第十二話
「……それで、だ。
そう切り出した銀河に視線が集まる。
「重要な情報は掴めたのか?」
紅真の問いに銀河は、いいや、首を横に振って難しそうな顔をした。
「それがなにも掴めなかったんだ」
「なにも……? おい、銀河。どういうことだよ?」
「なにひとつということはないのであろう?」
目を見張る狼琥のあとに紅真が続く。
銀河は得た情報を頭の中で整理するように目を閉じ、それからゆっくりと口を開いた。
「……島浦玄徳。五十年ほど前に若手研究員として旧政府へと入り、施設内では重要な研究を任されていた。三年前の事件のあとは新政府である
はあと短く息を吐く銀河。
「……肝心な情報がなにもないな」
五人が知りたかったは島浦博士の居場所や、それに関する情報だ。今この場にいる者たちにとっては島浦博士の経歴など、どうでもいいことである。
「俺なりに頑張ってはみたんだがな……すまん」
落ち込む銀河に叶光は慌てた様子で、そんなっ、と頭を振った。
「謝らなでください! 私が早く思い出せばいいだけのことなんですから」
「だがなあ……」
銀河は納得いかなそうに腕を組んだ。
そんな銀河の隣に座っていた白は、博士、と小さく呟く。
「……無事なのかな」
「半年前から連絡が取れていないんだったな」
銀河の問いに白はこくりと首を縦に振った。
「そこが気になるな……」
銀河はうーんと頭を捻る。
「俺たちが今ここで考えても仕方がないことだ。無事でいると信じるしかないだろう」
冷静な口調の紅真に銀河は、それもそうだな、と頷いた。
「んで、これからどうするんだ?」
狼琥は銀河へと目を向ける。
「そうだな……俺はもうしばらく島浦博士についての情報を探ってみる。お前たちは今まで通り好きなように過ごしていてくれ」
「あまり無理はしないでくださいね」
叶光の言葉に銀河は、ああ、と優しげな笑みを向けた。
「お前もあまり無理はするな?」
「私……ですか?」
叶光は目を丸くさせる。
「ああ、そうだ。……水蘭はああ言っていたが、ここで生活しているやつらはもうお前を仲間だと思っている。だからなにか思うことや不安なことがあれば周りに頼ってもいいんだぞ?」
そう言って銀河は向かい側に座る狼琥へと視線を移す。
「そうだよな? 狼琥」
狼琥は叶光をちらりと見遣る。叶光の大きな目が狼琥のそれとぶつかった。
狼琥はしばし間を置き息を吐き出しながら、そうだな、と答える。
「……一人でぐだぐだ考えるくらいなら誰かに頼っちまったほうが早いだろうしな」
「狼琥の言う通りだ。遠慮せずに頼ってくれて構わない」
銀河、狼琥、紅真と続けて白も頷きで同意を示す。
叶光の胸がふんわりと温かくなった。
「みんな……ありがとう」
四人へと向けて頭を下げる。
そんな柔らかな空気の中。狼琥は、でもよ、呟くように発した。
「……あいつのことはどうするんだ?」
「あいつ?」
狼琥の言葉に紅真は首を傾げて考えたあと、ああ、と思い当ったかのように声を上げた。
「水蘭か」
紅真は先ほどの出来事を思い出したのか、不快げな表情をみせる。
「水蘭には俺のほうからもう一度ちゃんと話して聞かせるさ」
「大丈夫かよ? あの様子じゃ簡単には頷かなさそうだぜ」
銀河と狼琥のやり取りに叶光は、あの、と口を挟む。
「私が行ってちゃんとお話ししたほうが……」
「いや……それはやめておいたほうがいいだろう」
銀河はゆるゆると頭を振って先を続ける。
「叶光が直接会いに行けば余計に機嫌を悪くするだろうからな。下手すりゃさっきのよりもひどく言われるかもしれないぞ」
「やっぱり私の記憶がちゃんとしていないから警戒されているんですよね……」
俯いてしまった叶光に、銀河はどこか複雑そうな顔つきだ。
「いや、それもあるが……それよりも複雑な問題ができたというかだなあ…………」
そう言ってちらりと狼琥を見遣る銀河。
「なんだよ?」
視線に気が付いた狼琥が不思議そうに問えば、銀河はため息を吐いた。
「……まあ、ともかくだ! 水蘭のことは俺が上手いことやっておくから安心してくれ」
「はい、わかりました。お願いしますね、銀河さん」
真っ直ぐと銀河を見つめる叶光。
「ああ、任せてくれ!」
