失われたライムタルトを求めて(5)

「だから、地球人だからってなんでも料理ができるって思ったら大間違いなんですって。何度も言ってるけど」


 四杯めのケンタウリ・モヒートを傾けながら、センは愚痴をこぼした。自分でもだいぶ酔いがまわっているのがわかったので、あと二杯は飲めると勘定した。本当に酔っ払っている時は、自分が酔っ払っているとはまったく思わないものだ。たぶん後二杯飲んだら、自分は全く酔っていないしもっとアルコールを摂取する必要があると思うだろう。


「ははあ、そんなものか」


 バー「ファタルエラー」のバーテンダー、アブダクが気のない相づちをうった。


「まだね、レシピ通りに作れってんならわかりますよ。権限がないから閲覧できませんってなんですか。名前だけで料理が作れるんなら――」


 ここまできて何か気の利いたたとえをひとつ言ってやろうと思ったのだが、なかなか思いつかない。にごってきた頭でいろいろ考えているうち、アブダクはむこうに行ってしまった。センはやむなく目の前のケンタウリ・モヒートに話しかける。


「なんでいきなり私がこんなことをしなきゃいけないはめになるんですかねえ。私が何か悪いことしました?」


 ケンタウリ・モヒートは答えなかった。それを当然だと思う向きもあるかもしれないが、事実は異なる。ミントとケンタウリ・ラム、アルタイルフレイバーのソーダ水、それに氷砂糖をある一定の配合で混ぜ合わせると、ケンタウリ・モヒートの中で生命が発生することは銀河じゅうのバーでよく知られた事実である。このケンタウリ・モヒートの中で発生した生命は驚くべき早さで成長をとげ、グラスに浮かぶ氷が溶け切るころには温暖化の影響について論じるほどになる。このくらいになるともはや口に入れるのが気味悪くなるので、流しに捨ててしまうほかない。その際に聞こえる怨嗟の声はそれはひどいものだが、だからといって流すのをためらうと、グラスの中の生命は生存権を確保しようと司法に訴え始めるので、めんどうなことになる前にさっさと処分してしまうのがよい。しかし今回センが飲んでいたのはアブダクがやる気無く作ったできそこないのモヒートなので、センは運良く訴訟リスクを負わずにすんだ。


「えーと、スクリュー・ベータ・ドライバーをもう一杯」


 ケンタウリ・モヒートを干したセンは、アブダクに向かって声をはりあげた。


 翌日、いつものとおりに加え少々の二日酔いで出勤したセンは、いつもの仕事を上の空でこなした。


「センなんか元気ないね」と、ひそひそだが聞こえよがしにささやくシュレッダーロボットたちの声が聞こえる。


「降格になった?」

「ボーナスカットされた?」

「かわいそーに」

「あわれだね」

「あはれあはれ」

「いとあはれ」


 センはもくもくとシュレッダーロボットたちのチェックをこなしていった。普段なら腹が立つはずのシュレッダーロボットの陰口にも、今日はそう気を取られない。最小限のチェックをこなし、ロボットたちを送り出すと、センは机の上へ積み重ねた本を手に取った。資料室から集めてきた料理に関する本だった。ライムタルトに関する手がかりがないものかどうか、センは目を皿のようにして文字を追っていった。しかし、ライムタルトが載っているページは見つからなかった。センにはライムタルトがどのような料理なのか――焼き肉に似たものなのか、サンドイッチに似たものなのか、それとも羊羹に似たものなのか、まったく検討がつかなかった。(ある程度の種類が料理が存在しているのにも関わらず、ライムタルトに関する情報だけが失われてしまっていることに疑問を抱く人もいるかもしれない。これにはわけがある。地球の文化がめちゃくちゃになってしまったとき、料理に関する体系だった知識も銀河のあちこちへ吹き散らされてしまった。その上、料理の元となる材料はたいていが地球原産のものだったため、遺伝子情報が保存されている動植物以外はそのほとんどが絶滅の憂き目に遭っているのである。そのため、現在銀河に存在する料理は、地球にあった料理から宇宙的な進化をとげており、おおもとのレシピからはかなりかけ離れた状態になっている。メロンスター社が苦労しているのも無理はない話なのだ。


