5.真実

 * *





 本館の裏手に戻ってきた。ウィルトールは歓声が聞こえる方とは反対の方向へアデレードを引っ張っていく。主会場は避けてくれるようだと思ったのも束の間、足を止めたのは木立が途切れた箇所だった。


「ここだよ」


 見上げた先に見慣れた微苦笑が待っていた。その目が「間違っただろう」と語っていて、アデレードはあらためて獣道を見渡した。

 セイルに連れられてきたときも入口はわかりにくかった。やはり強がりを言わずに案内してもらえばよかったのだ。そうすれば迷うこともなかったし、も見ないで済んだ。


 分かれ道に足を踏み入れると数歩先の地面に小さな明かりが二つともった。ウィルトールがその間を通るとまた数歩先に明かりが点る。ふたりの後ろには幻想的な小径こみちができていた。夕暮れ前に通ったときとは雰囲気がまるで違う。

 ひっそり佇むガゼボ、その入口に下げられた小さなランプが光の終点だった。階段を上がるとウィルトールの肩越しに暗い湖が見える。満天の空の下端は稜線がいびつに切り取り、裾野には賑やかな明かりが瞬いている。


「ここ、知ってる人間が限られるから何かと都合がよくてさ」


 ようやくアデレードを離して彼はゆっくりと湖の方に視線を投げた。その横顔を見上げながらアデレードは所在なさげに両手指を組み合わせる。


「邪魔も滅多に入らない。息抜きに抜け出してきてはよく対岸を眺めてたよ。メリアントなんかは夜の方がわかる。明るくて、賑やかで」

「あっわたしも……!」

「うん?」

「メリアントから見てたわ。一番高いところに見える光がウィルトールの部屋の明かりかしらって……」


 言葉は尻すぼみになっていった。向けられた青藍の瞳にはいつもの落ち着いた光が浮かんでいる。

 宴の最中とは思えない静かな夜だ。宵闇に虫たちのささやかな合唱が響き、水気を含んだ夜風は青草の香りを乗せふわりと肌の上を滑っていく。


「さっきの余興だけど」


 ウィルトールはガゼボの端へ歩くと柱に腕を持たせかけた。おうむ返しに「余興?」と呟けば彼からは一言「ワルツ」と返ってきた。


「本当はファル兄さんが踊るはずだったんだ。でも先方は俺を指名してきた。俺も薔薇姫には確かめたいことがあったから受けることにした。いい機会だと思って」

「ローディアさんに確かめたいこと?」

「……彼女の知る真実を」


 横目でアデレードを見る彼の唇には薄く笑みが浮かんでいる。




 ウィルトールの足が再びアデレードの元に戻ってきた。


「薔薇姫の話をする前に、」


 青年の手がゆるりと懐に潜る。長衣の内側から現れた薄い四角形にアデレードの胸が跳ねた。結んだ両手指にきゅっと力が入る。


「ウィルトール、それ……」

「捻れて伝わるくらいなら俺からきちんと話したい。それならこれも見てもらった方がいいと思うんだ」


 差し出されたのは白い長方形──花の透かし絵が入った封筒だった。暗がりの中でその正体を判別できたのは見覚えがあったから。隅にあしらわれた花がマーガレットであることも知っている。

 胸を押さえ、アデレードは一歩二歩と後ずさった。足元がふわふわする、そう感じたときには長椅子に座らされていた。隣に腰を下ろした青年の手が背に温かい。

 宥めるように撫でる優しい手つきにだんだん心が落ち着いてくる。アデレードはやがて首を小さく横に振った。


「知らない……」

「アディ。本当に?」

「……あのね……笑わないでくれる?」


 上目遣いにそうっと見上げると藍の双眸は勿論と話の続きを促す。アデレードは彼の膝上にある封筒を遠慮がちに指し示した。


「夢に出てきたの。ウィルトールも。思い出してって言われたけど、わたし全然わからなくて」

「……それだけ? 他には」

「あんまりいい夢じゃなかったから……。だけど予知夢みたい。まさか本当に持ってるなんて、思わなかっ……」


 じわと目の縁に熱を感じて俯いた。その潤んだ視界に白い四角形が、横からするりと滑りこんできた。僅かに顔を上げればウィルトールの静かな眼差しとぶつかった。


「いいの……?」


 彼が小さく頷いて、アデレードはそっと目元を拭った。息を整えると慎重に封筒を手に取る。

 中には三つ折りの便箋が入っていた。星明かりだけではさすがに厳しい、そう思ったところで手元が明るくなった。ガゼボの入口に吊るされていたランプをウィルトールが取ってきてくれていた。彼の好意を甘受し、アデレードは浮かび上がった文字を追いかけた。




『ウィルトールへ


 ちょっと早いけど十九才のお誕生日おめでとう!

