見物だな?」

「っっ・・・・・・」

「今回は、お前のその度胸に免じて名を名乗ってやろう。俺は長州の袴田だ」

再び私の顎を鞘で持ち上げると低く冷たい声で言った。

「お前の名は?」

「・・・・・・せ、和流せせらぎ

「では、和流せせらぎ、改めて問おう。お前は新選組と懇意にしており、特に一番組隊長・沖田総司と親しい間柄だな?」

「・・・・・・・・・知っている方ではありますが、皆さんが思ってる程の親しさではありません」

「嘘をつけっ!!」

私が正直答えると周りに居た浪士達は怒った様子で口々に批判し始めた。

「調べは付いてるんだぞ! あそこは、近藤の妾宅だ!」

「そうだ! そこに住んでいる人間が単なる知り合いで通るわけないだろうがっ!」

「お前が近藤の妾でなく、沖田と恋仲だという調べもついてるんだ!」

「恋仲? 沖田さんと私が?」

事実と異なることを言われて思わず声に出して聞き返していた。

「しらばっくれるんじゃねぇ!」

「こっちは沖田に仲間を何人も殺されてるんだよ!」

「お前が沖田と祇園祭に行っていったことだって調べが付いてんだよっ! 逢い引きでもしてたんだろうが!」

「それに、少し前まで沖田が足繁く近藤の妾宅に通って朝帰りしているのだって確認してるんだ!」

「あの家にはお前しか住んでないよな? 男が一人住まいの年頃の女の所に通って朝帰りなんて、やることは一つだろうがっ!」

沖田さんと恋仲というのは事実ではないが、かなり私のことを調べているようだった。浪士達の話を聞く限り、新選組というより沖田さん個人に相当深い恨みを持っているようだった。

「色々お調べのようですけど、沖田さんと私は恋仲ではありません!」

「これだけの証拠があるのにまだシラを切るつもりかっ!」

「嘘じゃありません!」

「お前が沖田を庇いたい気持ちは分かるがな、自分のことを考えたらどうだ?」

「この状況下では、いつ俺達に斬り殺されてもおかしくないんだぞ?」

「お前の知っている沖田や新選組の情報を教えてくれれば、これ以上の手荒な前はしないと約束する」

和流せせらぎ、お前は自分が人質だということを理解しているのか?」

相当統率力があるのか袴田が一言そう発すると周りは静まりかえった。

「この国を良くしたいと思った幾人もの同士達が沖田に斬られたんだ。先見の明がない幕府の犬である近藤のめいにしか従わず志を持たない沖田の一体どこが良いんだ?」

「沖田さんは、ちゃんと志を持っています!」

袴田のその言葉に私は思わず異議を申し立てた。

「貴方達はこんなことをして恥ずかしくないんですか!? 新選組の皆さんを時流が読めないとバカにされますが、新選組の皆さんはこんな卑怯な真似はしません!」

「何っ?」

私の言葉に袴田は怪訝な顔をして眉をひそめた。

「仲間を殺された悲しみは分かります。でも、だからと言って仇討ちをしたい相手の情報が知りたいからと無関係な人間を暴力で屈服させよう等ということは新選組はしません! 沖田さんなら正々堂々と貴方達に刀を振るいます!」

「・・・・・・・・・・・・」

「正々堂々の勝負では沖田さんの剣技に負けるから人質を取るんじゃないんですか? この臆病者っ!!」

「この女、言わせておけばっ!」

「武士を愚弄するとは恥を知れ!」

口々に批難する浪士達と違い袴田は私の言葉を聞いてほくそ笑むと私の胸倉を掴んだ。

「ははっ、つくづく面白い女だな和流せせらぎは!」

袴田はそう言うと私を思いっきり投げ飛ばした。

「おい! 袴田っ!?」

「お前は気が短かすぎるんだよ!」

「っく!」

私は二~三間投げ飛ばされ、柱に背中を思いっきり打ち付けると、再び意識を失った。


                  *


「それで、和流せせらぎは見つかったのか?」

屯所に戻ってきた山崎に俺は報告を促した。

「いえ、現在も監察方の方で行方を追っています。ですが、今回の件は事件性があるかと思います」

「事件性?」

俺がそう聞き返すと山崎は左足の草履を取り出した。

「これは?」

「中庭の茂みに落ちていました。女物からして彼女の草履ではないかと思われます」

「なるほどな。誰かに無理矢理連れ去られた可能性が高いってことだな」

自らの意志で逃げたのならば、きちんと両足の草履を履いて逃げるはずだ。それが片方だけ残っていた。つまり、そういうことだった。同士ならば、手荒なまねをする必要がない。

「白ってことだな」

「はい。近所に聞き込みをしたところ近頃、妾宅の監視をしたり彼女のことを聞き回ったりしていた見慣れない連中がいたようです」

「倒幕派か?」

「おそらくは。特に沖田さんとの関係を執拗以上に調べていたようです」

「総司が珍しく、他人に・・・・・しかも女に興味を持っていたからな。アイツが総司の弱味になるんじゃないかと変に目立っちまったんだろうな」

「なんということだ・・・・・・・。彼女は我々のせいで巻き込まれたというのか?」

山崎の報告を一緒に聞いていた近藤さんは酷く申し訳なさそうにそう呟いた。

「一刻も早く、アイツの居場所を突き止めろ!」

「はっ!」

山崎が和流せせらぎの行方を捜しに再び出かけようと障子を開けると、

「お、沖田さん!?」

「どういうことですか?」

そこには数日前からまた風邪をぶり返した寝間着姿の総司が立っていた。これには山崎だけでなく、近藤さんや俺も驚いた。総司は気配を消すのが上手いのは知っていたが、こんな間近に居ても気付かないほど上達していたとは思いもしなかった。

