3
◎◎
「ディスライク。旅が長引いて少し疲れました。ですから静かに食事がしたいので、どこか用意していただけませんか?」
村に入るなり、姉さんは
レェンゾさんは大変困り果てた顔をした後、
「時間をくだせぇな」
奔走してくださった。
◎◎
「……まさか家を一軒借りることになるなんて」
僕は途方に暮れた気分で呟いた。
レェンゾさんが用意してくれたのは村の外れの一軒家だった。一軒家と言っても【錆】のこともあるし皮と骨や木材で接いだ柱が幾本もあるテントみたいなものだった。解体と組み立てと持ち運びが簡単で、錆に汚染された地区ではこう言った家が当たり前だともいえた。
で、【錆】から逃れるためにその家を移動させる前だったそうで、ちょうど空き家になっていると言うことだったから、そのまま間借りすることになった。
僕たちは【錆】雑じりの土の上に直敷きの敷布を敷き、腰を降ろしてレェンゾさんから戴いた幾つかの料理を食べていた。
「姉さん……こんなことしてたらいつかは依頼が無くなっちゃうよ……」
「軽くとも食事が出てきたのです、そのようなことがありますか。この時勢の食事は敬意と同義です」
心配している僕をよそに、姉さんはすまし顔でスープを一口啜った。飲み下すのと同時に、次の言葉がもう出てくる。
「第一、今はそういったことはどうでもいいのです。重要なのは、クロウ、あなたの話を私が聞くことなのですから」
「……自分の、話ですか」
僕らの同行者扱いと言うことで、全身の汚れを落とす事ができた漆黒、もといヒナギさんは、千切ったパンを口に放り込みながら器用に自分を指差した。
「ええ、あなたの話。それを聞くためにこんな下手な芝居を打ったのです。いいですか、正直に話しなさい。詰まらない作り話をしたら私は許しません。それから敬語は不要です、畏まられると興が削がれますから」
ちくちくと刺すような口調で姉さんがそう言うので、表情こそ変わらなかったものの何処と無くヒナギさんは居心地が悪そうだった。
ただ、僕は驚くばかりで。
姉さんの口が悪くなるのは大抵の場合驚いたか機嫌が良い時なのだ。機嫌がいいとき、それも親しく感じている相手にだけ。僕と養父さんと少ない親友ぐらいにしかしないはずのそんな口調を、姉さんはヒナギさんに向かって利いていた。まさか驚いているわけでもないだろうから。
「では、まず謝罪をば、させて頂きたく思います」
「敬語」
「姉さん、謝るって言ってる人が敬語使わなかったら変だよ」
「我侭ね。仕方ないわ。特に聞きたくも無いけれど謝るのならさっさと謝ってちょうだい」
姉さんの了承を貰ったヒナギさんは一度頷いて、
「申し訳ない」
深々と頭を下げた。
「今に至るまでの非礼を詫びさせていただきたい」
真に申し訳ない、と。
「何よりもあなたには、本当に失礼を働きました。許していただきたいとは思いません。ただ、どうか心の底からの謝罪をさせていただきたい」
そのまま地面に頭をつける。土下座だった。
大の男が土下座していた。僕は軽く引いていた。
「…………」
姉さんはそんなヒナギさんの事をどう思っているのか、その様を暫く無表情に眺め、
「何に対する謝罪なのかしら?」
ポツリと、そう問うた。
ヒナギさんは僅かな沈黙の後に。
「……あなたを、辱めようとしたことを」
そう言って、地面に顔をめり込ませるほど力を入れた。
「
「姉さん?」
「
手を伸ばしそっと、漆黒の肩に姉さんは手を置いた。ヒナギさんは、ゆっくりと頭を上げた。二人の瞳が通い合う。
「何に憚ることも無いわ。だから、私にあなたの話を聞かせなさい」
そんな優しさとは少し違う言葉に。
「……ありがとう、ございます」
ヒナギさんはもう一度頭を下げた。
◎◎
「――しかし、自分の……いえ、俺の話しをと言われましても、一体何から話せばいいのか、皆目見当も付きません」
言葉の上では困ったようにそんな事を言うヒナギさんだったけれど、その表情は姉さんと同じで、というかそれ以上に代わり映えがしない冴えないものだった。
「そう、そうね。確かにそうよ。ではまずはそう、何処の生まれか聞きましょうか? 因みに私とこの子はアーレイアの田舎町ね。もう存在しないけれど」
