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◎◎



 大陸北西部の一大拠点きょてんと為っていたシンギスの街をて、点在しながらも【錆の森ステリレ】を半月のように取り囲み勢力を広げる死の不毛地帯【錆の砂漠サイレント・デザート】の辛うじて薄い帯状武器搬送路アームド・ベルトを抜けて、僕と姉さんは定期的に訪れているウェイスター村に漸く辿り着いた。

 【錆】をはらった丘からは、やはりかなりの時間、3時間ほどがかかった。


 村が見える頃には姉さんも本格的に目醒めて、

「少し食欲が喚起されているわ」

 なんて、らしいことを言っていた。


「我慢だよ姉さん。あとは保存食しか残ってないから村でゴチソウしてもらえるまでは我慢」

よくないわDISLIKE。私を食い意地が張っているように言ってはいけないわ。お前の悪い癖よ。それに、期待は禁物ね」

「まあ、そうだけど」


 悪い癖も含めて。


「兎角、もう着くわ」


 そうだねと同意。特徴的な壁が見えてきた。

 元をただせばシンギス村というのはひとつの荘園しょうえんみたいなもので(と言っても僕の知識の7割は姉さんの受け売りで、残りは全部養父さんに聞いたものなんだけれども)、【錆】が生まれた当初は高い高い堅牢な鋼鉄の壁に周囲を覆われた独立集落だったらしい。独立集落と云うよりもそれは個人の一所有物だったと云う側面が強いらしくって、その壁も元は何か大きな危機に備えた防災壕シェルターみたいなもので、その中で人々は排他的に一人の人物に尽くして生活をしていたんだとか。今あるウェイスターという地名も、始まりはその土地の所有者の名前だったらしい。

 今の世界は、そう云う事が多い。


 元は排他的でも現在はそれなりには開かれた感じの人々が住んでいて時代の移り変わりを感じる……なんて思いはしない。むしろ商売の相手としては在り難い。だって、顔馴染みには優しくしてくれるから。


 ……まあ、少々以上に余所者は嫌う風習は残っているけれど。

 因みに今ある壁は、当初あったものではなくって――そんなものは当の昔に【錆】に飲み込まれて分解されている――新しく作ったあくまで敷地を区切るものでしかない。まあ、それでもこの辺りではかなり整備されている集落で壁だ。規模としては最大級、ある程度【錆】付いてきているけれど。まだまだ現役である。


「……あれ?」

 なんだ、あれ?

「どうしたの?」

 僕の上げた訝しげな声に姉さんが反応した。

「えっと」

 僕はよく分からずに村のほうを指差す。

「何か、揉めているような……」

 村を覆う壁の前に、人だかりが出来て、何か叫んでいたりしている。

「…………」

 姉さんはそれを見て、

「……急ぎなさい」


 一言そう言って、幌の仲に引っ込んだ。すぐにがさごそと云う音がし始める。


「…………」


 僕は状況が飲み込めないまま、姉さんの指示に従ってシルヴィーを急がせた。一頭き、だけれど乗っているのは僕と姉さんだけ、幾つかあった重たいものもこの前に為っていたから、そこそこに軽く、シルヴィーは僕が思っていたよりもずっと速く目的の場所まで僕たちを運んでくれた。


「……やっぱり」


 近づいて分かった。うすうす分かっていたけれどその人だかりは、囲みだった。

 何かを中心に人々が周囲を覆っている。見知った人もいた。


「何かって」


 考えるまでもない。たぶん、それは――


「…………」

「…………」

「…………」


 何人かが接近する僕たちに気が付いて視線を上げた。

 うとんだような、いとうような視線。

 その視線に、僕は一瞬たじろいで、だけど引かなかった。すると僕が誰なのか、僕と一緒にいるはずなのが誰なのか理解したらしい数人が、しまったと云う顔をした。姉さんのことを知っているからだ。僕は手前で馬車を止め、御者台から飛び降りる。


