第八話

 朝食を終えたThirdサードの仲間たちがそれぞれの部屋へと戻って行く中。叶光かのみは難しそうな顔で腕を組み、調理場へと続く扉の前に立ち尽くしていた。

 同じように食事を終えて部屋へと戻ろうとしていた紅真こうまは、そんな叶光の姿に気が付き、後ろからその名前を呼んだ。

「そんなところでどうしたんだ?」

「あっ、紅真……」

 叶光はぱっと振り返り、その瞳に紅真を映した。

「ねえ、聞いて!」

 眉尻を下げながら、紅真が着ている紺のカーディガンの裾を握った。そんな叶光の様子に紅真の表情が変わる。

「なにかあったのか?」

 心配そうに眉間に皺を寄せて問えば叶光は、あのね、と話を切り出した。

びゃくってば、昨日のお昼からずっと部屋に閉じ籠って出てこないの。それで満澄みすみくんに聞いてみたんだけど、白……食事を部屋に運んでもいらないって言うんだって」

 一体なにがあったのかと身構えていた紅真は叶光から聞かされたその内容に、なんだそんなことか、と内心思いつつも口を開く。

「……それはただ単に、食べる気分にならないだけではないのか?」

「でも昨日のお昼からだよ? 具合でも悪いのかな……」

 憂えて曇る表情で紅真を見上げる叶光。

 紅真は顎に手を添えると僅かに考える。

「……そんなに心配なのであれば様子を見てきたらどうだ?」

「あっ、そっか。……うん、そうだよね!」

 紅真の提案に叶光は、うんうんと頷く。

「それじゃあ、ちょっと行ってくるね。紅真、ありがとう!」

 叶光は体をくるりと反転させると、白の部屋へと急いだのであった。


 四階の一番奥にある扉。その扉の前に立った叶光は数回控えめなノックをしたあと、白、と扉の向こう側へと向かって声を投げた。

 しかし、いくら待っても叶光の呼び掛けに対する返事はこない。

「……いないの?」

 扉をじっと見つめながら不安げな面持ちで問い掛けるも、やはり答えは同じことだった。

 耳を立て室内の様子を窺ってみるが、物音一つしない。

「まさか……」

 部屋の中で倒れているのではないか、という嫌な想像が叶光の脳内に浮かび上がってくる。

「白っ! ねえ、聞こえる?」

 先ほどよりも声のボリュームを上げて扉を叩いた。

「聞こえないの? ねえ、白ってば――」

「――うるさいよ」

 扉へと向かって必死に問い掛けていた叶光は突然後ろから聞こえてきた声に、びくりと肩を震わせる。

「び、白……?」

 勢いよく振り返った叶光のすぐ後ろには、大きな段ボール箱を抱え、普段と変わらぬ表情をした白が立っていた。

「キミ、一人でなにを騒いでいるの?」

「さ、騒いでいた訳では……」

 てっきり部屋の中で倒れているとばかり思っていた白の登場に、叶光は一人で勘違いしていたんだということに気が付く。

 すると途端に恥ずかしい気持ちになり、叶光は縮こまるようにして顔を伏せた。

 白はそんな叶光に、そう、とだけ返すと大きな段ボール箱を持ち直して叶光の横をすり抜ける。

 ガチャリと扉の開く音を俯いたまま黙って聞いていた叶光に白が、ねえ、と投げ掛けた。

「なにしているの」

 えっ、と顔を上げた叶光は扉の一歩向こう側に立っている白を戸惑った様子で見つめる。

「用があったんでしょう? 入れば」

「う、うんっ!」

 叶光は大きく首を縦に振ると、白と同じように室内へと足を踏み入れた。

 部屋は叶光が使わせてもらっているものと同じ作りになっているようで、八畳ほどの広さに簡易ベッドと丸テーブルに椅子が添えてある。

 白は静かに扉を閉めると、抱えていた段ボールを部屋の中央へと置いた。

「……それで、キミの用っていうのは?」

 白は置いた段ボールの前にしゃがみ込み、中身をがさがさと漁りながら問い掛ける。

「……白、昨日のお昼からなにも食べていないんでしょう? 満澄くんが食事を運んでも断っているらしいし。体調でも悪いのかなって、心配になって……」

