第63話 『White Rabbit』

□A-Girl


 わたしが所属する文芸部は、校舎脇の部室棟の東端にある一番狭い部屋でほぞぼそと活動を行っている。現在の部員は、性格だけは男勝りな長い黒髪の美少女「荻原玲おぎわられい」と、優雅なオネエ口調で女の子より女らしいとの評判の美少年「森田友成もりたともなり」、そしてごく普通の女の子である、わたし「京本亜里守」の三名だった。

 先日、成ちゃんが一年生の子を連れてきてくれたおかげでようやく四名となり、存続が怪しかった部にも一筋の光が差し込んだかのように思えた。まあ、成ちゃんが連れてきたのはこれで五人目だから、この子がわたしたちに警戒心を抱かずに長く居着いてくれればの話だけど。

 部の活動内容はわりといい加減だ。部屋でずっと喋っている時もあれば、三人とも無言で本を読みふけっている時もある。もちろん、それぞれに創作活動を行っている事もあった。

 今日は成ちゃんも一年生の子も用事があるらしく、部室には玲ちゃんしかいない。こんな日はまったりと時間を過ごすのも悪くはない。わたしは、創作ノートにあれこれと落書きをしながら玲ちゃんに話しかける。最近読んだ本とか教師の悪口とかテーマパークとか行きたいね、などとたわいもない話だ。だから、わたしが最近夢中になっているインターネット上でのチャットの話とかも自然と出てきたわけだ。

「創作系のチャットルーム? SNSじゃなくて?」

 玲ちゃんは少しだけ興味ありげに、顔を半分だけこちらに向ける。

「うん、わりと同年代の子が多いんだ」

「チャットなのに、同年代ってわかるの?」

「学校の話題とか多いしね。もちろん、詐称している人もいるだろうけど」

「楽しい?」

「玲ちゃんもやってみなよ。絶対はまるって」

「私ね。画面越しでの会話って違和感あるんだよ」

 今どき『どこのおばあちゃんなの?』という古い感覚を玲ちゃんは持っている。

「……そうだよねぇ。玲ちゃんってLI○Eどころかメールもやらないもんね」

 彼女の持っているのはスマホではなくガラケーなのでSNS系のアプリをやれないのはわかる。けど、いくらわたしが長文メールを送ろうが「電話でいいじゃん」って玲ちゃんからかかってくるのがオチ。

「そういうこと」

「まあ、今はしょうがないかなぁ……」

「ところで、チャットではありすってどんなニックネーム使ってるの?」

 玲ちゃんはパソコンとかやらない割にはそういう情報とか仕組みは結構詳しかったりする。ネットに頼りすぎのわたしとは情報の収集方法が根本的に違うのだろう。

「今のところは『ラシー』かな。綴りはもちろん『Lacie』だよ。あ、そうそうチャットに面白い子が居てね。最近、結構仲良くなったんだよ」

 チャットといえばあの子の事を話さないわけにはいかないだろう。

「ほう、めずらしい。ありすが顔も名前もわからない、どこの誰とも知れない人と仲良くなるなんて」

 なんか玲ちゃんの目が笑っている。どうせ昔のわたしは人見知りが激しくて、なかなか友達を作ろうとしない奴でしたよ。

「わたしだって不思議なんだよ。その子ね、チャットではなんか妙な口調で喋るのよ。『我は』とか『案ずるでない』とか『これは試練じゃ』とか、挙げ句の果てに相手の事を『なれ』って呼ぶし」

「面白いんだ」

「うん。だけどね、話の内容に関してはまともだよ。わたしはいろいろ相談にのってもらったし、励まされたりもした。その子がいるとチャットの雰囲気も変わるしね」

 まるでそれは魔法のようだった。どんなに殺伐とした雰囲気でも、その子が加わるとまるで空気が変わっていく。

「ありす? そんな妙な口調なのになんで『その子』なわけ? まるで同年代のようじゃない」

 玲ちゃんが疑問に思うのもしょうがない。とりあえず隠していてもしょうがないので、ありのままをぶちまけることにした。

「うん、実は個人的にメールのやりとりも何回かしてるの。メールはね、さすがにチャットのような口調じゃなくて普通の文章だよ。わたしと同年代くらいかなって思える内容なの」

 チャットだから新たに人格をこしらえるってのは、珍しいことではない。むしろ、女の子が男の子の口調で喋ったり、もしくはどっかの中年オヤジが無理に少女っぽく振る舞ってみたりと、いくらでも例は挙げられる。

 でも彼女は直感的に安心できるとわたしは確信しているのだ。

「ふーん。でも、気をつけた方がいいよ。最初はまともに見えても、後で豹変するってのがネットにはいるらしいから。いろいろ事件も起こってるでしょ」

 わたしだって、ネットで情報は集めているからそれくらいの事は知っている。それにその手の類の注意は、その子から十分にされているし。

「うん。でもね、その子は大丈夫なような気がするの。今はまだ早いけど、もう少しメールで打ち解けて相手の事をわかってきたら、一度会ってみたいなって」

 わたしはその日が来るのをなぜか待ち望んでいる。こんなにも会ってみたいと思った人なんて初めてなのだから。

 そしたら、この胸の奥に潜むもやもやが一気に晴れてくれるかもしれない。我が侭で弱虫な昔の自分に決別できるかもしれない。

「まあ、もしもの時は私や成を呼びな」

 それが玲ちゃんの最大の優しさ。自分を巻き込んでくれと言わんばかりのお節介。出会ったばかりの頃はそれが鬱陶しかった。一人にして欲しかった。でも、その大らかさに涙が出てきて、とうとう受け入れてしまった。違う、逆だね。わたしが玲ちゃんに受け入れてもらったんだよね。

「ありがとう、玲ちゃん」

「ところで、そいつのニックネームはなんての?」

「チャットの面白いその子?」

「そう」


「『White Rabbit』だよ」




 (了)

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魔法少女と優しくて残酷な世界 オカノヒカル @lighthill

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