シュー生地の耐えられない軽さ

シュー生地の耐えられない軽さ(1)

 いかにバファロール星支社庶務課第四書類室シュレッダーマネージャーが閑職であるといっても、センも一応は社会人であるので、出張という役目が舞い込むことがごくごくまれにはある。


 今日のセンはいつもの第四書類室でなく、バファロール宙港の搭乗ゲートにいた。左前と右後の車輪が壊れているスーツケースを転がし、ブラウスにネクタイにスカート、それにパンプスを履き、左手にチケットを握りしめている。


 今回センが向かうのは、バファロール星から四百光年ほどのところにある小惑星ンシルスである。ンシルスでシュレッダーロボットの展示会が開催されるのだ。他社の展示を見て、パンフレットやノベルティのボールペンや携帯クリーナーやステッカーを集め、提出すればよいのである。


 なぜ今回センにこの役割が回ってきたかというと、メロンスター社の開発部がこの手の展示会に半永久的な出禁を食らっているからである。出禁を食らっている理由はいろいろとあるのだが、そのうちの一つは前々回の展示会でメロンスター社製のシュレッダーロボットがちょっとした勘違いから展示会場まるごとをナノレベルにシュレッダーしたことが原因だった。メロンスター社側はこれをちょっとした設定ミスによるちょっとした事故だと言いはったし、またメロンスター社の基準で言えばこの程度の事故は上に報告書を上げるまででもない軽微な規模なのだったが、どうも展示会の主催者側とメロンスター社の事故評価基準に乖離があるらしく、出禁はまだ解除されないままだった。


 そのためメロンスター社はこの展示会に出展はしていないのだが、他企業の動向を掴んでおくため、顔の割れておらず暇を持て余しているセンを調査員として派遣する話になり、今回の出張につながったのだった。センはこういう事情をまったく知らされておらず、ただ単にメロンスター社の社員とばれないようにしろと言われただけだったが、この命令はひんぱんにあることだったので特に事情を推測しようともしなかった。いつもの単調な仕事に刺激が加わり、会社の金で宇宙船に乗れるのが嬉しかった。


 船に乗り込み、チケットに記された席番号を探す。最初のほうはファーストクラスで、当然ながらセンの席ではない。トルドトルド星の親子連れがどんと席を占領し、そのまだ小学生らしい子供はフライトアテンダントにキャビアを頼んでいる。この世の中の不公平と革命の可能性を考えながらセンはどんどん奥に進み、ビジネス、プレミアム・エコノミー、エコノミーとランクは落ちていく。しかしそのどこにもセンのチケットに乗った番号と一致する席はなかった。


「あれ」


 エコノミーの最後尾まで来てセンは声を上げた。ここまで来てもやはり席は無い。もしや便を間違えたかと、センはフライトアテンダントを呼び止めた。


「何でしょう、お客様」


 毛布を配っていたロボットのフライトアテンダントがセンに向き直った。センが自分のチケットを見せると、フライトアテンダントは案内すると言って先に立って歩き出した。


「けっこう奥の方なんだね」

「はい、こちらは通常のお席になっておりますので。お客様のお選びになった席はより奥の方に……ああ、着きました。こちらでございます」

「あれ、ここ? 間違ってない?」

「いえ、こちらで間違いございません」

「なるほど。でも見たところ、これは洗濯機のような気がするんだよね」

「お客様、こちらは洗濯機ではございません。洗濯乾燥機でございます。ドラム式で乾き残しが大変少ないタイプとなっておりまして、皆様からご好評いただいております」

「えっとね、乾き残しがあってもなくても今はあまり関係ないんだけど。しつこいって思うかもしれないけど、もう一度確認するね。ここが私の席ということでいいんだよね?」

「左様です、お客様。お席の番号もこちらについております」と、フライトアテンダントは洗濯乾燥機のホースを指さした。マジックで番号が書かれている。

「それで、これは洗濯乾燥機ということでいいんだよね?」

「もちろんです、お客様。ドラム式で乾き残しが大変少ないタイプとなっておりまして、皆様からご好評いただいております」


 そのとき、機内にアナウンスが響いた。


「本日はンシルススペースラインへご登場いただき、誠にありがとうございます。当船はまもなく離陸いたします。安全のため、皆様お席にお戻りになり、シートベルトをお締めください。なおシートベルトの無いお席にお座りの方は、なるべく壁や床などに力をこめてつかまってください」

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