あなたの気持ち

𠮷田 樹

あなたの気持ち

「ふ~ん」


 金髪をなびかせながら夕日を背に彼女はそういった。


「後悔しても、知らないわよ?」


 最後の言葉はそれだけで、僕の前から去っていった。


 とても軽い返事を聞きながら僕は茫然と立ち尽くしてしまう。そうかやっぱり。僕がふったところで、彼女は理由すら聞かないのか。僕は彼女にとってその程度の存在だったということなのだろう。


 いったいなぜこんなことになったのか。こんな勢いだけの恋にするつもりなんて毛頭なかったのに。

 

――ことの発端は数日前の放課後だった。


 いつものように友人と談笑していると、友人が思いだしたかのように口を開いたのだ。


「そういえばよぉ。おまえ、彼女とどうなの?」

「? どうとは」

「いや、相変わらず付き合ってんの?」


 相変わらずってどういう意味だよ。


「だから何なんだよ」

「いや、ね。お前の彼女、ほかの男子とも仲良くしてんじゃん? お前としてはどうなの」


 どうもこうもないだろうに。


「別に友好関係にまで口を出す権利は僕にないでしょ?」

「そりゃそうだ。けどな、あいつあんまり清楚って感じのイメージないじゃんか」


 なんて失礼な奴なんだ。


「まったくお前は何が言いたいんだよ?」

「髪、金髪に染めてるんだぜ?」


 だから何だ。答えになってないだろう。


「だからよぉ。お前のこと遊びなんじゃないかって言ってんだよ」

「はぁ?」


 いきなり何を言い出すんだこいつは。


「だってあの美貌だぜ? お前とは釣り合わねーだろ」


 本当に失礼な奴だな……。


「嫉妬ならほかでやっててくれよ。うざいだけだ」

「ちぇっ。このリア充が」

「男の嫉妬は醜いよ?」


 本当に他愛もない会話。そのはずだった。けど、切っ掛けなんて言うのはいつだって些細なものだ。それからというもの、彼女が男と話している姿がつい目に留まってしまうようになった。活発な彼女は男子の友人が多い。そのため、ついつい目がいってしまったのだが彼女はそのことに気づいていたようだった。


「最近どうしたの?」


 そう聞かれたのは昼休み。屋上で二人、昼食をとっているときのことだった。


「え? 別にどうもしてないけど」


 最初は本気でそう思った。でも、すぐに気づく。どうもしてなくなかった。友人の言葉がどうしても思い起こされて最近やきもきしてばかりである。男の嫉妬は醜いと人に言っておきながら、盛大なブーメランになったものだ。


「最近私のことよく見てるから、相談でもあるのかと思ったんだけど……」

「いや、本当になんでもないよ」

「そう?」


 まさか本当のことを聞けるわけもなくはぐらかしたが、後から思えばこれは僕の見栄だったわけで、聞いておけば何の問題もなかったはずなのだ。


 けど、残念ながら人間にはプライドという厄介なものが存在する。バカみたいな理由でそれは発動し、自分の心を縛り付けるのだ。まあ、つまるところ直接聞くのが気恥ずかしく、でも、答えが聞きたいという矛盾した考えが脳内を占拠してしまっていた。そもそもの問題はそこだったのかもしれない。


 もやもやしたまま一向に変わらない現状に頭を悩ませ続けていたある日。さすがにそんな様子を見かねたのか友人が再び声をかけてきた。


「よっ! どうした、やっぱり浮気されてたか?」

「そうじゃ……ないけど」


 HR前の騒がしい教室内で話しても彼女の耳に届くことはないと思うが、堂々と話す話題としてはどうにも落ち着かない。


「さては……俺の話を聞いて不安になったかぁ~?」

「……」

「図星かよっ⁉」


 そんな軽いノリで来られても相手をすることすら面倒だと思った。残念ながら、僕にとっては重要な問題なわけで。


「聞いてみればいいじゃねーか」

「……無理だよ」

「ま、そうだよな。お前、変なところでプライドたけーし」

「うるさい」


 まあそのとおりだし、だからこそ打開策が思いつかなくて困っているんだが。


 何かうまいこと確認する方法があればな……。


「じゃあさ。試しに振ってみるってのはどうだよ?」

「は?」


 いきなり何を言い出したんだこいつは。


「それでよ。なんでふるのか聞かれたら冗談だとか何とか言ってごまかせばいい。もし、お前に対する好意がたいしたものじゃなけりゃ、別れ話も軽く受け入れるんじゃね?」

「……」


 別に名案だというつもりはない。ただ、この時の僕にほかの案がなかったのも事実で。


 いや、これ以上言い訳するのは見苦しいな。


 結局、実行したわけだ。


「……」


 で、今に至る。


 結果をわざわざ明記する必要もないだろう。というより、現実を受け入れるにはもう少し時間が必要だ。思いのほかショックが大きい。


 正直言えばどこかで思っていたのだ。友人の言葉は想像の域をでなくて、彼女も僕のことを大切に思っていてくれているってそう思っていたんだ。いや、思いたかっただけなのだろう。