「何かあったんですか?」


 勤めて普通に尋ねた。

 詰問は、良くない。

 僕にはそんな立場も力もないし、わざわざ火種に油を注ぐ必要もない。だから平静な声で質問を投げた。だけど、言葉では何も返ってこなかった。代わりに、視線で、


「邪魔をするな」


 そんな意志が跳ね返ってきた。


「…………」


 やっぱり怯む。だけど。


「皆さん、何を為さっているのですか?」


 過剰なまでに涼やかな声。しゃらりと、何かが鳴った。甘い芳香が風に解ける。もう一度音が鳴って、その姿がみんなの前に晒された。


「「「――――!」」」


「姉さん……綺麗だ」


 思わずに僕の口から漏れ出た言葉は、恐らくその場にいた全員の心を代弁していた。

 三時間前に見た振るほどに深く長い袖の衣装。

 そこに、幾つもの装飾品が纏われていた。ティアラや、黄金の環、下がるネックレス、鈴……いや、違う、そう云うことじゃない。そんなことはどうでもいい。そう云う事が綺麗なんじゃない。

 【瞳】が。

 その星のように煌めく紫水晶アメジストの【瞳】が。

 そこに宿る刃金のような意志が、姉さんを美しく不可侵な領域まで押し上げていた。

 綺麗だった。

 人間じゃないみたいに綺麗だった。

 その、美しい姉さんが、言う。


「何を、為さっているのですか?」


 普段とは違う声。祓うときとも違う、もっと高貴な、とうとい声。それは、拒絶や沈黙の一切を許さず。


「――ち」


 誰かが言った。


「ちげぇんだ! これはちげぇんだよオーキッドさん!」

「レェンゾさんですか……説明を願いたいのですが?」


 姉さんの、星のような輝きを放つアメジストの瞳が見たのは、日に焼けた肌をした禿頭の老人だった。

 カーゴ・レェンゾ。この村を覆う壁のその門番で、顔役のような人。僕たちのことを知る人物。姉さんが何者か分かっているひと。だからその声には、怯えすら混じっていた。


「わ、わしらは別に、とがめられるようなことをしとったわけじゃ」

「では、なんですか?」

「そ、それは……」


 押し黙ってしまうレェンゾさん。姉さんが瞳の力を強めた。


「私には」


 ひょっとするとこのとき、姉さんは怒っていたのかも知れない。

 姉さんはそう云う感情が強い方じゃない。寧ろ薄いんだと嘆くほどだけど、それは、別に、そう云うことを見て腹を立てないと言うことじゃない。姉さんはだから、怒っていたのかもしれない。

 だから、その声はどこか厳しかった。


「私には、集団で一人を排斥しようとしているようにしか見えませんが?」


 ……それでも、言葉を選んだ姉さんは流石だった。決して直接的な言葉を使いはしなかった。だけどそれでも、それを聞いてレェンゾさんが、それ以外の全員がうめいて押し黙って視線を散らすほどには、その言葉は強かった。


「…………」


 姉さんはその様を見て、億劫おっくうそうに首を振った。たぶん、瀬無せなくなっていたんだと思う。


答えすらないDISLIKE……ならば、私は勝手に言わせてもらいます。このようなことは、即刻やめるべきだと思いますが?」

「…………」

「…………」


 誰も答えない。

 誰も姉さんを直視できない。

 姉さんは、押し黙る一同を見まわし、よく通る声で続けた。一息に、口を開いた。


「無論に、事情はあるのでしょう。私は、あなた方が取り囲んでいるその人が、一体何をしたのか知りません。こんな時代です、余所者を嫌う気持ちは解ります。ですが、こんな時代だからこそ助け合うことも必要でしょう。他者を受け入れること、寛容であることが必要なはずです。……ええ、もちろんこれは綺麗事です。私自身そんなこと実践できません。それでも、斯く在るべしと、最初に考えるべきは理想である。違いますか?」


