了
「寄生木! 何度言えば解るんだ? その髪は校則違反だから染め直しなさい!」
いつも通りの日常、いつも通りの担任教師の偏見に満ちた高圧的な声、いつも通りに嘲笑するクラスメイト。いつか麒麟から勾玉を奪った女子も、『あおい』お姉さん――スフィアを見かけないと知ると、すぐに以前のような態度に戻っていた。
いつもならば委縮してしまうところだが、この日――二学期の始業式では麒麟の様子が違った。背筋をぴんと伸ばし、担任教師を真摯な瞳で見つめる。だが、決して睨みつけたりはしない。ただ『見つめる』だけ。
前担任教師は妊娠のため休暇を取っている、らしい。『らしい』というのは、スフィアに叩かれ、自分がどんなにひどいことをしたのかと反省したからだったというのが真相だと囁かれている。だが、もう二度と碧玉京へと行くことが叶わない以上、そんなことには興味はなかった。
「先生、僕の髪は大切で、立派なご先祖様の遺伝です。染めることはご先祖様への侮辱です!」
そう勢いよく言い返されるとは思いもよらなかったのだろう。担任教師も、クラスメイトも、皆一様に驚いている。勾玉を割った、例のさんにんの女子もだ。それまで無法地帯だった、お喋りだらけの教室が急にしんと静まり返った。誰か一人くらいは茶化す者がいるだろうと麒麟は予想していたのだが、それに反して誰一人としてそんな真似はしなかった。
誰もが寄生木麒麟の変貌ぶりの驚いている。この夏で身長もやや伸びて、碧玉京の太陽で程よく焼けた肌は、他のクラスの女子から見ればポイントが高いらしい。どうやらひと夏の冒険は、少年をほんの少しだけ大人にしてくれたらしい。堂々とすること、ちゃんと自分の意志を持つことの大切さをスフィアから教わった。力の強さのような肉体的なものではない、『心の強さ』というものを、スフィアは常にさとしてくれていた。厳しい教えだったが、それもまた彼女なりの愛の形なのだろう。……そう考えてしまうのは麒麟のうぬぼれが過ぎるだろうか?
教室を抜け出して廊下に出ると、聞こえてくるのは名も知らぬ女の子の黄色い声。
「二組の寄生木君、なんか変わったよね!」
「うん! カッコよくなった!」
「わたしは前からいいと思ってたのよ?」
「ウソばっかり!」
「ほぉんとだってばぁ!」
「ホントにぃ?」
そんな女子の黄色い声が面白くないのは他の男子一同だった。しかし、あまりにも以前と違う堂々とした麒麟に因縁をつけられるような度胸など、誰一人持ってい
なかった。そんな男子たちは、当然女子からは減点対象だ。
それから麒麟は女子に言い寄られることが多くなった。
主に校舎裏での呼び出しが多かったのだが、ただ会って直接断るためだけにそうした。誰が言い寄っても――学年一の美少女と名高い少女でも、麒麟は一切相手にしなかった。あまりにも幼すぎるのだ、『彼女』よりも遥かに。それが告白を断る理由だった。
……だからこそ、「我こそは!」と挑むように告白してくる女子も増え、困っているところだ。
『碧玉京』という地名は、教科書にも地図にも載っていないし、考古学者の父でも知らなかった。母親も、同じく。スフィアの名を出しても、両親はそろって「誰それ?」としか言わない。
どうやら麒麟の両親の記憶からは『スフィア』という名の古代の少女の記憶は残っていないらしい。時代を変えないために、朱が施した処置だと麒麟は考える。彼はきっと、別の未来――例えばスフィアが自分を追って後追い自殺などをした未来を見たのかもしれない。だから今度こそは呪われた運命を打ち砕くために勾玉に宿ったのかもしれない。そんなことはただのSF小説の読みすぎだろうか?
……今でも彼女の、スフィアの記憶は鮮明に残っている。
あの『あお』い髪と瞳、凛々しい顔立ち、一本気な性格。圧倒的な強さ、気高さ、強さを伴う優しさ。どれも現代ではお目にかかれないタイプだ。だからこそ彼女に強く惹かれるのだと麒麟は思う。
教科書にもどんな本にも載っていない以上、あの後で碧玉京がどうなったのかなど知る由もないが、きっとスフィアならばいい国を作っていると思う。そんな不思議な確信が麒麟にはあった。でなければ、なぜ朱が自分をあの古代の帝国に誘ったのか、その理由が説明できないからだ。
ずっと寄生木家の家宝だったルビーの勾玉は、最後に麒麟を現代に送り返した後で、今度こそ粉々に割れてしまった。タイムトラベルなどという所業が可能だったのは、朱の強い想いがあったからこそだと思う。そんな彼の本心を想い人本人に伝えられなくて、子孫としては情けない気持ちになる。いくら朱自身が望んだこととはいえ、もう少し何かうまい言い方があったのではないだろうか? そこだけは悔やんでも悔やみきれない。だから、もう二度と悔やまないよう、強くなろうと思う。それがご先祖様が望む、素晴らしい出逢いへの最大の恩返しではないだろうか。
だがここで、ひとつ気になることがある。今、自分が存在している以上は当然の疑問だ。返事を期待しないで、ただ『想って』みる。それだけならば、あの厳しいご先祖様も咎めないだろう。
――スフィーが大事過ぎて手が出せなかったのは解るけど、二度目の相手はどんなひとだったの?
予想した通り、ご先祖様からの返事はなかった。
あの古代の京とは色合いこそ違えども、今日も空は美しい『あお』だ。
Blue 莊野りず @souyarizu
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