一章:約80枚

ようこそ、よみ還り死さきわいの都


 ワイトのレシピはごく単純。材料、下ごしらえ、そして仕上げの三段階。

 材料――出来るだけ綺麗で、新鮮な死体。

 下ごしらえ――じっくり薬漬け。使うのは奇跡の妙薬、〝還死作動剤アンザナテジック〟。

 仕上げ――これが一番厄介。筋骨から頭脳まで兼ねる〝死霊回路フィラメント〟を植え付けて、人工知能ゴーストを組み込んで、目的に合わせたモジュールを入れるプラグイン

 これが死体活性技術ボディリブートだ。その本場が、スオメンスオミのネクロポリス・インゴルヌカ。ここはワイトの製造が合法化された、産業特別区域だった。

 その製造と運用は市の主産業であり、昨今は死体活性技術を応用したアンデッド(UD)臓器や、医療観光メディカル・ツーリズムで、ますますその需要を伸ばしている。

 ここで肝要なのは、ワイトに人格や感情を与えるような真似をしないことだ。人肉で作られたロボット、その材料が知人や愛する人であれば、誰であれ冒涜されたと感じるだろうから。……かつてはそのために、無惨な悲劇も幾度と無く起きた。

 故に、元人間といえど、ワイトはあくまで「物」と定義される。死体は法的には物ながらある程度尊重されるが、ワイトは死体とすら定義されないため、死体遺棄・死体損壊には当たらない。それが合法に製造されたワイトであれば、だが。

 インゴルヌカが世界最大のネクロポリスと言われるのは、市内に存在するワイトの数が人口の数倍にも上るからだ。他のネクロポリスでは、どこも市民人口の数パーセント程度にしかならない。それに加えて、更に大きな理由がもう一つ。

 インゴルヌカ市民六百万人中、およそ五百万人が、一度死んだ経験がある者たちで構成されている。残り百万人は、一度も死んだことのない未死者モータルだ。まことに彼らこそ、よみ還り死さきわいの徒。

――〝ゾンビ(偽生者)〟。

 死んだはずの人間が、記憶も肉体もそのままに、ゾンビとしてよみがえるようになって早百年。迫害され、時に虐殺され、逃れに逃れてたどり着いたのがこの地だ。インゴルヌカは初め、ゾンビたちの保護と研究のために生まれた。

 魂というものがあるとするならば、対となる体を持たず、故人の使い古しを押し付けられた霊的弱者。彼らは多少のを別にすれば、常人とまったく変わらない。生きて、自我や記憶を持ち、子孫ももうけられ、老いもする。

 故に、死体が動いてるワイトとは根本的に異なる存在だ。

 彼らを研究して、死体活性が生まれた。

 だが人は言う、「ワイトとゾンビはどちらにせよアンデッドだ」と。「公的にはゾンビは人間であり、ワイトは物だ。だが、ゾンビも死者には違いない」と。

 インゴルヌカの外では、ゾンビに対する苛烈な迫害が今も続いている。

 それをやり過ごすために、彼らは道化に、見世物の怪物になること選んだ。

 さあさあサーカスはこちら、寄っておいで見ておいで! 兄弟ワイトたちを売りさばき、楽しい楽しい百鬼夜行パン・デモン・オンパレードを、踊り狂おう……。

 その一列、街の片隅に、〝鎮伏屋〟サイゴ・ムカイラもいた。死んで、よみがえり、インゴルヌカへ来ためしいの亀。いつか出会う浮木ふぼくを求めて、死都の大海をへらへらと漂っている。だがその瞳を覆うのは、瞼ではなく笑みなのだ。

「圧殺の次は窒息かあ。そん~なに食事係を殺したいかね、松」

 限りなく球体に近い巨大な猫を顔面からどかし、サイゴはベッドを抜け出した。時刻は午前五時四十分ごろ、飯の催促だ。前の事務所を独立してこの物件を購入した時、松こと松悟マツゴくんという先客がいた。色々あったが今は休戦協定を結び、円満な同居生活を営んでいる。慣れれば結構ナイスガイだ、たまに出るネズミなんか始末してくれるし、筋トレの時にはウエイトにもなる。