 叶光の言葉に白は動かしていた手を止めると、斜め後ろへ顔だけを振り向かせた。

「心配……?」

 叶光を見上げる淡青色たんせいしょく躑躅色つつじいろのオッドアイが大きく丸くなる。

 白の驚いたようなそんな反応に叶光は、えっ、と声を漏らす。

「そうだよ。心配した。……そんなに驚くようなことかな?」

 叶光の言葉に白は、うん、と頷き返すと驚きと困惑が混じったような、そんな複雑な表情で続けた。

「……キミ、ちょっと変わっているんだね」

 今度は叶光のほうが目を丸くさせた。

 白は叶光から視線を外し、再び段ボールの中身を漁り始めると、まあ、と言葉を切り出す。

「ボクはどこも悪くないし、それはキミの思い過ごしだよ」

「そ、それならいいんだけど……でも、どうしてなにも食べないの?」

 尋ねる叶光に白は手を止めることなく、忙しかったから、とだけ答える。

「忙しかった……?」

 叶光は首を傾げながら白の頭上を見下ろす。

 見下ろした白の姿と一緒に、段ボール箱が目に触れ、そう言えば白は先ほどどこかへ出掛けていたようだがどこへ行っていたのか。と、そんな疑問が叶光の中に湧いて出た。

「ねえ、そう言えばさっきはどこへ行っていたの?」

「……これ。部品を集めにね」

 叶光は白と同じようにしゃがみ込み、白の手元を覗き込む。

「部品っていうことはなにか作っているの?」

 段ボール箱の中にある様々な種類の鉄の塊は、叶光の目にしたことのない物ばかりで。これらから一体なにができあがるのか、叶光には想像もつかない。

「これを直そうと思って……」

 これ、と言って白はヒップバッグから電子バンドを取り出した。

 小さな液晶がひび割れているそれを見て、叶光はなにかに気が付いたのか。あっ、と小さく声を上げる。

「それって……」

 叶光は風音かざととの戦闘でのことを思い出す。

「うん。風音に壊されたから」

 白は眉間に僅かな皺を寄せ、手にしている電子バンドを睨み付けて立ち上がる。

 そうして幾つかの部品を手にしてベッドの前まで移動すると床へと座り込み、周囲に散らばっている工具を掴んだ。

 場所を移動した白に付いて同じように移動した叶光は、邪魔にならない程度の位置に腰を下ろす。

 電子バンドのネジを緩め、その中身を開く白の手元を叶光は物珍しげな様子で熱心に見つめながら、ねえねえ、と話し掛ける。

「それってなにに使える物なの?」

「……身を守るための道具」

 白は作業する手は止めずに短く返す。

「身を守る……? これで?」

 叶光は目をぱちぱちとさせ、不思議そうに電子バンドを凝視する。

 腕時計ほどの大きさのそれでどうやって身を守るのだろうか、と考えていれば白の視線がちらりと叶光へと向く。

「キミも見ていたでしょ。初めて会ったとき、紅真の攻撃を防いだあれだよ」

「えっ! あれって……あの光の壁みたいな……あれのこと?」

 小さく頷いた白に叶光は目を見開いた。

「……ボクは特別な能力が使えない。博士に与えられたこの機械だけが頼りで、これがなければボクにはなにもできない」

 白の表情が陰る。

「そう、だったんだ……」

 叶光は僅かに言葉を詰まらせ、でも、と力強く続ける。

「白はそれが壊れたあとも必死に私を守ってくれようとした。ちゃんとお礼を言えていなかったけれど、嬉しかったよ。……あのとき私を守ってくれて、ありがとう」

 素直な気持ちを白へと伝えて微笑む叶光に、白は動かしていた手をぴたりと止めた。

 そうして忙しなく視線を彷徨わせたあと、ぼそりと呟くように零す。

「…………やっぱりキミって……変だよ」

 ほんのりと顔を赤らめる白に叶光は、そうかな、と笑った。


「――ねえ、起きなよ」

 ゆさゆさと体を揺さぶられ、叶光は重たい瞼を持ち上げる。

「あ、れ……私……寝ちゃって、た?」

 窓の外へと目を向ければ、日は沈み辺りは暗くなっていた。