 試すような真似をした結果がこれだ。


 この采配が神の手によるものだとしたら妥当なところだと思うよ。もう少し容赦してくれると嬉しかったけどね。


「……帰るか」


 とりあえずここで突っ立っていても仕方がない。カバンを取りに教室へと向かう。


 女の子のすすり泣く声が聞こえたのは教室を目の前にした時だった。


 廊下の真ん中でつい立ち止まってしまう。


 声はおそらく僕の向かっている先、つまり教室から聞こえてきていた。


「ぐすっ……んっ……」


 聞き覚えのあるその声に吸い寄せられるかのように僕はゆっくりと歩きだしていた。その人物が涙を流す理由も簡単に想像がついた。でも、その想像は心のどこかで止まってしまう。


 己惚れるな。


 そんな声が聞こえた気がした。でも、確認したかった。


 のぞくような真似をするのは気が進まなかったけど、何も考えずに突っ込んで失敗するのは嫌だった。


「……」


 やはり、そこにいたのは彼女だった。膝を抱え込んだ彼女の顔は、夕日に照らされた金髪によって隠れている。でも、誰もいない教室で一人、今泣いている理由は

きっと……。


 どうしたらいいんだ。どうするべきだ。気まずいし、もしかしたら僕に泣いているのを見られたことでショックを受けるかもしれない。なら、今は去るべきじゃないだろうか。


 ……違う。それは逃げだ。僕が傷つきたくないだけだ。勘違いだったらとか、本当のことを話したせいで彼女をさらに傷つけてしまったらとか、軽蔑されるのではないかとか。でも、そんなのは僕のエゴだ。今、彼女は傷ついている。ほかでもない僕の言葉によって。だとしたら、今僕が言葉を発すること以外に現状を打開する策はないはずだ。


「ごめんっ!」


 第一声として間違っているかもしれないが、自らの心を今伝えなければならないと思った。


「……え?」


 突然の来訪者に驚き顔を上げる彼女の顔には涙が流れていた。


「嘘だ! 嘘なんだ! 僕は君が好きだ、今も変わらず! だから」


 もう、何を言うべきなのかわからない。でも、恥とか恐怖とかそういった気持ちは今はいらない。


「なに……いってんのよ? なによ、あんたに振られて泣いたとでも思った?」

「不安だったんだ。ほかの男子と話しているのを見ると、僕のこと特別じゃないのかって!」


 今は言葉を伝えたかった。彼女に僕の心をすべて届けたかった。


「返事になってない! なに期待してんの⁉」


 涙を必死にこらえながらそう言ってくる。でも、


「期待するさ! 今、お前が泣いてたんだから。好きだから期待したかった……。ふったとき、ふったのにあんなあっさり返されるなんて、思っても、思ってもいなかったんだよ!」


 感情が高ぶる。だめだ。涙がこらえられない。


「……」


 でも、僕の言葉に彼女は何も返さない。途端、何かの糸が切れたように脱力感が襲ってくる。


「……ごめん」


 座り込んでしまってから冷えた頭で思い返すと僕の言葉はあまりにも勝手だった。


「……ごめん。僕は本当に勝手な奴だ」


 うつむきただ床を眺める。彼女と目を合わせることはできなかった。言い訳はできる。友人に言われたと。でも、行動したのは僕であり、人のせいにするなんてことはしてはいけないことだろう。


 いったい僕は何をしたかったんだかな。


「……バカ」

「え?」


 気づけば僕は彼女に包まれていた。暖かくて、ほっとして、涙が止まらない。


「思い込み激しすぎだよ全く」

「……」


 ああ、きっとそうだ。結局勝手な思い込みで彼女を傷つけただけだ。でも、


「この、ばっきゃやろー」



 彼女は、ふざけたようにそういうと満面の笑みを見せてくれた。

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あなたの気持ち 𠮷田 樹 @fateibuki

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