「え、あ、いや、オーキッドさ――」


「あなた方は考えましたか? その結果がこれですか? だとしたら悲しいことですね。忌むべきことです。嘆かわしいことです。重ねて言いますが私は何があったのか知りません。ですが今起きているこれが哀しいことだとは分かります。なにをしたのでしょう? 皆が何をしたからこうなってしまったのでしょう。いえ、何をしなかったから、でしょうか? 哀しいことです。ですが、言えることぐらいあるでしょう。まだできることぐらい、あるはずです。では今私にできることはなんでしょうか? まずひとつ、尋ねることはできるはずです。私は尋ねます。皆さん、何があったのでしょうか?」


 その、凛とした声と、語りかけるような調子と、何よりも姉さんの美しさは、殺気立ってすらいた全ての人から悪意を除くだけの力が、十分にあった。打ちのめす美があった。だから、答えはちゃんと返ってきた。僕なんかとは違って、たっとき姉さんだからこそ。

 レェンゾさんが言った。


「こ、こいつはぁ」

 集団の中心を指差しながら言う。

「この数日ずっと門の前に居座ってやがったんでさ。退けと言っても、どこかに行けつってもこいつはぁ聞きゃしないで『待ってる人がいる』の一点張りでぇ! それに薄気味ワリィ髪と瞳の色をしやがって、中に入れるわけにもいかなんだから!」

 だから、追い出そうって、みなで!

 レェンゾさんは、そう叫んだ。姉さんは、それを聞いて、

「……はい」

 頷いた。

「話は分かりました。それで?」

 頷いて、酷く呆気なく、そう言った。


 レェンゾさんは狼狽うろたえる。


「そ、それでって」

「レェンゾさん、あなた方は、それ以上の何かを、聞いたのですか? 尋ね、理解しようとしましたか?」

「そ、それは……」

「為さらなかったのですね?」

「…………」

「…………」


 沈黙は、雄弁な答えだった。姉さんは、僕以外には分からないように溜め息を付いた。

 それから、

「では、私が代わりましょう」

 そう言った。


「……は?」


 レェンゾさんが眼を丸くした。僕が目を丸くした。みんながみんな、目を丸くした。


「……何をほうけているのですか?」


 姉さんの口が悪くなった。たぶん反応に戸惑って。それくらい、今姉さんが言ったことは、姉さんの中では当たり前のことで。自明で、当然で。だからこそ突飛な一言で。


「私が代わります。話を聞きます。包囲を解いてください」

「で、ですがねオーキッドさん!」

「大丈夫ですよ。何か不安が?」

「そ、そりゃあんたはわしらにとって大事な客人で! もし万が一その体に何かがあっちゃ!」

「大丈夫ですよ」


 姉さんは、確信を持ってそう言った。


「なんとなく、私には分かりますから」

「――――」

「――――」


 その言葉に、反論できるものはその場にはいなかった。何故なら姉さんは、オーキッド・アイネスは、

 【浄歌士】

 なのだから。


「…………」

「…………」

「…………」


 だから、ウェイスター村の人々は、囲みを割った。姉さんの前に道を示した。


「…………」


 姉さんは頷いた。進む。その前には、


「……え?」


 【漆黒】の、存在がいた。


「そ、え、あ」


 僕の口から意味を成さない音が漏れ出る。頭が追いつかない、混乱、だってそれは、だけど姉さんは何も躊躇わず進んで、僕はおののき、


「姉さん!」

「大丈夫」

「でも!」


 その漆黒は!

 


「大丈夫」


 そう言って姉さんは、倒れ付した漆黒の佩刀はいとうしたその男性の前に膝を付いた。


「……酷い様」


 呟くように言ったとおり、その姿は無残だった。十字教の牧師服に似た黒い衣は幾つも靴跡が付いてほつれ、その――髪の色と云う衝撃が強すぎて注視しなければ分からないが――端整な顔も烏羽色からすばいろの髪も土に塗れ、血色も悪く、一言で言えば酷い様だった。