 サイゴは顔を洗い、隣接する手狭なキッチンに立った。スープの小鍋を温めながら、住居部と事務所の間に繋がる扉を開ける。そちら側のテレビをつけると、刑事ドラマをやっていた。

『だって警部、動かない死体なんてびっくりしますよ!』『出荷前のワイトとどう違うんだ? 殺人課に来たならとっとと慣れろ』『そりゃそうですが、ワイトとナマの死体は違うじゃないですか~』

 ベタなやり取りだ。サイゴはチャンネルを早朝のニュースに合わせる。

『……これでミンチメイカーの犯行と目される被害者は、合わせて十七人を数えました。警察は、市民からの情報を求めています』

 松悟のために缶詰を開けてやりながら、サイゴは顔をしかめる。巨大猫にすねを繰り返し頭突きされて、地味に痛いからではない。

 ミンチメイカー。ここ一、二年ほど前から続く連続殺人事件の犯人を、メディアはそう名付けた。由来はその犯行手口、徹底した死体損壊。死体が落ち着きなく動き出す世の中だ、殺した相手が生き返らないよう、念入りに死体を破壊することは珍しくない。だが、ミンチメイカーのそれは常軌を逸していた。

 全身の骨を砕き、内臓を潰し、筋肉を裂き、後に残るのは人一人分のクズ肉、そしておびただしい血液。執拗に執拗を重ねたやり口は強迫的だ。ゾンビとして復活する可能性を絶つならば、頭を潰せば充分にも関わらず。

 更にこの殺人鬼にはもう一つ、おぞましい特徴がある。被害者に子供がいた場合、必ず、それも殺して潰すのだ。それが赤ん坊だろうと、容赦なくクズ肉に変える無慈悲な悪鬼。そんなものが、もう二年近くこの街では野放しになっている。朝に見るニュースとしては、ミンチメイカーの話題は好ましくない。

「まだ捕まらないのかな、コイツ」

 今分かっていることは、被害者は共通して同じ児童養護施設〝グラナッティオメナ〟の出身者だということ。そして被害者と、被害者の血を引く子供以外の死体は損壊しないという二点のみだ。子供が養子だろうが、妻の浮気で出来た不義の子だろうが、ミンチメイカーはなぜか正確に血縁を見分ける。

『次のニュース。南米で引き起こされた、武装勢力による民間人虐殺が過去最悪の件数を更新しました。これはワイト兵士製造のための素体調達が主な目的とされ、インゴルヌカ市に対する技術流出への非難が高まっています。ケイツニクス市長は、これら違法な死体活性技術の運用について、今日会見を開く予定です』

 インゴルヌカは常に内外の敵を抱えている、近年の技術流出は世間からの風当たりをますます強くした。紛争地帯での虐殺行為を加速させたのはもちろんのこと、劣悪な技術と製造環境で制御に失敗したワイトの暴走、動く腐乱死体の徘徊による疫病の大流行……引き起こされた被害の大きさを考えれば、世に慈悲や寛容を請うのは愚の骨頂だろう。

 あともう一押し何かあれば、国際社会はインゴルヌカに正式な制裁処置をとりかねない。例えば、禁忌の研究が掘り起こされるとか。

「ほら松、ササミ缶だぞ! 僕の足で爪を研ぐな!」

 ご飯皿を所定の場所に置き、やっとサイゴは巨大猫の襲撃から逃れた。ほっと息をついて、作り置きのヌードルにスープをそそぐ。それに、サラダ代わりに丸ごとの林檎を一つ。今日は新しい喪主クライアントと会う予定があった。


 北緯にして66度、北極圏までわずか八キロの辺境、北欧の芬蘭土スオミ共和国でも最北端の大都市、インゴルヌカ。八月も下旬になれば、先週まで強かった日差しはすっかり和らぎ、秋の色をコスキカツ通りに投げかけていた。

