アイスを離さないで (5)
ようやく筋肉痛もとれかけてきたので、センは三日ぶりにカフェテリアに向かった。この三日というものはなるべく身体を動かさなくてすむように一日のスケジュールを組んでいたので、昼は出社途中で買ったチョコバーばかり食べていた。
カフェテリアフロアでは、なぜか入り口近くに人が集まっていた。あまり穏当ではない様子である。
センはその後ろをうまく避けていこうとした。しかし、
「あ、地球人だ」
という声で、集まっていた人間が皆センのほうを見た。
「お、地球人だ」
「ちょうどいいじゃないか」
ガヤガヤと好き勝手な声がする中、人だかりの中から一台のロボットがやってきた。よく見れば、この前話した総務部のロボットだった。
「あのー、地球人さん。ちょっと時間いいですか?」
「いや、私は地球人じゃないから。バファロール人だから」
「でも遺伝子的には地球人ですよね。いいからちょっとこちらに来てください」
むりやりに手を引かれ、センはずるずると人混みの中心に連れて行かれた。
「何、これは」
そこにはセルフサービスのアイスクリームマシンがあった。以前にもあったのだが、今目の前にあるものとは形状が違った。
「社員健康増進プロジェクトの一貫で、アイスクリームマシンを新調したんです。そうしたらアイスクリームが出てこなくなっちゃって。皆さんアイスクリームが食べられなくていらいらしてらっしゃるんです」
たしかに周囲の雰囲気は暴動一歩手前だった。走り出す五秒前のバッファローの群れを連想させるものがある。
「それで、私にどういう用?」
「はい、なんとかアイスクリームが出るようにしてほしいなと」
「でも、それは私の仕事じゃないし。総務部の仕事でしょう」
「ごたごたいわずにとっとと直せー」と周囲から声が飛ぶ。「そうだ、そうだ」「いいから直せよ、地球人」とどんどんヒートアップしていった。今までの経験から、センはこれは言うとおりにしたほうが面倒がなさそうだ、と考えた。もちろん内心ではむかむかしているが、今までにこういう状況で周囲に逆らった時の結果(いちばん被害が大きかったのは、試作品の日焼け止めを投げつけられたときだった。その日焼け止めは極めて高い光の吸収率を有しており、そのため日焼け止めがかかった箇所は光が反射できずに真っ黒に見えるのだった。その上ウォータープルーフ効果もばつぐんだったため、その後センはしばらく全身が虫食いになったような姿で過ごさざるを得なかったし、不正に監視カメラに映らないよう細工していると誤解されてちょっと人の集まるようなところにいくとそのたびに駆けつけてきた警備員に事情を説明しなければならなかった)を考えると、従ったほうが賢い選択と思えた。
「えーと……」
センはアイスクリームマシンを観察した。見たところ正常に組み立てられているように見える。
「これは誰が設置したの?」
「設備課の人です。このマシンはうちの会社の製品なので」
「ふうん」じゃあ業者を呼ぶことは――少なくとも今週中に呼ぶことは――難しいな、とセンは考えた。しかし設備課の人間と言えども、アイスクリームマシンを正しく設置しなければ自分たちのイメージに多大なダメージが加わることは承知しているだろうから、そこまでいい加減なやり方はしないだろう。
「中に入れるアイスクリームは?」
「それはぼくがつくりました。このミックスで」
総務部のロボットは、そう言って袋を差し出した。『バニラ』『ストロベリー』『チョコレート』『ポップキャンディー』『カドミウム』と五つの種類があった。
「カドミウム?」
「社員健康増進プロジェクトで、フレーバーのラインナップをより健康的に変えたんです。今まではバニラ、ストロベリー、チョコレート、コペルニシウムだったので。みんなメーカーを変えて、よりヘルシーな成分のものにしたんですよ。あと弾ける食感の楽しいポップキャンディーも加えました」
「ふうん」センは絶対にポップキャンディーは食べないようにしようと肝に銘じた。「どうやって作ったの?」
「書いてある通りに」
パッケージの裏を読むと、確かに作り方の手順が書いてあった。
一、ミックスをボウルに開ける。
二、ミックスを混ぜながらミルクをミックスと同量加える。
三、適当な固さになるまで混ぜる。
四、マシンにセットし、マシンのスイッチを入れる。
「かんたんじゃない」
「そう思ったんですが」
総務部のロボットはぱたぱたとアームを動かしている。センはマシンの蓋を開けて、中を覗いた。アイスクリームが固すぎるようで、ミックスを混ぜるための羽が動いておらず、アイスクリームを供給口から出すことができていない。
「混ぜ方が足りなかったんじゃないかな? どのくらい混ぜた?」
「ちゃんと書いていなかったので、サーバに問い合わせて返ってきた秒数だけ混ぜました」
センはロボットにヘラを持ってこさせ、マシンの中のミックスをよく撹拌した。それから再度マシンのスイッチを入れると、マシンは問題なく動き出し、きちんとアイスクリームが出て来るようになった。周囲はまるで新元素が発見されたときのような騒ぎになった。
「わー、よかったー。ありがとうございます」
「次からはもうちょっと……あー、五分はミックスを混ぜてからマシンに入れたほうがいいよ」
「そうします。あ、これお礼です」
総務部のロボットは個包装されたパイン味の飴をセンに渡してきた。センはそれを受け取ったが、アイスクリームマシンに殺到した人の波に押されてもみくちゃになった。そしてポップキャンディーを食べた人間の周囲で小規模な爆発が発生したため、混乱は一層激しくなり、センは芥のようにもみくちゃにされた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます