18. 初めての返済





   †



 日の傾きかけた街道を、荷車を牽いて俺は歩く。思わず鼻歌なんかも漏れてくる。


「おやタスク。ご機嫌じゃないか」

「そりゃそうだろ」


 後ろからクラサの声。彼女の声にも喜びの色が含まれていた。

 当然だ。


「こんだけ大猟だったらさ」


 荷車はずしりと重い。クラサが後ろから押してくれても進むのは大変だ。

 それもそのはず、血抜きされたとは言え二十を超える|刃兎≪ブレードラビット≫が乗せられていたのだから。





  †



 ジャネイレーラの刃兎高額買取依頼を受けて、早一ヶ月が経とうとしていた。

 仲介となる冒険者ギルド、その裏手へと荷車を運び込むと、立会人として帳簿をつけている係員のおっちゃんが苦笑して見せた。


「いや、まったくまた大量に運び込んできたな。今回も記録更新か、おい?」

「ははは、まさか。流石に毎回更新とかできませんよ」


 笑って返す俺。

 因みに三日に一度の休みを除き、殆ど毎日俺とクラサは兎狩りに出ている。

 そのたびに大体二十頭前後を狩って運び込んでいた。一日の最多記録は三十二。我ながらどうかしていると思う。


「他の新人どもは、せいぜい十かそこらくらいなモンよ。よっぽど嬢ちゃんの狩は効率がいいんだろうな」


 と、そこでおっちゃんは声を潜めた。


「実は、嬢ちゃんのことを見てる奴らから、嬢ちゃんがどんな狩りの仕方をしているのか知りたいってよく訊かれンだ」

「…………」


 目配せされて、それとなく目をやれば低級と思われる冒険者が数名、こちらの様子を窺っていた。俺が視線を向けると出て行ったが、さすが低級。バレバレだっつーの。


「オラぁああいう手合いは好きじゃねぇから適当にはぐらかしておいたが、」


 俺はその言葉に無言で頷いた。

 冒険者ってのはピンキリだ。どこぞの騎士として働いてた奴から、街のチンピラやそれこそ無頼の輩まで。いや、無頼を気取るような奴ならまだしも、中には本当に強盗スレスレの奴だっているのだ。

 そう言った奴らが何か――もしかしたら力尽くで――しでかしてくるかも知れない、とおっちゃんは忠告してくれているわけだ。


「わかってる。ありがとう」


 おっちゃんから受け取った記録用紙を持って、俺はギルドの建物の中へと入っていった。


 ……実のところ、罠も何も俺たちは使っちゃいないんだが。

 

 ごくシンプルに、刃兎を探して狩る。

 それだけだ。


 獲物がでかくて、しかも解体が推奨されていないなので(ジャネイレーラは肉は勿論内臓以外の骨・毛皮・角刃まで買い取ってくれている)かさばる分、運びづらいのが難点だ。だから荷車を用意しているのは俺達以外にも何組もいたりする。ド新人には荷車すら用意する資金が無いこともしばしばなのだが、さておき。

 

 俺とクラサがほかの追随を許さぬ狩りの効率を実現しているのは、別のところにある。


 単純に、|クラサ≪ランクC≫が文字通りに規格外なのだ。

 

 俺はリオールさんとの会話で、兎狩りの依頼で、募集対象を低ランク冒険者に限定しておくよう言っておいた。これにはちゃんと理由がある。

 

 まず、ジャネイレーラとしては抱える飲食部門に卸すという目的があるため、一定以上の安定供給ができないと困る。そのためある程度の数の冒険者を集めたいのだが、一方で過剰供給されても困るワケだ。

 

 そこで通常討伐依頼など受けることのできない低ランク限定で依頼を出した。

 刃兎単体だったら、パーティを組んでいれば冒険者成り立ての奴だって勝てない相手ではない。

 

 低ランク冒険者としては町中の雑用依頼――ゴミ拾い、溝さらい、迷子のペット探し、ベビーシッター――などよりよっぽど実入りが良いこの依頼に飛びつく。

 しかし、ランクD以上となると兎よりももっと買い取り価格の高い素材を持つ魔獣を相手に狩りができるので、この依頼に目もくれない。かといってランクDを釣れるほど報酬を弾み過ぎると儲けが出ない。


 かくて需要と供給は安定する。いや、ジャネイレーラが安定させるのだ。

 実際ここのところ、貴族街のレストランでは兎料理が流行っていると聞くからな。リオールさんが上手くやった、その結果だ。

 需要が高まれば供給量を増やすために、現在ランクE・F限定だったものをDまで解禁するかも知れない。そこら辺は俺の知ったところではないのだが。


 さて、兎に角……いやダジャレのつもりはないんだが、兎に角ここにクラサという、ランクC冒険者が紛れ込んでくるだけで兎狩猟数は跳ね上がるワケだ。だって兎どころか|人食鬼≪オーガ≫なんかを相手取る実力があるわけで、兎なんて文字通り瞬殺である。


