第十四夜 矛盾

 バイトでぐったり帰ってきて、おれはベッドに転がった。今日は突発で休みがあったんで、そいつの分もシフト入ったんで予定より帰りがかなり遅くなった。

「最近顔がしまってきたよな。そんな仕事ハードなの?」

 と久しぶりに会った圭司に言われた。圭司は学校よりも予備校に行くので忙しくて、あんまり会えてなかった。今日久し振りに学校に来ていた圭司と、進路指導室の前で会った時だ。圭司もいよいよ追い込みで、目の下に隈ができてた。

「もう卒業式まであとちょっとだな」

 と言われて、「そうだな」としみじみ応えた。

 もう少しで卒業式だ。そう思うとちょっと寂しい。おれは卒業式さえ終われば、あとちょっと働いて荷造りして東京の部屋に荷物を送る。下宿を引き払って実家へちょっと帰って、春から晴れて東京で一人暮らしだ。引越しと言ってもほとんどのでかい家電製品は向こうで買うから問題ない。結構ワクワクはしているんだけど、思ったほどでもないっていうか、それどころじゃないっていうか。

 おれは夢の中のオレのことが気になってしょうがなかった。一体オレはこの先どうなるんだろう? 歴史上、新選組は負ける。負けるっていう言葉が正しいかどうかは兎も角、おれの気分的にはそうだ。オレは新選組を抜ける気は毛頭ないらしい。でもこのまま行ってオレは生き残れるんだろうか? みんなは、どうなってしまうんだろう。

 オレがどうにかなって、新選組もどうにかなるまでは、落ち着いて新生活なんて始めていられる気分じゃないってのが、正直なところだっだ。

 オレには、後輩が出来た。禁門の変で京の町も火事になり、約三万戸が火の海に呑まれてしまった。家も職も家族も失った野里大力だいりきが入隊してきて、壮治郎の下に入ったのだ。

 薩摩と会津は帝のご意思により嘘をついて皆を従わせようとしていた長州を追い出した。抵抗した長州は発砲。禁裏に向かって攻撃をした罪で追われることとなり、長州征伐をしようという話が持ち上がっていた。新選組は禁門の変でも警護に出動し、与力上席に取り立てるとか会津藩お預りでなく幕府の下に組み入れるとかいろんな話も出てきていた。近藤さんと土方さんは急に今まで以上に忙しくなって、会合とかそういったものが増えていた。オレたち平隊士も、禁門の変で長州勢が残していった武器を回収して移送したり、村や町をくまなく探して落ち武者を匿ったり武器が残っていたりしないことを確認したりという仕事を日々こなしていたのだった。

 そんな折、驚くべき報がもたらされた。英米仏蘭十七隻からなる連合艦隊が、長州への報復処置として馬関に攻撃を加えたというのだ。四日間に渡る戦闘の末、長州は連合艦隊に対し、全面降伏を決定した。

「おれはよくやったと思うぞ」

 昼時、大力の向いに座っていた司馬良作が、茶碗を片手に言った。

「おまえ、天子様に向かって発砲した朝敵の味方する気かよ」

 案の定、不満気に大力の右側に座る鈴木直人がやや声を荒げた。

「もっとこてんぱんにやられちまえば良かったんだ」

「別に味方する気なんか無い。だけど、異国艦隊相手に攘夷を決行したその心意気や良しと思うのは自然じゃないのか」

 司馬がこう言い返した。

 四国艦隊下関砲撃事件。

 おれは、教科書で習った覚えがある。馬鹿なことをしてあっという間にやられたというイメージだったのだが、どうも少し印象が違う。勿論負けはしたのだが、艦隊を結構梃子摺らせているようだ。武器の性能があんなに違った割には、よく持たせている。

「確かに、あんな大きい異国船を目の前にしてやり合おうやなんて、えらいことやと思います。せやけど、えげれすやめりけんらの出した条件を全部飲まされたって言うんやし、こてんぱんにされたいうことと違いますか」

 大力が控えめに取り成すように言うと、二人共「まあそうだな」と尻すぼみに口にした。味噌汁を啜っていたオレが、椀から口を離して箸を置く。

「問題なのは長州の行動に対して、異国がどう思うかだ。長州だけが先走って仕掛けたことと理解してくれたとしても、それを束ねる幕府に責任を被せてくることも十分あり得る。長州を抑えることが出来ない幕府をいつまで、どこまで信用してくれるかだ」

