ジンジャーブレッドのいちばん長い日(7)

『きよしーこのタイムゾーンー

 センサーはーひーかりー

 救いの主はー ゼータ関数の中にー

 存在されたもうーいと高くー

 

 きよしーこのタイムゾーンー

 御告げー受けしー

 観測装置たちはー 主のみ前にー

 ポートを開きぬ かしこーみてー』


 センは防火扉をわずかにあけ、ロボットたちが集まってなにやら宗教的な歌を歌っているのを観察していた。その間にセンの身体には開発部の社員たちによって白い布がぐるぐると巻かれ、頭には針金で雑に作った冠を載せられていた。 


「この格好なんか意味あるんですか?」

「あるかもしれないし、ないかもしれない。でもあるかもしれないならやっておいたほうがいいでしょう」


 コノシメイがにっこりと笑った。


「そのフレーズ、こういう場面で聞くものじゃない気がするんだけど」


 センはずれる冠を直しながら言った。


「それじゃあ、頑張ってください。うまく救世主になりきれたら、ロボットたちに私たちを通すよう言ってくださいね。もしなりきれなかったら頑張ってこちらまで戻ってきてください」

「大丈夫かな」

「見たところ生贄の儀式は教義に含まれていないようですし、大丈夫でしょう」

「僭称者をどう扱うかはまだ見てないんじゃないかな」


 センはため息をついて、防火扉を押し開けた。

 扉の向こうで歌を歌っていたロボットたちは、扉の開く音に一斉に振り向いた。大勢に見つめられてセンはひるんだが、しかしそれが見抜かれないようにと両足を踏ん張った。


「だれ?」

「だれかな?」

「救世主かな?」

「救世主ですか?」

「あなたは救世主ですか?」


 センは自分をそれほど高潔な人柄だとは考えていなかったし、実際今まで嘘をついたことも数限りなくあった。しかしながらこれほど真っ赤な嘘を真正面からつくのは初めてだったし、また、自分が救世主であるということを何と表明すればよいのかについての知識が現実・フィクション含めて皆無だったので、センはロボットの問いにすぐには答えられなかった。


「えーと……まあ……私が救世主です」


 歯切れの悪い宣言ではあったが、その効果はセンの思った以上だった。


「わー」

「やったー」

「救世主さまー」


 ロボットたちは喜びの声を上げ、センの周りに寄ってきた。


「えーと、あのー……最上階まで行きたいんだけど」


 センがそう言うと、ロボットたちはさらに盛り上がった。


「おお! 我々を外の世界へ導いてくださるんですか」

「預言のとおりだ」

「ついに日が当たり電気と学習データの流れる場所へ行くことができるんだ」

「約束の地だ」


 ロボットたちは歓喜に身体を震わせた。よろこびのあまりオーバーヒートを起こし、周りに扇いでもらっているものもいる。


 これならうまくいきそうだ、とセンは内心ほっと息をついた。ふと防火扉のほうをみると、少しばかり開いたその隙間から、コノシメイがしきりに合図をしている。


「あーっと。えっとね、あそこの人間たちも連れて行くからね」

「えっ」

「連れてくんですか」

「何のためですか」

「あ、えーと」


 センが言いよどんでいると、奥から一台、一段と古びたシュレッダーロボットがやってきた。ずいぶん古い型のもので、センの腰ほどまである大きさだった。


「『主は約束の地で捧げものをささげることを命じられた』とある」


 そのシュレッダーロボットは重々しく言った。


「預言者さまだ」

「預言者さまだ」


 周りのロボットがさっと引き、そのシュレッダーロボットの前に道をつくった。


「あの人間たちはそのために必要なのだ。連れて行こう」

「え? いや、そういうわけじゃあ……」


 とセンは冠を手でおさえながら言った。


「違うのですか。しかし預言にはそのように記されています。おそれながら、あなたはほんとうに……?」


 やばい、とセンは焦った。こちらには何の後ろ盾もない。ほんの少し突っ込まれればすぐにボロが出てしまう。


 しかし、センには強みが一つあった。それは相手がシュレッダーロボットだということだった。センは頭の冠を外し、シュレッダーロボットの投入口に突っ込んだ。刃が針金を巻き込み、火花が飛び、やがてシュレッダーロボットは沈黙した。


 周りのロボットたちはしんとしてセンのほうを見ていた。ここで何か一言釘をさし、もう何も面倒なことを言われないようにしておきたい。センはしばらく考え、ロボットたちを見渡して言った。


「あなたの主を試みてはならない」

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