失われたライムタルトを求めて(4)

 昨今の飲食業界の発展は、数百年前のドングリ型文鎮業界の発展に匹敵するものがある。ドングリ型文鎮は、その特徴的な形状により、文鎮の役割をまったく果たさないという特性があった。そのためドングリ型文鎮はいくらあっても足りることがなく、ドングリ型文鎮へのニーズは爆発的に増加した。ドングリ型文鎮を扱う会社数は1億を優に超え、数々の種類のドングリ型文鎮――コナラ型、ブナ型、イチイガシ型など――が生み出された。


 ドングリ型文鎮業界は、天才科学者アーニー・リットリクスによる天才的に画期的な発明、マツボックリ型文鎮(ひとつだけできちんと紙をとめることができる)により急激に衰退の一途をたどったが、飲食業界には今のところその気配はない。流行となった食品は銀河中で売れに売れ、そのもたらす利益は莫大なものになる。例えばつい先日まで流行の最先端だったミソシルという飲み物は、メロンスター社に約十七京デネブの利益をもたらした。ちなみに一デネブではフォーマルハウト・サンドイッチを1包み買う事ができるので、今後もし十七京デネブという金額が出てきたら十七京フォーマルハウト・サンドイッチと読み替えて何ら問題は無いが、今後十七京デネブという金額が出てくる事はないのでこれはすこしばかり気の回しすぎだったかもしれない。


 このように、新しい流行の食べ物を作り出す事はすなわち莫大な利益へとつながるため、メロンスター社の食品部門は日々新たな食べ物を作り出すことに腐心していた。といっても、食品部門の従業員の大部分は食べ物を扱った経験が薄いため、なかなかはかばかしい効果が上がらなかった(もちろん、地球人は差別されていたため、なかなか正社員になることができずにいた)。


 ドキュメンタリーを二クール分作ることができそうなくらいの努力や忍耐や友情、それになにより惑星を一コ買えるくらいの経費を積み重ねた結果、食品部門はあるレシピブックを手に入れた。内容はごく限られた人間にのみ明かされているだけだが、その中にはまだ見ぬ画期的な料理のレシピが山ほど載っているのだという。


 メロンスター社にとってはまさに宝の山だが、これを実際の金高に換えるのには一つだけ問題があった。レシピを料理にかえる方法がないのだ。もちろんこの結論へ至るのには相応の努力はしたのだが、まだ実現できたものはない。なにしろレシピというのは、まったく非科学的であいまいなものなのだ。胡椒少々だのアスパラひとつかみだの、非定量的な表現が頻発するし、茹でこぼすとか炒め煮とか何が何だかわからない調理法が解説なしに使われる。一度料理の完成形が出来さえすれば、メロンスター社の分析装置で生産方法を導き出すことができるのだが、その第一歩が難しいのだ。


 この問題のレシピブックの一番最初に載っているのは、ライムタルトというもののレシピである。この一番初めの料理だけでも何とかできないかと、プロジェクトチームはここ数年そればかりに時間と金を費やしてきた。ライムタルトのために計上された予算はのべで百三十億デネブとなったが、これはセンが一万五千年働いてようやく稼ぐことができる金額である。もちろん一万五千年の間、一度も休みをとったり日付の変わる前に帰ったりしなかったとしての話である。


 概括するとこのような内容の報告書を読み終えたセンは、文字通り頭を抱えた。このわけがわからないくらいに巨大なプロジェクトが、なぜ自分のような末端社員ひとりに回ってきたのか。報告書をシュレッダーにかけ、なかったことにしたいくらいだった。


 二百四階から戻って見る第四書類室は、一段と小さく埃っぽくしみったれていた。しかしセンは、この埃っぽさの中でなにも知らずにシュレッダーの刃をといでいたころの自分を懐かしく思った。当代のビジネスパーソンとしてはあるまじきことではあるが、大きな責任を負って大きなリターンを得るよりも、シュレッダーの世話くらいのところで満足しているほうが相応のところかもしれないと思った。考えれば考えるほど憂鬱になる。失敗した時のことばかり考えてしまう。そこで、センはやる気を出すため、モチベーションを上げるため、パフォーマンスを向上させるため、星回りをよくするため、その他もろもろのため、今日の仕事を早めに切り上げ飲みにいくことにした。

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