「……そう云う問い方をすると言うことは、【ガン・エクノオーシャル】の生まれだとか、この場を濁す答えはお気に召さらないようですが」
「そうね。それは駄目よ」
「姉さん、【ガン・エクノオーシャル】って、何?」
知らなかったので尋ねると、
「無知ね」
酷いことを言われた。
「古いこの
「よくご存知であらされますね」
「敬語」
「……よく知っていますね。もう誰も使わなくなった旧い呼び名だ。知っているのはそう、【浄歌士】ぐらいのものではないかと」
「私は【浄歌士】だから」
「……なるほど。これ以上ない答えだ」
「ご名答でしょう? 答えてちょうだい。クロウは何処の生まれ?」
「俺の名から大部分の想像は、付いておられるでしょう。少なくとも押し黙ってしまっているそちらの方は」
「敬語は辞めて、と言っているのに。強情なこと。でも、嫌いじゃないわ。そういうとこ。そうよ、この子はとにかく賢いの。無知だけど蒙昧じゃ無く、バカだけれど阿呆ではないわ」
誉められているのか貶されているのかさっぱり分からないお褒めの言葉をいただいた。
「いや、誉めているのだ。俺には分かる。オーキッドさんは君のことを、ひどく大切に思っている。それは、間違いない」
「……どーも」
今日出会ったばかりの人にそう言われても、ね。
「捻くれているわね、お前? この人はちゃんと分かっているわ。私には分かるもの」
「……姉さんが珍しいこと言った」
人の事が分るだなんて、姉さんらしくもない。明日は【錆】の雨でも降るのかな?
「どう言う意味かしら……んー? どう言う意味かしらねー?」
「ひうっ!? いたひ! いたひひょねーさん!!」
僕の頬を思いっ切り引っ張る姉さん!
無理、無理無理無理! 僕のほっぺたはそれ以上伸びないよぅ!
「全く、憎たらしい子ね」
そう言って姉さんはパツンと、僕の頬から手を放しくれた。
僕は赤くなった両の頬を押さえ呟く。
「い、痛かった……」
こ、これが噂に聞く、口は災いの元と言う奴か。
「おふた方は、大変仲がよろしいように見受けられます。まことに羨ましいことだ」
「ヒナギさん、どこをどう見ればそうなりますか? これは姉さんによる明確なイビリですよ?」
「折檻が足りないようね」
「僕の姉さんはとてもいい人です。仲が悪いわけが無いでしょう。全くヒナギさんは当たり前すぎて誰も言わないようなこと言いますね、あっはっはっは」
「……必死だな」
ええそうですとも!
「戯れはその辺りで。もう十分その子で遊んだでしょ? 答えてもらおうかしら、クロウ。あなたはどこの生まれ?」
仕切り直すように姉さんがそう言って、クロウさんもはぐらかすのは限界だと感じたのだろう、諦めたように頷いて見せた。
「名前と、この外見から分かるとおり、大陸の東の果て、落日の島国の生まれです」
「……まだ実在していたのね、ニホン人というのは。私はてっきり、
姉さんがそう思うのは当たり前だった。
黒髪と黒瞳。
それは伝説に噂されるような不吉の象徴だった。
【錆】が世界にあふれた時、その中心にあった国の名がニホン。もとは日が
誰も住めない不毛の地として。
「でも、いるところにはいるのね。ねぇ、クロウ。あの国の中はどうなっているの? 教えてちょうだい」
「……よくは知りません」
「何故?」
「答えられません。生まれがあの国だということしか、答えることはできません」
急に敬語に戻ったヒナギさんの、その態度を姉さんはどう思ったのか。
多分どうも思わなかったのだろう、さらりと流して、次の話題へと移った。
「ふーん、そう。じゃあ、生まれた後はどうしていたのかしら。大陸へは、どうして渡ったの?」
「……あるものを求めて、旅をするために。ただ、この外見もあって、俺は何処に行っても異邦人でしたから、一ヶ所に長くとどまることはありませんでした」
「そう。私と同じね」
「違う、それは違う」
疲れたように頭を振った。
感情が読み取り難いその顔が、少しだけ真剣な色を帯びて、こう言葉を接ぐ。