 市のメインストリートでは、多くの霊柩車が行き交っている。屋根に輝く神殿を乗せた宮型があれば、リムジン仕様やロールスロイスの高級型、胴体が棺桶と一体化したバイクや三輪型トライク、クラシックカーもあれば派手なペイントのスーパーカーもあり、はては馬車型やドラッグレーサーまで。

 そして……異邦人ならば気づくだろう、この街に染み付いたマカル・インセンス反魂香の匂いに。屍肉の生臭さ、血の鉄臭さ、薬物の芳香。それらが熱さ冷たさの交わり切らない、生煮えの心地で絡みあう、生と死を有耶無耶にするその香りに。

 だが、死者の都という肩書きに反して、道行く人々は魚のように活発だ。淀んで腐った水槽から、美しい大海原に解き放たれた魚が、わき目もふらずに自由と生命をまっしぐらに生きている。おっかなびっくり、その合間を縫って歩く少女、ミリヤ・ハーネラは、さながら迷い込んだダイバーだった。彼女は引っ越してきて、わずか二ヶ月のインゴルヌカ初心者ニュービーだ。

「お嬢さん、似顔絵はどうですか?」

 そんなミリヤを観光客と間違えて、客引きが陽気な声をかけた。彼女は思わず足を止め、振り返って中年男性と老人の二人組を目にする。

 中年はスケッチブックを持った老人を紹介した。

「このワイトはね、生前はちょっとした芸術家だったんだ! インゴルヌカ観光のお土産に、ワイトが描いたあなたの似顔絵はいかが? 一枚十ユーロだよ!」

「け、結構です」

 ミリヤは半ば顔を引きつらせ、慌てて会釈するとその場を去った。

 ワイトの似顔絵屋!? こんな大通りに堂々と〝あれ〟が出ているなんて、他の都市では考えられない。

「ああ、もう。これだからネクロポリスは……」

 気持ち悪い、と続く言葉を彼女は飲み込んだ。

 市の成立から七十年近く経つ現在も、死体活性についての倫理的・感情的論争は絶えない。そのため、市外ではワイトの労働力は、あくまで一般人の目に触れない場所での利用に限られた。例えば関係者以外立ち入り禁止の工場や、研究施設だ。けれどインゴルヌカは、平気で観光の売りとしてワイトを前面に押し出す。

 だが、ミリヤはワイトにも、霊柩車の群れにも、いまだに慣れない。すぐ観光客扱いされるのも、そんな態度が目に見えるためだろう。

(……こんな所に、私も昔は住んでたなんて信じられない)

 ミリヤはふと足を止めて、さっと周囲を見回した。

 通りには英中露亜語、様々な言語やイラストで書かれた標識や看板が乱立し、北欧と言うよりも亜細亜アーシアの猥雑な街路を思わせる。それでいて建物は、生粋のノルディック建築であり、手前では辻占いや露天商が歩く人々に声をかけていた。聞こえてくるのは、多種の言語がごちゃ混ぜになったインゴルヌカ弁インゴリッシュ

「しかしいまいちホラーショーじゃおもしろくねえな、あン?」「最近恋人リーベと別れてね。イン&アウトも、ごぶさた、てとこ」「冥福チャペルは皆様の祈りと喜捨を必要としています」「髪型が開放的なデザインになっちまうよ」「歡迎你們いらっしゃいませ!」「俺のドルーグおともだちも最近、のりが悪くなってるし! おかしんだよね」「煮え煮えなのさ、みんなそうさ」「ああ、白いマネキンのような椅子になりたい」

 おしゃべりする若者たち、オレンジの法衣を着た托鉢僧、温かそうな親子連れ、忙しなく携帯電話で話すホワイトカラー、穏やかな老夫婦、顔に白と黒でコープス・ペイントを施したネクロゴス、人種も宗教も多様な老若男女。様々に日常を生きている、どこにでも居る普通の人々だ。ただ、誰もがその手の甲に、ゾンビであることを示す刺青を刻まれている。ミリヤの手にそれは無い。

