第八章 祈望 HOPE
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――天道を行く太陽は失墜し、絶望の
……だが沈まぬ太陽がないように、いつしか日はまた昇り、祈りはきっと届く。
G・T・グレムス 西暦2047年 終末祈望論
§§
「来たか」
【錆】の包囲を抜け、【城】の内部へと突入したアイネスとヴァイローの二人を見送り、
シルヴィーから飛び降り、彼女に逃げるよう促す。名残惜しく鳴き声をあげる白馬の鼻先を撫で、やんわりと突き放す。
去る姿を目で追って息を吐く。
純白が嘲弄を吐く。
「知っているかね? 今まさに世界全域で【大海嘯】の津波が牙を剥いている。君の知己の人物たちも、きっと難儀をしていることだろう。はて……直に会い見えるのは、実に千年来となるかな? 顔を合わせないうちに、【EVER】によって鎧を纏うだけの制御能力を手にしたと見える。どうだろう、この再会に、お互い感じ入ることもひとしおではないか。そうは思わないかね、ヒナギ・クロウ博士?」
『イブキ・リュウガ……!』
挑発の言葉に静かな怒りを製煉し、俺は剣先をその怨敵へと向け、構える。
マナの父親、かつてのこの国を支配し、そしてマナの命を奪い世界を破滅に追い込んだ元凶。とうとう俺は、その男と対峙していた。
「ヒナギ・クロウ博士。今からでも遅くはない。私の軍門に降るつもりは――」
『ない!』
問答無用。
俺は裂帛の気合いと共に踏み込み、その純白を斬り伏せんと刃を奮う。
「GYEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!」
飛び込んできた【アオサビ】が壁となり、両断――だが、刃は彼奴に届かない。
「は、はっはっは」
愉快そうに笑い、イブキ・リュウガがその手を振り上げる。
【城】が鳴動し、そこから放たれる音色が変わる。
『――ルーリア イロイア リュートリリス リールア――』
オーキッド・エピネスの歌声。
それに合わせ、【クロサビ】の巨影が悶え苦悶の唸り声をあげる。抵抗しているのか、だが間を置かず支配が進行、こちらを踏み潰さんとその巨大な足を振り上げる。
『
大質量の落下と、それに伴う加速的破壊の坩堝から跳躍を持って退避する。
地面が陥没し、そこからは【アカサビ】が無数に湧き出す。
純白がさらに手を奮う。
まるで楽団の指揮者のように次々と手指を踊らせ、その度に歌と【錆】の軍勢が統率を持って当方へと飛来する。
『――ルーリア イロイア セイレーシス セロイルー アイルルー――』
「今更になって、何故私の前に姿を現したのかねヒナギ博士?」
問に答える間もなく。間断なく攻め寄せる【アオサビ】。
飛び掛かる一頭を袈裟ヶ斬りに切り裂き、その間隙より出でるもう一体を返す刀で弾き飛ばす。真横にステップ。今の今まで俺がいた場所をクロサビの巨腕が唸りをあげて通過する。
だが攻撃の勢いは緩まない。数えることも困難な無量の軍勢が、周囲から同時に爪牙を突き立てようと迫る。
『【
剣が燐光を帯びて解け、その粒子を媒介として【EVER】が発する振動が空間に波及・干渉、空気中に存在する微粒子を加工・精製・鍛造し、襲いかかる獣の軍勢と同量――数千万の刃の雨を降らせる!
降り注ぐ刃に串刺しにされた【アオサビ】達の絶叫が轟く。
その地獄の様な戦場に、マナの父親の哄笑が響く。
「はっはっは、これは愉快痛快。しかし……ふむ。君とて【イブキの一族】を産み出すことを黙認したではなかったか。私は確かに世界を滅ぼした元凶だが、それを今日までのさばらせたのは君ではないか。まさか、否やあるまいね?」
屠ったはずの【錆】からさらに【錆】が生え、咆哮する。終わることなく無限に供給され襲い来る【錆】を斬り伏せながら、俺はその嘲侮の言葉に答える。
『然り』
そう、総ては俺の罪。ただ一事、この身の弱さゆえ。
かつてマナを守ることが出来ず、黒幕をリュウガと見抜けず、また殺すことも出来ず、世界のためと大義名分をかざし【イブキの一族】――【浄歌士】が生み出されるのを見過ごし、いま世界とオーキッド姉妹を危機に曝しているのは、総て俺の弱さゆえ。
今一度マナに逢いたいと願った、その怯懦ゆえ。
『だからこそ、贖罪は果たさなければならない』
その為の千余年。その為の旅路。生き恥を曝し、いまなお無様を曝し、それでも此処で――
『お前を討つッ』
言い終える前に【クロサビ】の拳が空間を貫通する。
無数の【アオサビ】が殺到し【アカサビ】が一帯ごと分解を始める。
「は――ハッハハッハッハッハ!」
狂ったように笑い、激しく【演奏】する純白。
交響曲的波状攻撃が地形すら変える破壊力を産み出す!
「ハハハハハ――ふふ。いや、失礼をした。しかし、贖罪とは君も愚か極まりないな。土台、私を討つなど夢物語に過ぎない」
土煙が吹きすさむ渦中へと、リュウガは言葉を投げる。
「君が1000年、【EVER】の制御に尽力し、アルファ・ウェーブスを媒介する粒子の制御を得て、研鑽の末【錆】に抗う鎧を得た様に。私もまたこの1000年、一つの完成に勤めた。【NEVER】。ヒナギ博士、君が残した研究データをもとに、私が至高へと組み上げた、人間を【神】へと至らせるナノマシン――そう、既に私は人類を超越し【神】と成ったのだ。その私が世界を再構築しようというのだ、人が抗うは愚昧と言うもの。まして私を討とうなどと……大言壮語が過ぎるのではないかね?」
愉悦と優越。それは酷く嘲笑的で、冒涜的、何よりも自らを過信する独裁者のそれであり――即ち、全能感に溺れた狂人の戯言だった。
『……【
土煙を突き破り、俺は【クロサビ】の腕を駆け上る。触れた瞬間足は分解され同時に再生を開始、発狂不可避の痛みと情報の本流が脳に叩きこまれるがすべてを無視。巨人の脳天に刃を叩き込む!
『【
ナノマシン【EVER】の発する固有振動を収束・増幅し、破壊力に変化し全てを砕く!
【錆の軍勢】の一角を消し飛ばし、俺は大地に舞い降りる。
【錆】の灰と雨が降りしきる中、再びイブキ・リュウガに刃を向け、宣告する!
『例え
そうだ、神だろうがなんだろうが知ったことではない。そんな戯言は、正面から斬り破るだけ。
『二度と世界を毀させるものか!』
二度と、彼女たちを不幸になどさせるものか。
『イブキ・リュウガ』
貴様は、此処で朽ち果てろ――
言い捨てると同時に、全力死力を結集し、俺はリュウガへと斬りかかった。
彼奴は、
「では――第二楽章を始めよう」
亀裂のような笑みを浮かべ、そう言った。
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