第十一夜 剣の遣い手

 なんだか最近、夢を見る頻度が増えてる気がする。冬休みに入るか入らないかの頃は、何日かおきかに見てるとか、そう言えばそんな夢を見たような気がする、程度だったのに、最近毎晩のように見ている。最近は第三者視点より、専らオレ視点の夢になっていた。時間軸がいまいちよく分からないけど、大体オレの経験してる順番に夢を見ているみたいな気がする。


 柄元壮治郎は二十四歳。剣は相当の使い手らしかった。斎藤にも誉められていた。子供の頃に既に、人を斬ったことがあるらしい。強盗を撃退するために所謂正当防衛でやったみたいだけど、何回かそういうことはあるらしい。だから剣を習っていたというところよりも、実戦経験が多いところが新選組の中で役に立っているんだろう。

 性格は、多分おれに近いと思う。おれも、オレの目を通して見える近藤勇に惚れていた。ちょっと調子に乗りすぎる嫌いはあるけど、男気のあるとてもいい人だ。おおらかで真っ直ぐだ。でも、それを言うなら土方歳三の方がもっと真っ直ぐかもしれない。確かに厳しく、冷酷と思えるところもあるが、局長や沖田など試衛館からの面々とは頗る仲が良い。几帳面で繊細で、照れ屋な面がある。オレたち平隊士に厳しくあたるのは、あの人が頭が良いせいだ。新選組を上手く取り仕切る為に、土方が選択した副長としての姿なのだろう。一番上に立つ者が優しくみんなに愛されて、二番目の者が厳しくて憎まれ役になるのが、組織は一番上手く行くやり方だ。それを土方はわかっているのだろう。テレビや小説なんかで見る土方さんより、本当の土方さんはよっぽど優しくていい人だ。

 武士になりたくて仕方なかった、その気持ちが壮治郎は身に染みて分かっているから、近藤や土方への思い入れも強くなるのかもしれない。おれだって、壮治郎になってあの時代を生きてるうちに、今まで幕府に仕えてきた武士が幕府を貶すことに違和感を覚えるようになってきていた。東国武士なら負け戦は負けている方に味方するものだ、とか言ってのは誰だっただろうか。その感覚は、おれには凄く納得できた。追い風の時だけ味方するのは簡単なことだ。負けそうだからはいそうですか、と鞍替えするんじゃなくて、今までの恩義に報いようとする方が立派に感じたし、そうできる人間でありたいと思う。


 壮治郎のいる今の新選組は、まだ全然、押せ押せの頃だ。名前を売るのも今がチャンス。

 でもおれは、徳永壮治郎は、新選組がこれからどうなってしまうかよく知っている。この先上り詰めれば、あとは落ちるだけだ。それも真っ逆様に。

 それでもおれは、新選組のみんなを見捨てることが出来なかった。負けると分かっていても、一緒に戦いたかった。それが間違っているのか合っているのかはわからなくても、オレ達の気持ちは真剣だから。上様のために、国のために、と考えていた気持ちは本当だから。新選組が結果負けても、やったことが無意味だったとはとても思えない。みんなの真剣な顔を見ていたら。歴史の良し悪しなど、後世が判断するだけのものだ。ナポレオンも、歴史とは合意の上に成り立つ作り話だと言っていた。歴史は勝者側のみが記せる一方的な記録に過ぎない。近頃のおれは、それをひしひしと感じていた。

 それに、現代でだって熱烈な新選組ファンはたくさんいるじゃないか。それが、勝手に新選組の隊士は男前だったって思いこんできゃーきゃー騒ぐ女どもが混じっているとしても、やっぱり今の日本人の血に訴えかけるものがあるからなんじゃないだろうか。

 歴史家が新選組を、時代遅れだったとか明治維新を一年遅らせたなんて言ったとしても、おれは思う。この世の中に無駄ななことなんてひとつもない。いなくても良かった人間なんて、ひとりもいないんだって。己の想いに忠実に、真剣に生きた人間はみんな恰好良い。おれは実感としてそう思っていた。