 今年はカバンにつけるお守りを作ってみたわ。

 わたしのクラスで流行ってて、作り方を教えてもらったの。

 小さいからそんなに目立たないと思う。

 もし気に入ってくれたら、つけてくれるとうれしいです』




 馴染みのある字体に息を呑む。馴染みどころではない、どう見ても自分の字。でも内容には全く覚えがない。


年前、」


 かたわらにランプを置いてウィルトールは再び隣に腰を下ろした。アデレードを見下ろす青藍の双眸には暖色の光が差しこみ、明けゆく空のような色合いを醸し出している。


「アディがくれた手紙だよ。朱鳥の丘で、あのときは夕陽がすごく綺麗だった」

「……朱鳥は、この前が初めて」

「あれは二度目」


 穏やかな眼差しにはアデレードを窺う色も滲んでいた。その目に嘘はないことは充分にわかっている。それでもアデレードは首を横に振るしかなかった。


「思い違いをしてるわ。ウィルトール騙されてる。こんな手紙を書いた覚えもないし……誰かがわたしの字に似せて書いたのかも」

「直接貰ったんだよ。その場で読もうとしたら、あとで読んでって」

「嘘よ! いくらなんでもクラレットのことなら全部覚えてるもの。だけど手紙も、丘に行ったことも全然記憶にないの」

「──うん」


 そうだねと静かな声がアデレードの耳を撫で、夜気にほどけていった。どこか諦観を含んだそれには自身の口調が強すぎたかと少しばかりの罪悪感を覚える。かといって嘘を言うわけにもいかない。知らないものは知らないのだから。


「でもね、それ」


 つ、と下りたウィルトールの視線を追って自身も胸元に目を落とす。伸びてきた彼の手はアデレードの首の後ろに回り、ネックレスをあっという間に回収していった。目の高さに掲げられた銀の鎖には小さな青玉と四つ葉の革細工がぶら下がっている。


「これが証拠」

「……魔術道具が?」

「四つ葉の方だよ。鞄につけるのはやめたんだ」


 少女の膝にちらりと一瞥をくれたあと、ウィルトールは再びネックレスを身に着けた。彼の胸元と、手元にある手紙とを交互に見やったアデレードは、えっと目を見開いた。


「ディートさんが作ったのよね?」

「石はね。ディートはこつこつする作業は向いてないよ」

「えっ……えええええ?」


 けろりと答える青年の様子にアデレードの顔が熱を帯びていく。手作り感溢れる革紐細工と完璧な美貌を持つディートを結びつけることには当然違和感があったし、作者は自分という方がよほどしっくりくる。とはいえ実感が湧かないのも事実。

 アデレードはおもむろに両手を頬に当てた。指先はすっかり冷え切っていた。


「本当に、わたしが作ったの? この手紙も、わたしが……?」

「……もう随分昔のことのように思えるな」


 青藍色の双眸はそっと伏せられた。




 朱鳥の丘に行ったのは日暮れがすっかり早くなった頃のことだった。アデレードから手紙を貰ったウィルトールは、ふたりで夕景をしばらく楽しんだあと帰途に着いた。


「きみはひとりで帰ると言って、俺は湖で遊んでたセイルとアッシュを迎えにいった。アッシュを送っていったら、アディはまだ帰ってなかった。随分前に別れたのに」


 ウィルトールは即座に引き返した。アデレードの家から丘までの最短ルート──帰ってくる彼女と出くわすことを期待して。

 大通りに出ると道の真ん中をふらふら歩く赤毛の女性ローディアが真っ先に目に入った。始めはそれがアデレードかと思った。すぐに人違いと気づき、そのまま通りすぎようとした。