「違うのです。俺とあなた方は、違うのです。あなた方は受け入れてもらえます。人々も世界も、あなた方を求めている。ですが、俺は違う。人も、世界も、俺を憎み拒絶している。俺は、咎人なのだから」
「咎人?」
どう言う意味ですか? 僕はそう尋ねようとして――寸前で姉さんの視線に気が付いた。
僕は口を噤む。
姉さんはすぐに瞳を閉じて、
「クロウ、私はそんな話を聞くつもりはないわ。私は楽しい話が聞きたいの。あなたの咎や罪は――どうでもいい」
本当にどうでもいいように、そう言った。だから、そのときのヒナギさんの表情は、とても意外なものだった。
「――――」
なんと表現すればいいのか、それは、ずっと耐え続けていたものが実はたいしたものじゃなかったことに思い至ったと言うか、重くて重くて仕方が無かった荷物が、ふとした切っ掛けで無くなってしまったと言うか、或いはもっと単純に、何かを許されたとでも言うような、そんな、そんな呆気にとられたような表情で――
「ならば」
一度目を閉じ、また開いて、
「あなたの望むままに」
ヒナギさんは、そう言って、少しだけ、
◎◎
「それで? 本当は何を待っていたのかしら?」
姉さんは食後のお茶を飲みながら、ヒナギさんに質問を投げた。ヒナギさんは、あまり明るくない表情で答える。
「分からないのです」
「分からないことは無いでしょう。待ってはいたのだから、あんなに為りながらも」
「…………」
「私が分からないとでも思っていたの? クロウ、あなたあのとき、本当は力尽きていたのでしょう?」
「……隠せませんか。いや、隠すべきではないのでしょう。助けていただいたのですから」
「疲労の蓄積と絶食と言うところだと思うけれど? いいえ、もっと切実な原因があったのでしょうね。でなければああはならないでしょう。クロウは鍛えているようだから。それでも限界になることも厭わずに待ち続けているもの……それは、何?」
「いえ、それは本当に分からないのです」
「どう言う意味?」
姉さんの小さな額に幾本かシワが刻まれた。苛立ちだった。でも僕は、それをヒナギさんに教えるつもりはなかった。だから彼は、それに気が付かない様子で言葉を続けた。
「何か……誰かを待っている――探していると言うのは本当です、それはいつでもそうなのです。俺はそれを、探し続けている。ずっと、ずっと」
……何故だかそのときにヒナギさんの目は、悲しそうに細まっていた。悲しそうに、辛そうに。
「……
「はい」
「【マナ】さん?」
それは、ヒナギさんが姉さんを抱き締めようとしたときに叫んだ名で――
「そうであって、そうでない。マナはもう、いないのです」
「……ライク。ロマンチックね、素敵だわ」
「ねぇーさーん……」
何をどうしてもそんな結論にはならないかと。
ギロリ。
睨まれた。僕は口を噤む。
ヒナギさんは続ける。舞台の俳優が独白しているみたいに。
……うん、どうもこの人、空気が読めない節があるな。
「マナは、もういない。しかし、俺は探し続けている。だから、命の恩人であるオーキッドさん、あなたには申し訳が無いことだが、俺自身誰を探しているのかは分からない。だから答えることができない」
「ええ、まあ、それはそれで素敵だから構わないけれど。でも、『オーキッド』さん?」
「私はあなたをクロウと呼び捨てにしているのに、あなたは私をオーキッドと呼ぶの? さんまで付けて?」
何が気に食わないのか持っていたお茶のカップまで置いて、身を乗り出して姉さんはヒナギさんに詰め寄っていく。
ヒナギさんは戸惑ったように、
「は……?」
と声を漏らした。
至極真っ当な反応だと思ったけれど、姉さんはそれが余計に癇に触れたらしく、遂には彼の漆黒の衣装の胸倉を掴むに至った。
「アイネスと呼びなさい」
そう言った。
「は?」
驚いたのはヒナギさんと、
「なぁっ!?」
僕だった。と言うか僕が一番驚いた!!
「姉さん!」
思わず叫ぶ。
それはそれほどのの異常事態で。
「黙りなさい」
ぴしゃりと一言、日頃の躾けの成果として、僕は動揺したまま口を閉じた。
「って! 黙るわけないよ姉さん!」
「……何か文句があるの、お前は?」
「文句って、だって姉さん!」
【浄歌士】は名前を秘さなくっていけなくって!