 加えて、クラサは魔術師だ。|探査≪サーチ≫が使える。

 刃兎を探し回る必要は殆どない。

 俺たちはそれが使えるが、他の低ランク冒険者には使えない。

 これだけ有利な状況なら、そりゃ誰だって他よりはるかに多く狩れるさ。


 ついでに言えばマネされないように、俺とクラサは基本的に別行動だ。目敏い奴らがそろそろマネをし始めているようだが――さて。


 そろそろ次のことを、考えるべき時期だろうな。

 そんなことを思いながら、俺はギルドの受付カウンターに並ぶのだった。




  †


「刃兎の成体、納入数は丁度五百、と」


 翌日。

 俺とクラサは再びリオールさんの屋敷へとやってきていた。


「随分派手に兎狩りをしていたご様子ですね、タスクさん?」


 クスクス笑いながらリオールさんが問いかけてきて、俺は肩を竦めた。

 調子に乗って彼女に仕える執事のラウケさんの前で計画をぶちまけたのだから、リオールさんにバレていて当然。もっとも、隠していたところで隠し通せていたとは思えないが。


「流石に毎日五百とはいかなかったか」

「当り前だ」


 悔しそうにクラサが言う。

 っていうか、アレ本気で言ってたんかお前は。


「兎一頭につき、お支払いは4万エズ。例の情報料のお支払と併せて、3515万452エズとなりますわ」


 リオールさんが、ローテーブルの上に差し出した書類。

 その紙面には詳細な数字が記してあり、その合計は彼女が今口にした通りの金額だ。

 言うまでもなく大金である。


「「おお! イエーイ!!」」


 と、俺とクラサはハイタッチを交わした。

 正直、ここまで上手くいくとは思わなかった。

 様々な幸運と、リオールさん本人の厚情もあっての結果だが、上々と言って良いだろう。


 もっとも、この件ではリオールさん……というかジャネイレーラ商会は俺達以上に儲かっているわけだが。


「御見事でしたわ、タスクさん。我がジャネイレーラの飲食部門はここ数年低調気味でしたの。おかげで数字が回復したとウチの者たちも大喜びでしたわ」

「それはなにより」


 関わった人間全員が損をしない、得をする。

 これが正しい商取引って言う奴だ。


「それで、どうなさいます?」


 と、リオールさんが尋ねてきた。


「どう、とは?」

「借金の返済額についてですわ、姫。稼がれた3500万、丸ごと返済に充てられるのも構いませんが……」

「ふむ。ならば全額で」

「無敵かてめぇやめろバカ」 


 ずびし、と俺の放ったチョップがクラサの頭頂部を打つ。

 考え無しにも程があンだろ。


「痛いじゃないか、タスク」

「痛みを伴えば少しは学習するだろ」


 クスクスと笑うリオールさんを前に、俺は考える。


「……全額返済、ダメな訳じゃないんだが……」


 10億もの借金の前では、3千万の返済も全体のわずか3パーセントに過ぎない。

 来月以降も情報料の名目で俺たちの取り分が発生することを考えればここでなるべく多く返すのも手、ではある。


 しかし、兎の数の増加は一過性のものである。他の冒険者たちだっている。

 当然1年も経たずに兎を狩る効率も落ちるし、情報料の額も減るだろう。


 別の稼ぎ方を考えるべきなのだが、そうそう都合よく儲け話の種が転がっているわけでもない。そうなると冒険者として地道に稼ぐのが堅実なやり方だ。集中して取り組みランクを上げ、より儲けの大きい依頼をこなす。


 そのために必要となるのがより良い武器防具類だ。

 今の俺の実力で伝説級の武器なんて持ち腐れも良いところだが、それでもそこらの数打ち品なんかでこの先やっていけるわけも無し。

 武具類に限らず高価な消耗品だって必要となるので、活動資金はあるだけあった方が良いわけだ。


 どうしたものか、と考えていると、リオールさんが提案してきた。


「迷われるということでしたら、そうですわね。2500を返済に、700を手元に置いて当面の活動資金にするというのはいかがでしょうか?」

「……それだといくらか差額があるな」


 クラサが首を傾げた。

 リオールさんの提案だと、クラサの指摘通り使途不明金が300万程出る。

 てか俺の人生で、使途不明金とかいう単語使うことがあるとは思わなかったぜ。


 ふふ、と悪戯っぽい笑みを浮かべて、リオールさんが続ける。


「そのお金で、クラサ姫、」


 奴隷、買いませんか?


 と、大商会のトップはそう囁いたのだった。



…………………………………………

 クラサの借金        残り 9億7500万エズ

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異世界借金返済記 入江九夜鳥 @ninenigtsbird

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