(ここは誰も彼もゾンビだわ。みんな、死んだことがあるから、死体がすぐ傍に居ても平気なんだわ)冷たい確信と共に、ミリヤはそう思う。

 この都市は人種のるつぼだ、世界中から迫害を逃れてきた人々が住んでいる。逆に言えば、ここには二つの人種しかいない。〝ゾンビ〟か、〝それ以外〟。

(お父さんも、私も、お母さんも、ゾンビじゃなかった。だけど……)

 ミリヤは緑の瞳で初秋の空を見上げる。「お父さん」と、知らず言葉をこぼして。

 ワイトやゾンビの魂は、死して天に昇るのか? 牧師様に訊ねてもはっきりとした答えは得られない。喪服のように黒一色でまとめた服、その暗い背中を、シャンパンゴールド色のまばゆい金髪が流れ落ちた。この黒は哀悼の意を表す。母を亡くして以来、ミリヤは黒と白しか身につけないようにしていた。

 だが、本当ならもっと早くそうしておくべきだったのだ、十三年前、父のニフリート・ハーネラが死んだ時から。

「失礼、ネイティミス・ハーネラ?」

 物思いに耽りかけたミリヤの意識は、物柔らかな呼びかけによって現実へ引き戻された。喪章をつけた東洋系の青年だ、猥雑なインゴルヌカ弁ではなく、きちんと発音されたスオミ語が耳に心地良い。彼女はさっとその出で立ちを確認した。

 黒いシャツに赤いネクタイ、それにオフホワイトのジャケットは清潔そう。両の手には革手袋をはめ、刺青は確認出来ない。

(この人が、テイカー)

 その黒無地の腕章は、単なる葬儀関係者の意ではない。弔い人アンダーテイカー、あるいは単に、テイカー。その名は英語における葬儀屋のことだが、ネクロポリスでは武装墓守の後継、よろずワイト請け負い業者を指す。

 何らかの不具合があって暴走したワイトの駆除、逃げ出したワイトの追跡や捕獲、あるいは違法にワイト化された人物を捜し出すのが主な業務だ。

 ワイトは、生前に〝喪失者ロスト登録〟という、死後の肉体提供意思表示を行った死体を使って製造される。だが、インゴルヌカは世界で最も死体が売れる都市だ、無許可無登録の死体がワイト製造に供されていることは珍しくない。

 こうした死体泥棒グールズ死体密売ネクロビズは、遺族の感情と故人の尊厳を損ない、殺人の立件を困難にし、数々の犯罪を助長する。

 インゴルヌカ市警にも専門の部署があるが、それだけでは余るこれら問題に立ち向かうのが、〝死体の探偵〟アンダーテイカーだった。

「はい、ミリヤ・ハーネラです。お電話したテイカーの方ですか?」

「ええ。フリーランス・アンダーテイカー〝鎮伏屋〟です」

 青年はふわっともの柔らかに微笑んで、名刺を差し出した。人好きがしそうな温かい笑い。名刺には、【Undertaker 鎮伏屋(Chinhukuya) 向良彩呉(Saigo Mukaira) 電話番号×××-××-××××】と書かれている。

 漢字メルキヤが使われていることから、中国人キーナライネンかと思ったが、電話で聞いた時に日本人ヤパニライネンだと教えられた。

「では、行きましょうか」

 ミリヤは「よろしくお願いします」とお辞儀して、鎮伏屋の後についていった。


 通された鎮伏屋事務所は、ミリヤが思っていたより普通のオフィスだ。カタナやキモノ、宗教的な装飾は今のところ見えない。

 窓辺を背にしたスチール机、その上にはデスクトップパソコンが一台。他、ソファとサイドテーブルの応接セットが並び、珈琲メーカーは湯気を立て、ファイルでいっぱいのスチール棚の傍、小さなテレビとCDデッキがある。