 白と話しながら作業の様子を眺めているうちに眠りに落ちてしまっていたらしい叶光は、慌てて体を起こす。そうすれば、いつの間にか掛けられていた毛布が肩から滑り落ちた。

「ご、ごめんねっ! 寝るつもりはなかったんだけど……」

 勝手に押しかけておき、人が作業している隣で眠ってしまったということに罪悪感を感じてしゅんとする叶光。

「別に気にしていないから」

 言いながら立ち上がった白は、収縮していた筋肉を伸ばすかのように大きく伸びをする。

「もう終わったの?」

 立ち上がった白を見上げながら問う。

「とりあえずはね。……まあ、少し時間は掛かっちゃったけどさ」

 頭上高くに上げていた腕を下ろした白の左手首には、綺麗に元通りになった電子バンドが嵌められていた。

 それを見て叶光は、よかったね、と嬉しそうに頬を緩ます。

「そんなことよりも、そろそろ夕食の時間だけど行かなくていいの?」

「えっ! 本当に?」

 叶光は慌てた様子で床の上から立ち上がると、じっと白を目にしながら続ける。

「白も食べに行くよね……?」

 叶光の視線を浴びた白は短く息を吐く。

「……作業も終わったから食べるよ。それに……食べないとキミはまた心配をするんでしょう?」

「うん、そうだよ」

 叶光は白の返答に満足げに頷いた。

 白はそんな叶光に背を向けると、ほら行くよ、と扉へと歩き出す。

 叶光は床へ落ちている毛布を拾いベッドへと戻すと、白の背中を追い掛けたのであった。


 白と共に集合スペースへとやってきた叶光は白と隣り合わせに座り、運ばれてきた料理へと手をつけていた。

 決して豪華とはいえないが、少ない材料からバランスを考えて作られた栄養のある食事だ。

「――あっ、そうだ。あの、狼琥ろくくん」

 叶光は不意に右斜め前に座る狼琥へと声を掛ける。

「……あ?」

 声を掛けられた狼琥は、手を動かしながら叶光へと視線を投げた。

銀河ぎんがさんはいつ頃ここに戻るんですか?」

 昨日、情報を集めに行くと言って出て行った銀河は、今もまだ戻ってきていない。

「わからねえけど、いつものパターンならあと二、三日ってところだな」

「……そうなんですか」

 二、三日と聞いて目に見えるように肩を落とした叶光。

 その様子が気になったのか、狼琥はスプーンを持つ手を止めた。

「銀河に用事でもあるのか?」

 狼琥から聞き返されるとは思っていなかったのか。叶光はあたふたした様子をみせる。

「えっと、その……ここでお世話になっているんだし、なにかお手伝いできることがあればしたくて。だからなにかないか銀河さんに聞こうかなと……」

 言い終えた叶光はちらりと狼琥を見る。狼琥はなにかを考えるように少し間を置いてから、徐に席から立ち上がった。

「考えておいてやるよ」

「えっと……?」

 言葉の意味がわからず、首を傾げる叶光に狼琥は苛ついたように、あー、と声を大にした。

「だからっ、てめえができそうな雑用がないかオレが考えておいてやるって言ってるんだよ!」

「あっ、ありがとうございますっ」

 叶光はびくりと肩を揺らし勢いよく頭を下げる。

 そうすれば、狼琥はふんと鼻を鳴らして背を向けて部屋から出て行く。叶光はそんな狼琥の背中を唖然と見送るしかなかった。

 

 狼琥の背中を見送った叶光が再び食事を始めた頃。

 時間よりも遅れてやってきた紅真が叶光の隣の席に着いた。そうして、叶光の向こう側にいる白に気が付く。

「なんだ。今夜はちゃんと食べているのか」

 紅真の言葉に叶光が、そうなの、と反応を示す。

「今夜からまたちゃんと食べるって」

 叶光は右隣の白に、だよね、と明るく話し掛ける。

 野菜がたっぷり入ったスープを啜っていた白は、こくりと小さく頷いた。

「そうか。まあ、よかったな」

「うん!」

 嬉しそうに笑う叶光に紅真は目を細めると、静かに食事を開始したのであった。

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