それにその名前は姉さんが一番大事にしてる――
「いいのよ。この名前は、こうやって名乗るために有るのだから」
「……姉さん」
「さあ、この子も黙ったことですし、クロウ、あなたは私を、どう呼ぶつもり?」
「…………」
怒涛のような展開だ、困惑しない方がどうかしている。
だというのにヒナギさんは、僕に視線を向けて少しだけ頷くようにして姉さんを見た。
姉さんのアメジストの瞳の、その燃えるような輝きを。
そして、彼は、
「――アイネスさん」
「まだ多い」
姉さんはむくれた。
普段では絶対に見れない、それは貴重で、もうずっと素直な感情を殺してばかりいた姉さんの、そんな幾つもの表情。それを見れていることを、この漆黒はどう思っているのだろう?
僕は少しだけ嫉妬した。
姉さんの豊かな感情を見ることの出来た黒衣の男の、その次の言葉に。
「アイネス」
「
姉さんは、また笑った。
◎◎
「兎角、話は合わせてもらうわ。私はクロウの雇い主。あなたは私たちの護衛。【浄歌士】を守るナイト様の役割よ?」
「光栄に拝命させていただく」
優しい表情で彼はそう言った。無表情だと思っていたけれど、それはひょっとすれば微笑だったのかもしれない。
黒い髪、黒い瞳。伝承にしかないそんな不吉な要因が際立っていて良くは見えていなかったけれど、それに気がついてからも姉さんとの掛け合いばかりできちんと見ていなかったけれど、彼は優しい造作の人だった。
黒い髪は跳ね回っているようだったけれど、黒曜石に似た奇妙な照り返しの瞳は何もかも包み込むような光が燈っていて、柔らかく歪曲している。
何故だろう、と思う。
何故だか僕は、怪しいはずの、見ず知らずのはずの彼を、少しだけ肯定的に捉えようとしている。
理由は――たぶん。
養父さんが、姉さんに渡した名前。それを姉さんが、彼に伝えたこと。
なんだかその辺が、関わりがあるんだろうけど。
「無論、守るのは、アイネスだけではなく、君も」
「…………」
そんなことを言ってくるヒナギさんに、僕は仏頂面を返して、姉さんに向き直る。
「それじゃあ姉さん、そろそろ詳しい話を聞きに行こうよ。村の人たちたぶん、頭と胴体の接合部分をキリンみたいにして待っているから」
「――お前は、もう少し簡素にものを言えないのですか……」
「?」
「いえ、いいわ。無駄ね、何を言っても……」
姉さんは面倒そうに俯いて、それから頭を振って、顔を上げた。
「行きましょう。私の成す事を成す為に」
僕は頷いて立ち上がった。ヒナギさんは、目を細めていた。
◎◎
周囲をよくよく眺めて。
「随分と、移動したものね……はぁー」
姉さんはいっそ、感心したような物言いをしたあと、深く深く溜め息を吐いた。
「この辺りは以前来たときは田畑でしたね……それがまあ、今は【錆】混じりか【錆】に覆われているか」
「収量も激減でさ。村一つ存続するのもギリギリで。皆餓えとります。飢え死にするものも、昨年は出ました」
「そうですか……私が及ばない所為ですね」
「そいつぁ、違いますよ。オーキッドさんの所為だなんて」
「ありがとうございます。それで、一応の確認としてレェンゾさん、村長さんのテントは、昨年来たときはどの辺りだったかしら?」
「……ええ、こっちよりずっと北側の方でした。100も200もあちら側だったんですが」
「その辺りまで、【錆】に覆われてしまった、と」
姉さんの言葉にレェンゾさんは、髪の毛一つないの頭をピシリと叩いて、眉と口元をいっぱいに
「…………」
僕も姉さん達が見ている方向に視線を向けた。こちら側にはさっきまで僕たちがいたようなテントと、作物が実る田畑がある。だけれどその向う側、一年前まではまだ辛うじて土があった場所が、今では褐色の【錆】に大半を覆われていた。
「…………」
姉さんが祓った跡地が、たった一年でまた、【錆】の中に堕ちていた。
それは凄く、虚しかった。
僕が何かをしたわけでもないのに、虚しかった。
「ふん、
難儀ね。そんな表情で姉さんは目を閉じる。
「何とか、なりやすかいの?」
「何とかしましょう。それが私の