「こちらへどうぞ」

 案内されたソファには、縦と横の長さが均等になりかけた、ブラウンタビーの巨大猫がぐでんと腹を見せて転がっていた。伸びているはずなのに、ひたすら丸い。

「こら松、お客さんが来るって言っただろう」

 しっしと鎮伏屋が手を振ると、くしゃっとした不細工顔の猫は大きくあくびし、悠々と伸びをしてソファを降りた。そして、のしのしと奥へ去る。

「凄い猫ですね。……猫ですよね?」

「猫ですよ。肥満体に見えますが、あれで脂肪より筋肉が多いらしくて。僕なんか寝てる時、体に乗られると命の危険を感じますねえ」

「殺される前に隔離した方が良くないですか?」

 ソファに腰を下ろす頃には、ミリヤは少し緊張がほぐれているのを感じた。猫がワンクッションになったのだろう。鎮伏屋も向かいのソファに座る。

 両者の間に置かれたサイドテーブルには、黒檀のブレスレットが置かれているのが見えた。あれは確か……ミリヤは思い出すのに少し苦労した……ジュズ。東洋のロザリオで、仏教徒ブッダライネンが使う物だ。

「では、お話をお伺いしましょう」

 ミリヤが考えている間に、鎮伏屋はサイフォンで抽出した珈琲を二人分注ぎ、こちらに一つ差し出した。

「えと、鎮伏屋さん」

「僕のことは、サイゴと呼んでください。お電話では、お父さんを捜していただきたいとのことでしたが」

「はい。私は十三年前まで、市内に住んでいました。両親と三人暮らしです。でもある日、そう、雨の強い六月、私は三歳になったばかりで……いつも遊びに来ていた父の友人、叔父だったかしら、が母と話して、何だか切羽詰まった空気だったので覚えてます。そのまま私は母に連れられて、逃げるようにサヴォンリンナへ」

 サヴォンリンナはスオミの南、サイマー湖湖岸の都市である。

「その時以来、父からは何の連絡もありません。多分、もう……」

 その母・クオナも、今年の春に亡くなった。……最期まで父のことを気にかけながら。父を失ったあの日から、ミリヤの周りには死が付いて回る。

 色んな人が彼女から死に去り、生きてる人は遠ざかって行った。自分は独りぼっちだ、正直そんな人生の先行きも思い描けない。ならばせめて、父を探そう。そう思ってミリヤはインゴルヌカへ戻ってきたのだ。

 ミリヤは用意してきた写真を、卓上に差し出した。父が幼いミリヤを抱え、微笑んでいるスナップショット。他にも数枚。サイゴは一枚一枚それを眺める。

「かなり目立つ体格の方ですね、聞き込みしやすくて助かります」

 サイゴの言う通り、ミリヤの父は体格に恵まれた男性だった。アルバムを見ても、一緒に写っている母や友人、建物と比較しても二メートルは下らないだろう。筋骨隆々としていて、レスラーか何かのようだ。精悍な顔つきだが、強面で無愛想、でも家族や親しい友人にはちゃんと優しく接していた、とミリヤは母から聞いている。

「名前はニフリート・ハーネラ、生きていれば……四十一歳になっています」

「なるほど。他にはお父さんについて、分かっていることはありますか?」

 そこで初めて、ミリヤは父について、今言った以上のことを何も知らないと気づいた。父が幼い頃に両親を亡くし、児童養護施設に居たのは知っているが、どこの施設とは分からない。里親がいたのかも。職業や、友人たちの素性、何もかも。

 ミリヤも幼かったから仕方がないとは言える。それに、母は辛かったのだろう、父やインゴルヌカのことにあまり触れなかった。特にワイトにしろゾンビにしろ、アンデッド関係の話題は忌み嫌っていた節がある。ミリヤもそれを察して、何となく訊きづらかったものだ。しかし、これから調査するサイゴにとっては、かなり手がかりが少ない仕事になるだろう。

「分かりました。調査は数ヶ月かかることもありますが、構いませんか」

「受けて下さるんですか!?」

「アンダーテイカーの仕事は、こうした地味な調査が本分ですよ」

 思ったよりあっさりと引き受けられ、ミリヤは肩の力を抜いた。存在を忘れかけていた珈琲に、やっと口をつける。

「それで、お父さんを見つけた後は、どうされますか。生きていた場合、お亡くなりになられている場合。特に後者は、普通に葬られてるなら良し、そうではなくワイトになっている場合は」

「生きてるなら……あまり、そう考えてませんでしたけれど。もしかしたら、別の家庭を持っているのかもしれませんね。その時は、少し話が出来れば、それで」

 本当にそれで良いのだろうか?