 事態を変えたのは猛スピードで突っこんでくる荷馬車だ。考えるより先に身体は動いた。彼女を抱き寄せて間もなく、聞いたことのない轟音があたりに響いた。辻を曲がりきれなかった暴走車が角の店舗に突っこんだのだ。

 ひとまずローディアを道端に誘導すると、ウィルトールはひっくり返った荷馬車に駆け寄った。手綱を取っていた一人はよろめきながらもあさっての方向へ走り去り、荷台にいた一人は出てくるや否や殴りかかってきた。その腕をかわざまに掴んだウィルトールは後ろ手に捻り上げた。流れるような一連の動きはもはや身体に染みついたものだ。

 やがて駆けつけたのはギルマルク家の私兵だった。逃げた方の男も取り押さえられると、状況や目撃者の証言からウィルトールは騒動解決の立役者に仕立て上げられていた。中でも当事者であるローディアがウィルトールに救い出された、誘拐犯から命がけで守ってもらったと話したことが大きい。


「荷馬車を避けたことに対しての礼はわかる。でも誇張する必要はないはずだろう。彼女は実際にはさらわれてない。犯人にしても向かってきたから相手をしただけで、素性だって俺は知らなかった。本当に誘拐の計画があったのかどうかも。ただ、当時の薔薇姫には縁談が持ち上がっていたらしい。結局はなかったことになったようだけど」

「えんだん……」

「念のために言っておくけど俺じゃないよ。昔も、今もね」

「ローディアさんに縁談が……え、今?」


 膝の上で拳を握りこんでいたアデレードはきょとんと目をしばたたかせた。始めから俺の出る幕じゃなかったんだよとウィルトールは肩を竦める。


 騒動についての諸々は後から聞かされた話だ。当時の縁談に対して彼女が不満を覚えていたらしいこともそのとき知った。とはいえ蚊帳の外に置かれたウィルトールには見えない部分も多く、彼女がした証言の是非を問いたかった。

 そしてもうひとつ、彼女には聞いておきたいこともあった。


「ノイラート子爵は了解しているのか?」


 軽い挨拶を交わすとウィルトールは単刀直入に尋ねた。ローディアの顔から笑みが消え、瞳が怪訝な色を帯びる。


「ノイラート子爵ライナス殿は今夜の招待客ではないが。ライナス殿にしてみればなんて快くは思わないだろう?」

「……ご存じだったのですか」

「人の口に戸は立てられない。どうも俺たちは昔何かあったと誤解されているようだし」

「構いません。障りになるならそれまでのこと」


 今度はウィルトールの方が訝しむ番だった。

 ローディアは、ふいと顔を背けた。結い上げた豊かな茜色の髪が横顔を隠しどんな表情を浮かべているかはわからない。


「親が勝手に進めている縁談です。父にとって私は駒のひとつに過ぎません。今日のこの我が儘だって、父にしてみれば頬を撫でるそよ風みたいなものでしょう。私に成せることなど何もないのです」

「……まさかきみは、で六年前も嘘を言ったのか? 誘拐された。それを俺に救われたと」

「まぁ。なんてことを」


 彼女がゆったりと振り向いた。感情の読めない瞳がウィルトールを捉える。


「……私は嘘など申しません。誘拐の計画は本当にあったのです。先のヴァルム伯爵は一部から恨みを買っておいでのようでしたから。ウィルトールさまがいらっしゃなかったらきっと私も巻きこまれていたでしょう。危うくとんでもない方の元に嫁がされるところでした」

「恨みを……?」

「ウィルトールさまには心から感謝しております。私に〝幸運〟をもたらしてくださるお方……」


 そうして紅をさした唇がはっとするほど美しく弧を描いた。


「私たちの幸せな未来のために、今宵は楽しい時を過ごしましょう」


 ローディアは上目遣いにウィルトールを見つめる。双眸の奥に潜むのは拒絶の色。内情をよく知らないから話せないのではない。から話さないのだと、ウィルトールに向けられた琥珀色の瞳からは読み取れた。


 それ以上相手にしたところで時間の無駄だった。わかったのは彼女が見ているのはウィルトールではないということ。決して心の内を見せず、自らのことにしか関心がない者にはこちらも心を砕いてやる価値などない。