懇願するような顔役の老人に対して、姉さんは言い切るようにきっぱりとそう言った。レェンゾさんの顔が、露骨に緩む。
「実力の七掛けで」
レェンゾさんの顔が露骨に歪んだ。
「冗談ですよ。手抜きなどできませんから。世のため人のため。水より薄い、傍流モグリの私とて、その血の源泉はイブキの一族に在るのですから」
「はぁ、それを聞いて安心しましたが。モグリモグリと言ったって、こんな僻地まで来てくれる人となるとオーキッドさんと三年に一度のセレグさんぐらいのもので。ほんに助かりますけん」
「セレグ、セレグの……まあいいわ。あの娘はあの娘で人がいいのだから。【ステリレ】の鎮守の役目が無ければ、私以上に大陸中を廻っているでしょう。お人よしだからろくな金銭も取らずに、ね。レェンゾさん、きっとあの娘、私の半値ぐらいしかお金を持っていかないのでしょ?」
「あ、その、えー」
「隠さなくともいいわ。遣り方の違いだから。分かっているでしょう? 他の誰かと私が【浄歌】するときでは、その規模も効果の持続も異なることを?」
「……そのとおりでさ」
老人はピシリと額に手を当てた。
「完全に【錆】が退いて、それが一年持つのは、オーキッドさんだけだ。だから少々値が張っても、モグリでも、わしらはあんたを頼るしかねぇ」
「そういうこと。分かったかしら、クロウ? 私の凄さが?」
姉さんはその大きな胸を張って、ずっと黙って話を聞いていたヒナギさんに唐突に言葉を投げた。だけどヒナギさんはまるでそれが分かっていたとでも云うように、
「ああ、了解している。アイネスの凄さは、出会ったそのときから、俺が、知っている」
そんな、また何もかも分かっているような声で答えてしまう。僕はそれがなんとなく面白く無くって仏頂面をするのだけど、姉さんは気に入ってしまったのか、
「ライク。分かっていればそれでいいのよ」
それだけ言って前を向いてしまう。勝手に歩き出す。その後に薄い表情のヒナギさんが続いて。仕方なく僕も後を追うと、
「ありゃ、どう言うことですかい?」
そんなレェンゾさんのもっともな質問を受け、
「さあ? 知りません」
僕はツッケンドに応じてしまうのだった。
◎◎
村長さんのお宅にお伺いして具体的な金銭や食料の報酬の話を詰めて、明日の昼頃に姉さんは【浄歌】をする予定とあいなった。
僕たちは姉さんと村長の話が終わると、あの食事を戴いた家へと戻り、帰りがけにまた貰い受けた軽い軽い夕食を食べていた。
「そのような物言いはやめなさい。失礼です。よって没収」
「う、わぁ! ね、姉さんよりによって僕の乾し肉を!?」
この分量からそれを持って行くのは幾らなんでも鬼畜の所業じゃないですか!?
「明日のための栄養がいるのです」
そう言い終る頃には姉さんの小さいはずの口の中に乾し肉は消えていた。
「あ、ああ、あ」
失意に震える僕。
「……俺の分でよければ」
「
ぱくり。もぐもぐ。ごっくん。
「…………」
何かの優しさで僕に恵まれるはずだった乾し肉の欠片は姉さんと云う存在に欠片も無く取り込まれた。
「……パンでよければ」
「ありがとうございます……」
二度目の施しは流石に奪われはしなかったけれど、結局僕は失意のうちに食事を終えることになった。こんなのばっかだから、僕の身長はちっとも伸びないのである。
で、就寝の時間。
ランプを消す前に。
「入り口の側に、俺は寝かせてもらおうと思う。でなければ、護衛の役を果たせない」
「ヒナギさん、あれは姉さんの方便ですから、そんなに本気にしなくとも」
「ディスライク。何が方便ですか。全て事実ですよ。私は虚偽の物言いなどはしませんから」
「…………」
そう云うことで姉さんをテントの中央にしてヒナギさんが入り口際に座り込み、僕は逆の方位で眠ることになった。
いつもと違って姉さんのほかに場を同じくする人がいたけれど、特に何かを意識するでも無く僕は深い眠りに堕ちて、目が醒めたときにはもう、騒ぎは発生していた。
あの、事件が。
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