 そんな疑問が脳裏をよぎったが、ミリヤはそれを黙殺した。

「ワイトになっているなら……」珈琲をもう一口含み、口の中を湿らせて言う。「葬って下さい。父の体を、もう休ませてあげて下さい」

「完全に破壊するということですね」

「破壊だなんて……」

 ミリヤとしては結構思い切って言ったのに、サイゴの言葉は想像以上に物騒だった。だが鎮伏屋は淡々と事務的に続ける。

「ワイトは肉の一片まで動けるように作られた存在です。葬るには、死向性剤デスアクティブ……ワイトを動かしている、還死剤アンジーの働きを阻害する薬です。いわば反還死剤を打ち込んで、全身を融解させなくてはなりません。融けて、蒸発して、後には何も残らない。それでも構いませんか?」あ、遺髪は少し残ります、と付け加える。

 すっと体が冷えるものを感じながら、ミリヤはうなずいた。そうだ、ワイトはバラバラになっても動き続ける。仕方のないことだ、と自分に言い聞かせながら。

「分かりました。また、ワイトの場合、基本的に企業など製造者に所有権があります。それを破壊することは器物損壊など犯罪行為にあたり……」

「そういうお仕事を引き受けて下さる方だ、と聞いたから、お話ししました」

 ミリヤは真っ直ぐサイゴの目を見て言った。貴方を信じても良いのですね、と想いを込めながら。バイト先の上司から紹介された後、ミリヤはインターネットやバイト仲間から、鎮伏屋サイゴ・ムカイラの噂は一通り調べた。腕っ節が強く評判は上々、人当たりが良くて信用が置ける、と……だから、今日会う勇気が出せた。

「母は三、四ヶ月前に亡くなる直前、父の行方を気にかけて、急に色々話してくれました。あの人は世間的にとても後ろ暗い仕事をしていて、だからどこかで〝アハト付き〟になっているかもしれない。あの人が死んでいるなら、きっとワイトにされているに違いない。このまま自分が死んでも、死んだあの人の体が動き続けるのはやり切れない……何度も、そう言っていました」

 それを聞いて、ミリヤは母がアンデッドを……ワイトを嫌悪する理由を、ようやく悟ったのだ。

 アハトとは安息喪失刑と言って、一定期間の喪失者ロスト登録を強制する刑事罰である。軽犯罪なら数ヶ月程度で済むが、殺人などの重罪は無期限。

 そのため、合法ワイトのほとんどは元犯罪者で占められている。もちろん、それでは数が足りないから、違法ワイトが作られるのだが。

「私たちが引っ越した日、母と、父の友人は、父が亡くなったと確信出来る何かがあったようなんです。私には分かりません。サイゴさん。あなたが調査をする上で、もしかしたら父が思ったより酷い人間だったことが分かってしまうのかもしれない。それでも、せめて何があったのか明らかにしたい、父の魂を弔いたいんです」

「何だか探偵みたいですねえ」

 日溜まりのような笑みを浮かべ、サイゴはミリヤの瞳を見返した。混じりっ気の無い黒一色は、瞳と虹彩の境が曖昧なほど深い。その底知れない黒が、自分を信じて欲しいと告げている。少なくともミリヤにはそう思えた。この人は自分の言葉をしっかりと受け止め、それに応えようとしているのだと。

「あいにく僕は探偵ではありませんが、おまかせください。そのための鎮伏屋です」

 サイゴは自分の胸を叩くと、握手を求めて手を伸ばす。ミリヤはその手を取り、固く握り締めた。

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