 虚空を見つめる青年の瞳には蒼い炎が揺らめいていた。ウィルトールにとって一番の関心は他にあった。


「誘拐未遂だけが大きく取り上げられたけど、あの事故は怪我人を何人か出してる」

「知ってる人がいたの……?」

「……よく知ってる子だよ」


 静寂が訪れた。ゆっくり振り向いたウィルトールと視線が絡むとアデレードの心臓が大きく跳ねた。


「……あ」

「倒れたときに頭を打った。時間か場所があと少しずれていたら、本当に危なかったって」

「わたし……?」


 掠れた声が沈黙を破ると彼は再び目を伏せた。


「──俺が知ってるのはそこまでなんだ。一家は時を置かずにクラレットを出てしまったし、アディがはっきり目を覚ましたのはそのあとだそうだから。記憶はいつか戻るかもしれない。思い出さないままかもしれない。誰にもわからない」


 ウィルトールはアデレードの手の下にあった便箋を封筒ごと抜き取った。そのときになって手紙が実は二枚綴りだったことにアデレードは気づいた。


 ──確かシェアラはもうひとつ重要なことを言っていなかったか。



「待って、もう一度見せて」

「え?」

「手紙。最後まで読んでないわ」

「まだ疑ってる?」

「それを確かめたいの」


 ウィルトールは軽く首を傾け、一度は封筒に納めた便箋を再び開いた。めくった一枚目を後ろに送ったのを見て、てっきり親切心からの行為だと思った。手の平を上向けたアデレードに対し、彼は僅かに身体を背けた。


「──『それからね、もうひとつ言いたいことがあるの』」

「えっ……ウィルトール、ねえ貸して」

「『ずっと迷ってたけど、思い切って書きます。わたしは、』」

「やだ! わかったからやめて!!」


 アデレードは弾かれたように立ち上がると、彼が伸ばした手の先──アデレードから遠ざけるようにわざと反対の方へ掲げられていた手紙に飛びついた。奪い取った便箋は両手でくしゃくしゃに潰して小さな玉にしてしまう。

 湖に向かって振りかぶった。渾身の力で投げられた白い塊はあっという間に闇に消えた。紙であるが故か、それらしい水音すらしなかった。代わりに背後で「あっ」と小さな声が響く。

 薄明かりの中、ゆらりと腰を上げたウィルトールの顔はただただ呆気にとられているようだった。アデレードは両拳をぐっと握りこむと大きく息を吸いこんだ。


「ごめんなさい! なかったことにして!」

「……アディ?」

「だって覚えてないんだもの。あんなの知らない。だからウィルトールも忘れて……!」

「アディ、」


 ウィルトールが一歩踏み出した。ぱっと身を翻したアデレードと、少女の手が彼に囚われたのはほぼ同時のことだった。引き寄せられてたたらを踏む。


「ごめん、からかって悪かった。落ち着いて」

「十分落ち着いてるわ! だから全部なかったことにして」

「何を? 手紙、それとも」

「全部って言ったら全部! じゃないと困るの!」


 ひとときの間が落ちた。しばらく視線を絡ませたあとウィルトールは「わかった」と小さな呟きを唇に乗せた。アデレードはほっと息をつく。その一瞬の隙に両肩を掴まれ、身体ごと正面に向き直させられた。


「……具体的に教えて。どこからどこまでを全部とするのか」


 熱を孕んだ瞳に迫られるとアデレードの背筋が震えた。そこに籠る、納得する答えを引き出すまでは逃さないという気迫に打ちのめされそうになる。

 胸の奥で恐怖心が顔を覗かせた。うわべを取り繕っただけの言葉は必ず看破される。けれどどんな言葉を並べればいいのか。全て忘れてもらえないことには前にも後にも進めない。心に秘めた想いだと思っていたから今までやってこられたのに。