「なるほど」

「異国船相手に四日間持ち堪えたことは、すごいと思うよ」

 と壮治郎が付け加えた。

「野里さんは異国の船は見たことがあるのか」

 山浦鉄四郎に訊かれて、大力は頷いた。

「実はあの頃事情があって、ちょっと江戸に住んでいた時期があって。仲間と見に行きましたよ。ぺるりの船を」

「へぇ。ぺるりの。どうだったんだ」

「そりゃもう、大きくて真っ黒で、船というよりお城がそのまま動いているみたいでした」

「じゃあ、異人も見たことがあるかい」

「歩いてはるのを見たことは、何度かあります」

「最初の内は、女子供《おんなこども》をとっ捕まえて、頭からばりばり食ってしまうなんて話もあったけどな」

「確かにえらい背が大きくて、髪の色も肌の色も目の色も変わったはりますけど、そんな妖かしみたいなことはありませんでしたよ」

「だけどあいつら、土足のまま屋敷にあがるような野蛮人だっていうじゃないか」

「往来で女とくっついて歩いているなんて下品だよな」

 おれは大力たちの話を聞きながら、なんとも言えない気持ちでいた。人を食うとかそんな馬鹿なとは思うけれど、多分おれに置き換えてみたらUFOが突然やってきてタコみたいな形の宇宙人が宇宙語で乗り込んできたようなものだと思う。銃を向けられたら身の危険を感じるし、本心がどうなのかもよくわからない。文化も違うから全てに驚くし、こっちにしてみたら腹の立つようなことを相手が平気ですることも、その逆もあるわけだ。無断で乗り込んできてやりたい放題してくるわけだし、天皇陛下は宇宙人がお嫌いで怯えておられると聞いたら、確かに「おまえら出て行け」となるだろう。国を守る仕事についておいて、そうならないのなら腰抜けだ。


 おれは、田舎者が上洛して会津藩お預りになって、帯刀して町を闊歩することを許されて、新選組という名前まで貰って、みんなは有頂天になっているものかと思っていた。でも、実際はそうじゃなかった。

 新選組は、尊皇攘夷志士の集まりだ。でも、京での任務の中心は町のパトロールだ。町にとって、幕府にとって不穏な動きをする不審者を捕まえることは、結果的には同じ攘夷思想の志士を捕えることになる。近藤さんはそれに疑問を感じて、隊を解散するか江戸へ帰還したいと会津を通して建白書を提出したことがある。元治元年五月。池田屋事件の一月前の話だ。

 上洛する将軍をお守りするのが浪士隊の仕事だった。それなのに京都に着いてすぐに江戸帰還を命じられて、それは道理が通らないと思った近藤さんたちが残ったのがそもそもの新選組の発端だ。将軍が上洛すれば攘夷が進み、幕府と朝廷が一体となってこの国難に当たろうという公武一和も成ると期待されていたのに、そのどちらも進まない。幕府は実際にペリーやなんかとやりとりしているから、攘夷なんて出来ないと気がついているものだから、将軍が朝廷に攘夷の約束をさせられる前にとさっさと将軍を江戸に帰らせようとしたのだ。今辞められては困るから、近藤さんももう少し頑張って欲しいと言われて留まっているところに池田屋、禁門の変と、教科書に載っているおれでも知っているような事件が立て続けに起きた。そして、新選組の名前は期せずして売れてしまったのだ。

 池田屋、禁門の変の働きに対して、幕府からの恩賞金や将軍家茂公の名前での感状も送られていた。

「ほんまにすごいなぁ。大樹公からお褒めの言葉をいただくなんて」

 大力は素直に感動して羨ましがっていた。オレは、複雑だった。勿論嬉しくないわけではないのだが、しかし。

 昼飯を食べ終えた壮治郎と大力が部屋へ戻ろうとすると、近藤さんが会津中将に呼ばれたのか屯所を出て行くのが見えた。局長は馬に乗り、隊士数人の供がついている。

「局長、まるでお殿様みたいや」

 大力が思わず言うと、近くにいた隊士が舌打ちをした。

「ただの浪士隊の頭なのに、殿様気取りなんだよ」

 大力は驚いて見返ったが、口にした本人はそのままどこかへ言ってしまった。微妙な表情を浮かべている壮治郎に、問う。

「局長に対してあんな言い草しはって。ええのですか」

「そりゃ、良くはないけど」

 困ったように答える。

「いろんな立場の人がいて、いろんな考えの人がいるから。先祖が武士だったり、脱藩してここへ来たりしている人にとっては、武士でもないのに武士みたいな恰好をしているのが気に入らないって人もいるんだ」

「そんな」

 壮治郎を、窺い見るようにして大力は訊ねる。

「柄元さんも、そう思ってはるんですか」

 壮治郎はぶるぶると首を横に振った。

「おれは近藤先生を尊敬している。それに、農村出身だと言っても先生は道場主だった訳だしね。おれなんかとは元々格が違うさ」

 オレはそう答えた。大力はそれを聞いて、安心したような顔をした。

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