アイスを離さないで (4)
翌日、センは全身の強烈な痛みで目を覚ました。少し腕を上げようとしてもそこがばきばきと音を立てるかのように痛み、痛んだ箇所をかばおうとする動きでまた別の箇所に衝撃が走る。力尽きてベッドの上に倒れこみ、そのショックで一瞬呼吸が止まるほどの痛みが全身に走った。
バファロール星は重力が惑星平均より弱く、それほど筋肉を使わないでも問題なく生活することができる。その上センは健康を気にするタイプではないので、自主的に運動をしたのは昨日が六年ぶりだった(六年前になぜ運動をしたのかセンは忘れていたが、それにはブラックコーヒーと二十一センチメートル線とマイクロファイバータオルが関係していた)。
「もしもし、第四書類室のセンです。今日休みを頂きたいのですが」
センはなんとか携帯電話までたどり着くと、会社に電話をかけた。
「はい、理由は?」
「怪我のようなものです」
「どんな怪我ですか? 社内規定を調べますので正確に申告してください。また、知っているとは思いますが、もし虚偽の申告で会社を休んだ場合、とても恐ろしい場所に異動させられますよ」
「えっと……筋肉痛です」
「だめですね」と電話の向こうの相手はにべ無く言った。「それは規定の症状一覧には記載されていません」
「何だったら載ってるんですか?」とセンはたずねた。
「えー、プロキオン出血熱、アダーラ痘、シャウラ熱……」
「じゃあ、シャウラ熱ってことにならないですかね」
「シャウラ熱はアルファ感染症ですよ。もし本当にシャウラ熱に罹っているのなら、今すぐ防護服に身を包んだ衛生隊によってバイオセーフティレベル最高の研究所に連行しなければ」
「あ、じゃあいいです」
センはそそくさと電話を切った。そしてのろのろと身支度を整え、いつもの二倍の時間をかけて会社へ向かった。
「センどうしたの」
「病気なの」
「感染症なの」
「ウイルスなの」
「僕たちにも伝染るの」
「隔離したほうがいいかも」
「スキャンしたほうがいいかも」
「近付かないほうがいいかも」
「物理的に封じ込めたほうがいいかも」
いつもと変わらず好き勝手にしゃべるシュレッダーロボットたちだったが、センはそれに反応する余裕がなかった。シュレッダーロボットが持ち場へ散っていくと、センは椅子へと座り込み、そこからもう一歩も動かないぞという決意を固めた。
来る途中で買ってきた、筋肉痛に効くという塗り薬を全身に塗りこんでいると、携帯電話が鳴った。センはそろそろと床を蹴り、椅子に座ったまま携帯電話の場所まで移動した。
「はい、もしもし」
「こんにちは。昨日お会いしたイエルですが、覚えてますか?」
「あー、はい。なんでしょう」
昨日連絡先を教えたんだっけ、とセンは考えたが、思い出すより早くイエルが言葉を続けた。
「ええ、少し。あの、もしよければ、今日夕食でも一緒にどうですか?」
「今日ですか」
センの躊躇をどうとったのか、イエルは重ねて言った。
「ああ、今日いきなりでは難しいですよね。メロンスター社にお勤めならばお忙しいでしょうし」
「ええ、まあ……」
「いつなら大丈夫ですか」
センは自分の身体に、いつまでに回復するかたずねた。身体のほうからは善処はするが三日はたっぷり必要と返ってきたので、「四日後はどうでしょう」と提案した。
「わかりました、それでは四日後で。楽しみにしています」
センは全身からメントールのにおいをさせながら電話を切った。そして、何の用なのだろうかと訝しんだ。
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