「…………」


 姉さんはドレスの裾を掴むと、特に躊躇いも無くその漆黒の顔を拭って見せた。ざわめきと、息を呑む音。

 神聖不可侵な【浄歌士】が、その衣で汚れた他者の身体を拭うと云うこと。

 そして、拭われた刺激の所為か、震えて薄くひらいた、男性のその瞳の色に。


「…………」


 それもまた、黒色だった。

 黒い瞳。黒い髪。伝承に久しく、人々の記憶からも失われた遥か過去に消え去ったはずの、人の色。それが今、目の前にあり。


「……綺麗ね」


 ぼそりと姉さんが呟いた。その声が切っ掛けだったのか、倒れていた男性の奇妙な照り返しをする漆黒の眼が完全にひらき、姉さんを捉えた。


「――――」

「――――」


 ほんの一瞬だったはずだ。

 姉さんとその漆黒が視線を交わしていたのはひとつを数えるよりも短い時間のはずだった。だけど、何かそこには、百万言ひゃくまんごんを費やすよりももっと膨大な何かが在って――


「――――?」


 漆黒が何かを言って。

 次の瞬間。


!」


 叫んだ彼は、あろうことか姉さんに 抱きつこうとして――


 スパンっ!


「現実を見なさい」

 ――姉さんに、平手を張られていた。


「――――」

「今を、見なさい」


 男性の、驚愕に見開いていた眼が、姉さんの冷凛とした言葉で僅かに落ち着き。


「――――」

「大丈夫」

 姉さんは頷きかける。

「あなたは――間違っていない」


 たぶん、その言葉だった。

 その言葉を聞いた漆黒は、今度こそ目に見えて落ち着きを取り戻して。そして、

「……失礼、致しました」

 そう、小さく掠れた、低く落ち着いた知性深い声で言った。


 姉さんが頷いて立ち上がる。漆黒もふらつきながらそれに続く。


「あなたの望みは?」

 唐突に姉さんはそう言って、

「…………まずは、謝罪を、させてください」

 落ち着いた声で、ぼそりぼそりと漆黒が応じて。

 彼は、緩慢な動作で、ゆっくりと頭を下げた。

「申し訳ない」

 下げて、言った。


「申し訳なく、思います。自分の思慮が欠けていたばかりに、皆様には不必要な警戒や労力を、おかけしてしまったようです」


 あの状況で何かが分かっているわけも無いのに、何もかも分かっているような口調で彼は言った。


「自分に、害意はありません。この村の方々に向ける敵意など有りません。一身上の都合によってご迷惑をお掛けしたことを、深く謝罪させていただきたく思います」

「あ、ああ」


 レェンゾさん達に向かって、そうやって謝る黒色の男。

 彼の独特の声――何かがすごく欠落した声の、だけどその理性的な響きに押されて、レェンゾさん達は曖昧に頷いて見せたりする。

 それを見てとって、今度は彼は姉さんへと向き直った。

 そうして、また、深々と頭を下げる。


「特に――特にあなたには、多大な迷惑をお掛けしたようだ。申し訳ありません」


 下げた頭をさらに低くする男性に、姉さんは何も変わらない声で声をかける。


「頭を上げてください。私は直感に従って我侭わがままを通しただけ。何もあなたのために何かをやったわけでも、この村の人々のために何かをやったわけでも、ないのです」

「ですが」

「ですがもなにも無く。私は何も……ああ、平手を一発」

「おかげで目が醒めました。ですからそれは、お気になさらず」

「あら、そう?」

「はい」


 どこか楽しそうに、姉さんと彼は、周りを置いてけぼりにしてそんな会話を続け。


「――そうね。もっと色々と、話を聞きたいわ」

 そう言った姉さんに、

「望まれるのなら、ご所望のままに」

 彼もそう答え、

「じゃあ、そうしましょう」


 姉さんは頷いて、振り返った。そうして、レェンゾさんを見る。


「な、なんですかい?」

 戸惑ったような、いや確実に戸惑っていたレェンゾさんに向かって姉さんは、

「これは、私のれです」

 とんでもないこと言いながら漆黒を指差した。


 ――って、連れぇ⁉


「ね、姉さん⁉」

「……? 何を取り乱しているの、お前は? そういう話だったでしょう? 護衛を雇うと、そう説明したはずですよ?」


 そ、そんな話は欠片も聞いてない!


