第十六話

 叶光かのみが連れ去られ、煙幕で覆われていた視界が晴れた頃。そこには深影みかげ蒼氷そうひの姿は既になく、あるのは深い夜の闇と無残な姿の島浦のみで。

 その場に残されたびゃく狼琥ろく紅真こうまの三人は力なく地べたにへたり込んでいた。

「――く、そっ!」

 ダンッと地面に拳を突く狼琥。深影に付けられた傷はそこまで深くはなかったのか。今はもう痛みのみで出血は止まっている。

「……叶光……」

 狼琥の隣で俯く紅真は項垂れ、自身を責めるかのように強く唇を噛む。

 そんな中。白は一人静かに立ち上がると、血の海で眠る島浦しまうらのもとへと歩み寄って行った。

「……博士」

 事切れている島浦を見下ろしながら小さく呼び掛ける。

「ごめんなさい。博士……」

 島浦を助けられなかったことへの謝罪なのだろう。

 白は悲しみに顔を曇らせ、島浦の姿をその瞳へと映している。

 そんな白に狼琥も紅真も掻ける言葉が見つからず、ただ黙って見守ることしかできなかった。

 ――どれくらいの間そうしていたであろうか。静かなその場所に突として鳴り響いた電子音に三人はびくりと肩を揺らし、その音の発生源へと視線を向けた。

「……ボクのだ」

 白はヒップバッグの中からスマートフォン型の機械を取り出し、画面を宙に表示する。

 映し出された画面には『受信完了』の文字とファイルが一つ。

「一体なにが届いたんだ?」

 紅真の言葉に白は、わからない、と首を横に振った。

 白は訝しんだ様子で謎のファイルを開く。

 すると表示されていた画面にノイズが走り、その次の瞬間。白衣を着た男の姿が立体となって映し出されていた。

「は、博士……!」

 白は声を上げて目を見開く。

 狼琥と紅真も驚いたような表情を浮かべながら映像の島浦と、地面で事切れている島浦とを見比べた。

「……白。君がこの映像を見ているということは、ワシの心臓が活動を停止したということじゃろう。ファイルはワシの死後。自動で送信されるように設定してある」

 映像の中の島浦は深刻そうな顔つきで、いいか、と強い眼差しを向ける。

「これからワシが伝えることをよく聞いてくれ。このまま進めばこの都市は機能しなくなってしまうかもしれないのじゃ」

「……どういうことだ?」

 ぽつりと呟いた紅真。それに答えるかのように島浦が続けた。

「三年前のあの日からワシは深影の元である研究を行っていた。その研究の対象者は叶光くんじゃ。深影は彼女の持つ能力を使い、この第二都市を滅ぼそうと計画している」

「……叶光の能力で滅ぼす、だと?」

 狼琥はぐっと眉を寄せる。

「叶光くんは特殊な属性の持ち主。現時点では彼女自身も真の力には目覚めていない……だからこそ! 深影たちよりも早く彼女の力を引き出し、一刻も早く力のコントロールをっ――」

 そこで映像は途切れた。

 宙に浮かんでいた映像が全て消え、再び訪れた静寂。

 それを破るかのように口を開いたのは狼琥だ。

「叶光が特殊ってどういうことだよ?」

「それはわからない」

 狼琥の言葉に紅真は腕を組んで難しそうな顔をして、だが、と続ける。

「……今思えば、塔にいた頃の叶光は他の者たちと比べて実験施設に連れて行かれることが多かった気もする。島浦博士の話が本当なのだとすれば、その特殊な属性とやらが関係していたのかもな」

「そうか」

 狼琥は短く息を吐いたのであった。


 Thirdサードのビルへと戻ってきた狼琥、紅真、白の三人は最上階にある銀河ぎんがの部屋へと訪れていた。

「……そう、だったのか」

 三人から一部始終を聞かされた銀河は膝の上で拳を作る。

「あの子を守れなかったのはボクだ。……ごめん」

 白はそう俯いた。

「島浦博士を人質にされた状態で上手く動けたやつなんていなかったはずだ。そう自分を責めることはないさ」

 銀河は、それよりも、と続ける。

「今はこれからのことを考えなくてはならんだろう」

「……叶光の救出と、島浦博士の残した『真の力』というやつだな?」

 紅真の言葉に銀河は頷く。

「深影たちが叶光を連れ去った目的が、島浦博士の言う通りなのだとすればこの世界は大変なことになる。……だがなあ……」

 眉を寄せてどこか悲しげな表情の銀河。

「どうかしたのか?」

 紅真が問い掛ければ、銀河はうーんと一つ唸ってからゆっくりと口を開いた。

「……深影がそんなことまで考えてるなんて、俺からしたら信じられないような話でな」

「Thirdができる前……反政府組織という名前だった頃の仲間だと言っていたな」

 いつの日だったか。銀河に聞かされた話を紅真は思い出す。

「ああ、そうだ。深影はいつの間にか過激派のリーダーなんかになっちまっていたが、それまでは穏やかな人間だったんだ……そんなあいつが世界を滅ぼす、だなんてな」

 銀河は視線を下げ、重たい息を吐き出した。

「けどよ、現に叶光はあいつに連れて行かれたんだぜ? 昔がどうだったかなんてもう関係ねえんだよ」

 狼琥は声を荒らげ苛立たしげにソファーから立ち上がる。

「お、おい! どこに行くつもりだ?」

 銀河は慌てた様子で狼琥に声を掛けた。

「そんなの決まってるだろ。叶光を取り返しに行くんだよ」

「なに言っているんだ、お前! そんな傷のまま乗り込んで行って取り返せる訳がないだろうが」

 胸の下から腹部にかけて巻かれている包帯。それに目をやりながら銀河は呆れた様子で、落ち着け、と狼琥を無理やり座らせる。

「いいか、狼琥? もう少し待て。……深影のいる政府管理地区は警備も厳しく、簡単に侵入することは難しい。叶光を助け出すためには事前の準備が大事なんだ」

「けどよ……」

「お前の気持ちもわかるが、俺が安全なルートを確保するまでの間は大人しくしているんだ……いいな?」

 真剣な表情で狼琥を真っ直ぐと捉え、言い聞かせる銀河。狼琥はむすっとしながらも、わかったよ、と頷いた。

 銀河は狼琥に軽く笑んでみせ、という訳で、と残りの二人に目をやる。

「お前らもそれで異論はないな?」

「……ああ、それしか手はないのだからな。仕方あるまい」

「うん。わかったよ」

 渋々といった様子の紅真に、白も続けたのであった。

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