銀河は胸を叩いた。
一時間ほどの話を終え、銀河の部屋から出た叶光と紅真。そして狼琥と白の四人は、自室へと戻るべく長い廊下を前後に並んで歩いていた。
叶光はふわあと大きなあくびを両手で押さえる。
「もう眠いのか?」
紅真は自分の隣に並ぶ叶光を見下ろしながら問う。
「うん……なんだか最近すごく眠くて」
困ったように眉尻を下げる叶光の後ろから、狼琥が言葉を投げる。
「本ばっかり読んで夜更かししてるんじゃねえの?」
叶光は首をふるふると横に振った。
「本は読んでいるけど、夜は早く寝ているよ? ……ただ、なんだか寝ても寝ても寝足りないというか……朝起きてもちゃんと寝た気がしなくて」
「ふーん……それは変だね」
狼琥の隣で白が呟く。
「まあ、慣れないこと続きで疲れが溜まってるんじゃねえの?」
「そうなのかなあ……」
叶光はうーんと考え込む。
確かに狼琥の言うようにこの世界で目覚めてから今日までの間、慣れないことが続いている。しかし、叶光にはそのことが関係しているとは思えなかったのだ。
「あまりつらいようなら昼に仮眠を取ってはどうだ?」
紅真の提案に叶光は、そうだね、と頷く。
「今度からそうしてみようかな」
そう言った叶光はまた一つ大きなあくびを漏らしたのであった。
――ひたり、ひたり。足の裏から伝わる冷たい感覚に、叶光はぼんやりとした意識で僅かに考えるを巡らす。
自分の意志に反して動く体は真っ白い廊下をゆっくりと進んでいる。
ああ、これはいつもと同じ夢だ。起きたら忘れてしまっている夢なのだ、と思い至ったところで叶光はなにかにぶつかり勢いよく床へと尻をついた。
「いたたっ……」
痛みに顔を歪ませながら顔を上げた叶光は、自分と同じように床に座り込んでいる少年に気が付く。
「大丈夫?」
立ち上がり手を差し伸べれば、少年は怯えたような瞳で叶光を見上げた。
なにも言わずに黙ったままでいる少年に、叶光は困ったように微笑みかける。
「……そんなに急いでどうしたの?」
叶光はしゃがみ込み、少年と目線を合わせた。
「あっ……そ、の…………」
少年は視線をさ迷わせ、白いカットソーの胸元を強く掴んだ。そうすれば、その左胸の辺りに付けられている『
「大丈夫だよ。落ち着いて」
叶光は安心させるような笑顔でそっと少年の瞳を覗き込む。
少年は
――それから少しして。叶光は自分が先ほどとは違った場所に立っているということに気が付く。
うるさいくらいに鳴り響く非常ベル。
ぐるりと辺りを見回すとそこはいつもの真っ白な景色とは違い、様々な物が破壊され、踏み荒らされた形跡のある場所で。叶光はなぜだか無性に怖くなった。
「……ど、こ? ねえ、どこにいるの?」
必死に声を上げて辺りをさ迷う叶光。自分が誰かを必死に探しているということはわかるけれど、今の叶光にはそれが誰なのかまではわからない。
どこに行けばいいのかもわからぬまま、叶光はただひたすら前へと進み続ける。
どれくらいの間そうしていただろうか。廊下の角を曲がったところで叶光の足になにかが当たった。
そうして叶光はあっと声を上げる間もなくそのまま床へと倒れ込んだ。
「な、に……」
床に転がっていた物の正体を確認した叶光は息を呑んだ。
叶光の目線の先には黒いスーツを赤色に染めた男がだらりと腕を伸ばし、うつ伏せに倒れていた。
「いっ、いやっ!」
叶光は震える声で短くそう叫んだ。
あまりの衝撃に動くこともできず、叶光は目の前から顔を背けてかたかたと体を揺らしていた。
そんな叶光の耳に届いたのは、かつんと床を鳴らす靴の音。それは叶光の正面で止まった。
「まだ残っている者がいたのか」
男は誰に言うでもなく呟く。
その呟きに叶光は恐る恐るといったように顔を上げる。
叶光を見下ろしていたのは
「……お、まえ………」
声を震わし動揺する男。
叶光は自分の中でざわざわとした嫌な感覚と、どこか懐かしい気持ちが広がるのを感じた。でもその理由はわからない。
目の前の人物は一体誰なのだろうか、とそう考えた叶光はそこで朝を迎えるのであった。
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