第十九夜 引っ越し

 おれの地元に、やたらとハイカラな寺がある。そりやあもう都心の美容室とかブランドもんの店みたいな、硝子張り、大理石で洒落たライティング。建設中だったとき、おれは頭から美術館とか喫茶店とか、兎に角そういうもんだと思っていた。

 それが、完成してみたら寺なのである。

 まあ寺なんで、おれは不信心だから用も無いのに行かないので中には入ったことが無いが、その前を通る度に、奇を衒い過ぎだ。こんなことしたって若者が仏教徒になるわけでも無し。と馬鹿にしていたんだ。けど、やっぱり地元の新聞でこの寺のことが取材されていて、住職がインタビューに答えていたわけなんだけど、この答え方が良かったんだ。

「本来寺というのは、その時の最先端のものを民に発信していく場所だったのだから、その考え方に照らし合わせれば、現代の寺はこのような形になると考えたのです」

 とか言う話だった。

 おれは物凄く感心した。それなら確かにおっしやる通り、正解なのだ。そして寺っていうものに対して、ちょっと考えが変わった。なんていうか、仰々しいところから、ちょっと庶民の味方みたいな。そんな感覚になった。

 昨今少しそういったところが見直されて、写真集とか御茶会とか、お寺でヨガだとかいろんな企画も持ち上がっていて、少しずつ昔に戻っていっているのかもしれないなと思う。


 山南さんの葬儀の後、しばらく続いた春雨があがった元治二年三月十日。新選組は手狭になった壬生の屯所から、本願寺屯所へ引っ越すことになった。オレたちは日々の仕事の合間を縫ってなんとか荷造りをした。

「それ、隊服ですよね」

 荷物をまとめていたら、大力に声をかけられた。オレは丁度、羽織を丸めているところだった。

「うん。どうかしたかい」

 尋ねると、やんわりと笑った。

「いや。懐かしいなぁ思うて。池田屋ん時に見たのが最後やったかな」

「そうだな。あれくらいから着なくなったからな」

「なんや羨ましいなぁ、それ」

「この羽織がかい」

「ちょっとおれも着たかったですわ」

 おれとしては、そうだよなぁと頷いてしまうところだ。観光地にある、やけに明るい色でぺらぺらのやつじゃなくて、なんと言ってもこれは本物な訳だし。それはちょっと、着てみたい。

 現代人にとってはテレビや映画の影響で、新選組と言えばこの浅葱の羽織だからな。実際は結成当初にちょっと着ていただけだけで、黒い着物に制服は変更されたのでもう着ていない。

 屯所として借りていた八木家と前川家の内、前川の人は隊士に家を明け渡して引っ越してしまった。八木の家人たちは、自分たちが引く必要はないとずっと住み続けた訳で、いろんな苦労も多かったに決っている。おれからすると京都っぽいというか、誇り高い感じがして本当にすごいなと思う。得体の知れない荒くれ者がどやどや押しかけてきたのに一歩も引かないなんて。

 長く一緒にいれば情もうつるもので、この頃にはすっかり親戚付き合いみたいな距離感になっていた。オレたちはわざと荷物を八木さんの家に置きっぱなしにして、それを取りに来るのを口実にして遊びに来るようになるのだが、それはもう少し先の話である。


 新しい屯所は広くて嬉しかったが、その分掃除が大変だった。

 雑巾で湿った廊下の木が、年季の入った匂いを放ちだす。甘いような、良い匂いのような嫌な臭いのような。色の変わっている、分かれ目のところにまたぴったりと雑巾を当てて、腰をあげて力を込めてぐっと拭いて行く。

 正直、大掃除で床を雑巾で拭いたことなんて、小学生の頃くらいだ。中学になればモップだったし、家で大掃除なんて。況してや雑巾で拭く習慣も無ければ、雑巾で一気に拭くほど長い廊下があるほど広い家でも無い。

 古い、床として何年も使い込まれた板は、濡れると独特の臭いを発する。徴臭いような、それでいてどこか懐かしい良い匂いがする。

 機嫌よく雑巾がけをしていたら、先の廊下で声がした。

「僕です。いいですか?」

 沖田さんの声だった。

 まだ間取りがちゃんと頭に入っていないが、確かこの先は副長室だったはずだ。オレは動きを止めて様子を窺った。

「ああ」

 ぶっきらぼうな声が聞こえる。それから障子をてる音がした。オレは立ち上がって廊下の角まで行って右を見てみた。沖田さんは部屋の中へ入ったらしい。盗み聞きするつもりはなかったので、オレはまた雑巾がけを始めた。多分あれは、沖田さんが土方さんにちょっかいをかけに行っているのだと思う。時々、まんじゅうを買いすぎたとか言って持って行っているのを見かけるのだ。案の定、しばらくしてから

「総司」

 という土方さんの怒鳴り声と、沖田さんの笑い声が聞こえてきた。

 近頃色々あって疲れた様子の土方さんを気遣っているつもりなのだと思う。

「お茶を淹れてきますよ」

 最初からそれくらいの気遣いを見せやがれ、という声を障子で遮って、沖田さんが出てきた。目が合った。

「あれ、柄元さん」

 オレは立ち上がった。

「お茶ですか? それでしたら私が淹れてきますよ」

「そうですか? じゃあお願いしようかな」

「はい。すぐに行ってきます」

「ありがとう」

 そう言ってすぐにまた部屋の中へ入っていく。オレはそれを見て、なんとなく安心する。色々と世の流れは不穏だが、新選組は仲の良さでは中々のものだ。人間関係がうまくいっていれば、そこそこなんとかなるものだ。だから、きっと大丈夫だ。まだ、しばらくは。

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