 また、これはプロジェクトに関わった誰もが知らなかった話だし、これからも知ることはない話なのだが、地球原産のライムはこのころ既に絶滅していた。その絶滅にいたるまでのいきさつにはまた悲劇的かつ感動的な逸話があるのだが、それについて書き記すのにはこの括弧の中は狭すぎる)。


 というわけで、センは書物からは何ら有益な情報を得ることができなかった。仕方なく社内キッチンの一角を借り出し、実際に何かをつくってみようとした。手を動かせば何か神秘的なアイデアが降りてこないかと考えたのだ。


「いや、貸し出しはできないな。シュレッダーに社内キッチンが必要なのかい?」


 キッチン利用申請のため、設備課におもむいたセンはけんもほろろに断られた。


「いや、シュレッダーには必要ないです。でも別業務で必要になって。なんとか使いたいんですよ」

「なるほど」と設備課の担当者(アグリゴラ星系のゲル状生物だった)は、壁際におかれている書類棚をさした。センの身長の軽く五倍はある棚には、一段一段ぎちぎちに書類がつまっている。


「それなら、あそこの棚から設備使用申請書 、設備使用理由報告書、責任者報告書、什器保険申込書、設備使用同意書、日程調整申請書を取って、必要事項を記入して、またここに持ってきて、九十六パーセントの確率で記入もれがあるはずだからまた書き直して、また持ってきて、七十一パーセントの確率で担当者が書類をなくすからまた書き直して、持ってきて、書類で紙飛行機をつくって飛ばしてすべての書類が運良くゴールまでたどり着けば、一年後には使用許可がおりるかもしれないよ」


 センは書類の束を持って設備課を出た。そしてエレベーターホールのところにTY-ROUがいたので、そのまま束をTY-ROUへ突っ込んだ。TY-ROUはもごもごいいながら束を細かくきざみはじめた。


「こんにちは、ぼくはTY-ROUです。紙をこなごなにくだくのが仕事です。ところで、少し言いたいことがあるのですが……」

「うんうん、またあとでね」  


 シュレッダーロボットのカウンセリングどころではないセンは、第四書類室に戻ると社内専用電話をとり、エリアマネージャーへ直通の番号を押した。この前渡された報告書の最後のページにエリアマネージャーの連絡先が書いてあったのだ。だいぶ長く待たされた後、エリアマネージャーが出た。


「もしもし、どなたです?」

「あ、センです。バファロール星支社庶務課第四書類室の。ライムタルトの件でお話が」

「ああ……。わかりました。三分だけどうぞ。ただ一応お伝えしておきますが、私は戦場の真っ只中にいます。ですので途中で通信がきれるかもしれません」

「はあ、わかりました。えっとですね、ライムタルト開発のため社内キッチンを利用したいのですが、なかなか許可が下りなくて。なんとか使えるようにしていただけませんか」

「なるほど。少し待ってください」


 電話口からは保留音(古めのロックだった)が聞こえてきた。ギターソロが佳境を迎えたころ、保留が解除された。


「もしもし。あなたの社員コードを社内キッチンの管理グループに登録しておきました。これでいつでも使えますよ」

「ありがとうございます。ところで、まだ時間はありますか?」

「あと一分十三秒は」

「あの、なぜ戦場にいらっしゃるのですか?」

「なんだ、そんなことですか。そうですね、話せば長くなるところを要点だけかいつまんでお伝えしますと、我が社の中で税金の納付の書類が『なぜか』行方不明になっていましてね、ここ二百年ほど納税が『事故的に』遅れていたのです。税務署にはきちんとそう説明してあるのですが、あの頭のおかしい税務署の強行部隊が来襲してきましてね。我々はしかたなく応戦しているのです」

「……なるほど」

「何です?……ええ、第一隊は下げて……重力砲の用意はまだですか? 腐った税務署員どもをスペースデブリに変えてやるのです……ああ、失礼しました。そういうわけで立て込んでいますので、そろそろ切りますよ」

「はあ、ご武運を」


 電話を切って、センは社内キッチンへ行ってみた。社員証をセキュリティシステムにかざすと、問題なく入室できた。

 広々としたキッチンに立ちながら、センはエリアマネージャーの戦死とプロジェクトの中止を願った。

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