「……笑ってたんでしょ」


 ぽつりと呟いた言葉は上手く届かなかったらしい。訝しげに眇められた彼の双眸を真正面に見返した。


「言ってくれたら良かったじゃない、手紙のこと。全部知ってて、何もなかったみたいな顔して会ってたんでしょう? それって、陰で笑ってたってことでしょ……」


 鼻の奥がつんとした。馬鹿みたいと口の中で呟くと視界はどんどんぼやけていく。

 今夜この片想いは終わる。わななく唇を噛み締め、アデレードは顔を伏せる。


「何もなかったんだよ」


 静かな声が降ってくる。彼はアデレードをそっと離した。


「言えるわけがない。始めからなかったことになったんだ。アディの中から手紙そのものが消えたから」

「……だとしても、」

「確かめてみたかったけど、それ以上に余計な刺激になるのは避けたかった。忘れたならそれまでのことだったんだとも考えた。……そうしたら、」


 続く言葉を固唾を飲んで待っているとウィルトールは片手を腰にやり、もう片方の手は拳を作って口許を隠した。


「春だったかな……夜に飛んできたことがあっただろう。俺が縁談するのかって」

「え、あ、そのことはもう言わないで……反省してるから」

「あれは嬉しかった。慕ってくれる気持ちは変わらないんだなって」


 虫の音に紛れそうなほど小さな囁き。藍の瞳には僅かながら明るい光が滲んでいるようだった。

 きょとんと目を瞬かせたアデレードを横目に、ウィルトールは数歩離れた。


「どんなときもまっすぐで一生懸命で、ほんの一時期の思い出がなくなったからって何も関係ない。アディだけは信じられる」

「ウィルトール……」

「考えるより先に走っていくところは、危なっかしくて目が離せないけど」

「う……」


 アデレードは軽く俯いて身を縮こめる。もはや耳にたこができそうな指摘は情けない以外の何物でもなかった。

 顔を隠すように両手で頰を覆うのと、ウィルトールが再びアデレードに向き直ったのは同じタイミングだった。


「俺のそばにいてほしいんだ。ずっと」

「……え?」

「アディのことが好きだよ」


 その瞬間、世界から音が消えた。たっぷり十数秒固まったアデレードがやっとのことで口にしたのは「うそでしょ」という語だった。


「どうせ妹とか、家族に対する好きとおんなじなんでしょ……?」

「アディはそうなの?」


 窺うように覗きこまれるとかっと顔が熱くなった。「そんなわけないじゃない!」と食って掛かれば、くすくすと穏やかな微苦笑が返ってくる。

 大きく息を吐き出した。見上げれば夜明け色の双眸には酷い身なりをした自分が映っている。それでも勇気を出すのは今しかなかった。


「わたしも好き。ウィルトールとずっと一緒にいたい。わたし、これからもウィルトールの隣にいていいの……?」


 ──告白はもっとロマンチックなものだと思っていた。こんなぼさぼさの頭で、ぼろぼろの格好ですることになるなんて予想もしていなかった。

 縋るように見つめているとウィルトールは思案げな目を寄越した。首を傾けた拍子に蜂蜜色の髪がさらりと肩口を滑る。


「隣じゃ物足りないな。俺はもっと近くがいい」


 あとは一瞬だった。アデレードは優しい温もりに包まれていた。うんと頷いて、アデレードも両腕を彼の背に回した。





















 * *





「ああ、」


 ガゼボを出たところでウィルトールが足を止めた。なあにとアデレードが首を傾げると彼は小振りの細長い箱を取り出した。


「言っただろう、見せたいものがあるって」

「手紙じゃないの?」

「あれは見せないでおきたかったもの」


 蓋が静かに開かれる。アデレードはわあと感嘆の息をついた。

 金の鎖のネックレスだった。ペンダントトップは一粒のダイヤモンドで、その先に一粒の真珠が吊り下がっている。


「十八歳のお祝い」

「え、でも」

「フォルトレストに戻るのはしばらく先になりそうなんだ。だから」

「ふうん……」


 声音が僅かに陰る。それでも「貰ってくれる?」と顔を覗きこまれれば拒む理由があるわけもない。

 ウィルトールは苦笑を漏らし、彼女の胸元を飾っていた緑玉のネックレスとそれを付け替えた。星明かりに照らされた二粒の石は清らかに煌めいている。

 先のネックレスを代わりに納め、アデレードは箱を胸に抱いた。


「……ウィルトール、ありがとう」

「アディにひとつだけ言っておきたいんだけど、」


 青年は神妙な面持ちで片手を腰にやった。


「これは、魔術道具ではないんだ。──走らないって約束できる?」

「ウィルトール!」


 真っ赤な顔で足をどんと踏み鳴らす。

 楽しそうに目を細める彼をアデレードはしばらく睨んでいたが、ほどなく白い歯を見せその胸に飛びこんだ。

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