「なんで、お前がこんな所に居るんだよ? 病人は寝てろ!」

「あの子、倒幕派に連れ去られたんですか?」

「テメエーには関係ねぇーよ! 用がないなら、さっさと自分の部屋に戻れ!」

「答えて下さいよ、土方さん! 僕のせいで、あの子は連れ去られたんですか!?」

「総司・・・・・・お前は、どこから話を聞いてたんだ?」

俺に掴みかかろうとする総司に近藤さんがそう問いかけた。

「僕との関係を聞き回ってる連中がいるって辺りからです」

「ほとんど、最初っからじゃねーか!」

呆れた様子で頭を俺はガシガシと掻いた。俺と近藤さんは瞬時に目を合わせると大きな溜息を吐いた。

「山崎は、引き続き調査に当たれ!」

「・・・・・・承知しました」

山崎は一瞬、この場を本当に離れて良いのか迷った様子だったが、俺に一礼すると俺の命令通り和流せせらぎ捜しに戻って行った。

「総司、そこに座れ」

「・・・・・・・・・・・・」

俺がそう言うと総司は大人しく近藤さんと俺に向かい合うように座った。

「・・・・・・・・話を聞かれたなら仕方がない。和流せせらぎは現在行方をくらましている」

「それって―――」

「あぁ、お前の察している通り俺達新選組――― 特にお前に恨みを持った連中がアイツを攫ったようだ」

「!?!?」

和流せせらぎ君は、昨日から診療所に住み込みとして働く予定だったが、昼になっても訪れず、兄弟子達が様子を見に行くと姿が消えていたことが分かったんだ」

「ってことは、消えたと思われる前日から今日までの丸三日間行方が分からないってことですか?」

「あぁ、残念ながらな。今、山崎君達監察方が彼女の居場所を突き止めようと調査中だ。―――― 総司!?」

近藤さんの言葉を最後まで聞かず、障子に手をかけ立ち上がった総司に俺と近藤さんは驚いた。

「お前は何処に行くつもりだ!?」

「何処って探しに行くに決まってるじゃないですか?」

「馬鹿野郎っ! そんな身体で何処にいるかも分からない奴の捜索なんかできるわけねぇーだろうがっ!」

「でも!――― ごほ!ごほ・・・・・っごほ、ごほ」

「ほらみろ! 言わんこっちゃない!」

咳き込んだ総司の首根っこを掴まえると、巡察から帰って来た永倉と原田の姿が見えた。

「原田、永倉」

「どうしたんだ、土方さん?」

「おい、おい、総司はそんなに咳き込んで大丈夫なのか?」

「巡察で疲れているところ悪いが、コイツを部屋まで送り届けてくれ!」

「ひ、土方さんっ! っごほ、ごほ! ごほ! ごほ、ごほっ!」

「悪いが、総司が部屋から抜け出さないよう見張っててくれねぇか? あとで交代を寄越すからよ?」

「まぁ、別に構わないが何かあったのか?」

「ちょっとな。コイツ、具合が悪いのに外に出かけるって言いやがるからよ。部屋で大人しくさせといてくれ」

「あぁ、分かった」

「ほら、行くぞ!」

「・・・・・っごほ、ごほ! 恨みますよ、土方さん!」

総司より力の強い永倉と原田に挟まれ、総司も大人しくする他なかった。連行される形で部屋に強制的に連れ戻される総司は俺に一瞥を向け睨み付けた。

「絶対、何か分かったら教えて下さいね!」

咳き込みながらもそう言う総司からは真剣さが伝わった。

「まさか、お前が本気になるとはな・・・・・・・・・」

原田や永倉に連れられ自室に向かう総司の背中を見つめながら俺はそう呟いた。


                  *


「詳しいことは知らないが、お前も少しは冷静になれ!」

「そうだぞ。何があったか知らないが、そんな状態で出かけるのは止めた方が良い」

僕を部屋に押し込むと、永倉さんと原田さんは土方さんの命令通り、僕の部屋の前で見張りを始めた。あの二人相手では、部屋から抜け出すことは難しい。剣技では互角でも、純粋な力技ではあの二人には負けてしまう。

「こんな時に! ・・・・・っごほ、ごほ!」

止まらない咳を抑えながら、敷いたままにした布団の上に寝転がった。

 彼女が連れ去られたのは僕のせいだ。僕は、近藤さんの、新選組の剣として多くの倒幕派の連中を斬り殺した。その恨みが僕本人ではなく彼女に向かうとは考えもしなかった。

『和流さんのこと、大切にしてあげて下さいね』

山南さんと最後に交わした言葉が蘇った。

「・・・・・・・・・山南さん」

僕は懐から肌身離さず持ち歩いている彼女が作った山南さんと自分の分のお守りを取り出した。

 これ以上、僕の大切な人が散って欲しくない。僕と関わったばっかりに彼女が今も危険な目に遭っていると思うと、胸が締め付けられる思いだった。

―――――― 誰かを大切にするって難しいですね。

「お願いです、山南さん。どうか、彼女を見守って下さい」

月明かりで微かに照らされる部屋の中で僕はギュッとお守りを握りしめた。

「お願いです。どうか、僕が助けに行くまで彼女を守って下さい」

神仏に祈るでもなく、僕はかつての仲間で兄のように慕っていた山南さんにそう祈りを捧げた。

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鶏頭の花が咲く頃に 秋月ことは @kotonoha

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