「言いました。ですが聞いていないのならお前がおっちょこちょいで聞き流したのです」


 どんどん姉さんの口が悪くなる。いけない。姉さんはもう決めている。


「レェンゾさん、この男は人を待っていたのでしょう?」

「へ、へぇ。そのようなこと言っていたとか」

「当然です。待ち人は私です。待ち合わせにこの村を指定したのです。分かりましたね?」

「は? いや、何を」

「私は大丈夫だと言ったでしょう? あれはが付いていたからです。この者とは落ち合うことを決めていたのです」

「…………」

「よろしいですね?」


 姉さんは念を押す。

 言い含めるようにというか、そういうことで納得しろと脅しているような感じだった。そうしないと、二度とこの村にはやってこないぞという脅迫を語外に匂わせて。


「そういうことなのです。今回の仕事の成否は彼が重要なのです」

「う、むぅ……」


 脅された上に【浄歌士】にそう言われてしまえば、幾ら顔役でも、顔役だからこそ、レェンゾさんが異議を唱えることなどできるはずもなく。


「……そういうことであれば」


 渋々と、彼は引き下がった。不承不承、全然納得できていない感じで。

 姉さんは満足そうに頷く。頷いて、何かの算盤そろばんをはじいたのか思いつきのようにこう言った。


「ああ、そうそう。事前に彼のことを伝えなかったのにはこちらの落ち度がありますから、今回の仕事の代金は一割欠けで結構です」

「そ、そういうことでしたらぁ!」


 レェンゾさんは眼の色を変えて手を打った。

 まあ、それはそうだろう。【浄歌士】で、おまけにそのモグリである姉さんへの依頼って言うのは、もうぼったくり並みに高いのだから。安くなるなら万々歳なのだろうから。脅して宥めてすかして飴を与えて、本当に姉さんはしたたかだった。


「……はぁ」


 僕は溜め息を付いた。漆黒の彼を連れて戻ってきた姉さんが聞き咎めた。


「どうしたの、お前は溜め息なんか吐いて?」

「吐きたくもなるよ! 姉さん何してるのさ!」


 小声で怒鳴るという器用な真似を僕はやってのける。


「何って、護衛を雇ったのよ?」


 姉さんは不思議そうな顔で首を傾げた。


「そんな見ず知らずの訳の分かんない黒色をどうこう出来る訳ないでしょ!?」

「どうこうするのがお前の仕事よ」

「出来ないって!」

知らないわ、そんなことDISLIKE。それよりも早く村に入れてもらいましょう。私は随分と空腹中枢が刺激されてきたわ」

「ないよそんな中枢!」

 いや、そうじゃなくって!

「見ーずー知ーらーずーっ!!」


 僕は地団駄を踏んだ。

 何故だかすごく腹立たしかった。


「お前も、だんだん芸が細かくなってきたわね……」


 姉さんは呆れたように言った。


「でもまあ、そうね。知らなさすぎるのも問題かしら」


 呟いて振り返り、漆黒の彼を見て、こう言った。


「私の名前はオーキッド。【浄歌】の歌を唄うもの。漆黒さん、あなたのお名前は?」


 その漆黒さんは、


「――クロウ」


 呟くような声で、こう言った。



「ヒナギ・クロウ――そう云う名前です」



 その名前を聞いて姉さんは、小さく、本当に小さくだったけれど、


「――ふふ」


 笑った。


よくお似合いよLIKEカラスくんCrow?」


「――――」


 ビジネスのためじゃない。

 僕は生まれて初めて、姉さんがそうやって笑う姿を見た。

 春色の髪を広げて小さく笑うその姿は、僕から見ても、とても、綺麗で、美しく、何よりも、可憐だった。


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