       ■


 京の夏は暑かった。地元の民でも暑いというのに、新選組に入ろうとよそから来たものには堪える暑さだった。壮治郎も例外ではない。盆地の暑さというのは独特のもので、常にまとわりつくようなねっとりとした暑さにはほとほと困らされた。日中の茹だるような暑さ。動かずにいてもじっとりと汗がしみ出て身体を伝う。風も吹かず動かない熱された空気が周りを漂い、日が落ちても涼しくなるよりも帷で蓋をされたようで、そんな暑さの中での剣術の稽古は余計に堪えた。

 ところで、いくら給金が貰えるとは言っても仕事は命がけだ。金が有り余っているわけでもなく、隊士たちは基本的にみんな貧乏だった。酒や女、刀に全部使ってしまうのだ。着物を買い換える余裕もなく、冬用の着物の綿を抜いて着ている者もいた。刀を差していなければ武士には見えないほどの見た目だった。近藤の考案した隊服は、それを隠して統一感を出そうというのも理由のひとつだったのだが、この暑いのに冬用の着物の上から更に隊服を着るのは暑くて敵わない。最近は隊服を着ずに腕章で済ませている者も多かった。

 壮治郎は外で賑やかな子供の声が聞こえてくるのに気付いて、興味を惹かれて覗いた。そこには沖田さんが近所の子供たちと一緒になって遊んでいる姿が見受けられた。

 近くに住むで、特に子供たちはよくここへ尋ねてきていた。沖田さんなんかは気が良くて手の空いたとき町民の仕事を手伝ってあげたりして、いい人だと言われていたものだ。子供達は沖田さんのことが好きらしく、しょっちゅう親の目を盗んでは「一緒に遊ぼう」と誘いに来る。

 壮治郎は思うところあってその輪に加わろうと腰をあげた。後ろから「物好きだなあ」という声も聞こえたが、振り返ってただ笑ってみせて外へ出た。

「柄元さん」

 沖田さんが壮治郎に気付いて手を振る。

「柄元さんもやります?鬼ごっこ」

「はい」

 つられて笑いながら答えた。

「鬼、代わってもらってもいいですか?」

「勿論」

 応えると、沖田さんは子供たちに

「さぁ、次はこの人が鬼だよ」

 と笑いかけた。子供たちは途端にきゃーと甲高い笑い声で逃げ出した。沖田さんは子守りをしながら壁際に座り込んでいる女の子に声をかける。

「さぁ、私が替わろう。おさよちゃんもみんなと遊んでおいで」

 おさよと呼ばれた子は途端に嬉しそうにぱぁっと目を輝かせた。

「ありがとう!」

 おぶっていた赤ちゃんを沖田さんの腕に預けると、さよちゃんはこっちの輪に走り寄ってきた。

「鬼の方に寄っていく奴があるかい」

 明るい声で沖田さんが笑っている。追い付かないように加減しながら、壮治郎は子供たちを追いかけた。後ろでは沖田さんが、手慣れた様子で赤子をあやしては柔らかいほっぺたをつついたりして楽しそうにしていた。


 沖田さんはおれが抱いていたクールな人斬りのイメージとは全然違った。天才肌で何故相手が出来ないのかがわからないらしく、剣術の稽古のときには無茶なことばかり言っていまいち教え方がうまくなく乱暴だったが、基本的には人懐こく優しい人だ。背は高くて肩幅もあるけどすごく細くて、何より剽軽で明るい人だった。

 酒の席で山南さんと隣合った時に聞いたことがある。沖田さんの家は貧しくて、幼い頃は子守などよくさせられていたらしい。それで慣れているってのもあるけど、元来子供が好きみたいだ。子守りや家の手伝いしてる子供を見ると、自分の小さい頃を思い出すんだろうな、と言っていた。山南さんと沖田さんは、やっぱり試衛館からなせいか仲が良かった。同じ釜の飯を食った仲っていうのはこういうことを言うのかなと思って、オレは妙に羨ましく思ったものだった。

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