第十三話 骨

「ご主人さまあ、これはなんでしょうかあ?」


 例によってけたたましい声をあげて、何かを見つけて拾い上げた小虎子が楊周のもとに駆け寄った。最初の頃は、小虎子が何か叫ぶたびにびくついていた驢馬も、すっかり慣れて口をもぐつかせている。


 楊周は、やれやれとばかりに小虎子が差し出したものに目をやった。


「ほ? どこにあった?」

「え、あ、えっと。道端です」

「道端に、か?」


 楊周は受け取って首を傾げる。


「骨じゃな。赤子の」

「げっ!」


 小虎子が触れてはいけないものに触ったかのように、手をぷるぷると振った。


「なんじゃ。普段あれだけ大立ち回りをやっておるくせに、尻の穴が小さいのぉ」

「だってえ、死体ですよぉ?」

「ただの骨じゃ」

「ええー?」


 小虎子が不満そうな顔を見せた。


「のう。おぬしが食い散らかしている鳥も魚も、食えば骨が出る。どこが違う?」


 黙る小虎子。


「わしらの食い散らかしておるもの、踏みしめているもの、全て何かの生の跡じゃ。それを一々気にしていては、何も出来ぬわ。生きていることすらもな」

「むぅー」


 小虎子は、それは分かるけれどもという風情で、頬を膨らませて俯く。

 下を向いた小虎子とは逆に、早々と葉を落とした桜の裸木を見上げた楊周が、持っていた小さな骨を草むらに放り投げた。


「生き急げば、早く往ぬる。残るは骨だけじゃな」


◇ ◇ ◇


 とっぷり日が暮れる頃。二人は、高沙村こうさそんに居を構えるおう允尭いんぎょうの館に辿り着き、すっかり寛いでいた。


「允尭どの、かたじけない。世話になりまする」

「いえいえ、楊師もお元気そうで何よりです」

「はっはっは。それしか取り柄がないからの」

「何をおっしゃいます。一世を風靡された方が」

「ま、そんなものは何の足しにもならぬ。こうやってほっつき歩くのが、わしには一番性に合うている」

「大概になさいませ。野垂れ死にされても、骨は拾って差し上げられませぬぞ」

「野ざらしで構わぬわ」

「また、楊師は……」


 呆れたような、困ったような顔で楊周を見た允尭が、こうべを巡らせて小虎子に目を留めた。


「こちらは?」

「従者じゃ。小虎子という」


 允尭が、ふわりと笑みを浮かべて小虎子を見た。


「楊師に付いて行くのは大変でしょう?」


 小虎子が照れて答える。


「いえ、慣れました」


 その返事を聞いて、允尭が驚いた。


「楊師! おなごを連れて回っているのですか!?」

「まあ、ただのおなごではないからの。魏封将軍の娘じゃ。瑞賢に押し付けられての」

「はあ……」


 とても付いて行けぬと言うように首をひねりながら、允尭が座を辞した。小虎子が、見る見る不機嫌になる。


「わたしが女ではいけないんですかねっ!」


 しかし、楊周は笑い飛ばした。


「はっはっは! おぬしは骨で男女の区別がつくか?」

「えっ?」

「つかぬであろう」

「……はい」

「男女の別などその程度のものよ」

「ううー」

「男であれ、女であれ。我を通せば生きにくい。我を捨てれば使われる。ちょうど良いと言うのはないのお。それが疎ましうてな」


 楊周は、暗夜をじっと見つめた。


「のお、小虎子。骨になる前に、為すべきことをせよ。骨は跡じゃ。何もできぬ」


 小虎子が問い返す。


「ご主人さまは、為すべきことをされたんですか?」

「し終わった」


 楊周がきっぱりと言った。


「だから、今のわしは馬の骨じゃ」



【第十三話 骨 了】

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