第十四話 水と月
楊周と小虎子は、小さな川のせせらぎの音を聞きながらまどろんでいた。
さあああああっ。
岩の隙間を滑り落ちる水の衣擦れの音。その音にあやされるようにして、二人は眠りこけていた。
「もし」
先に目を覚ましたのは、楊周だった。
「ん?」
「もし、旅の方」
ふわわわわあ!
大きく伸びをした楊周が、声のした方を見た。背中一杯に
「なんでしょうかな?」
「こんなところで眠っていては、風邪を引きまするぞ」
「ははは、お気遣いかたじけない。じゃが、わしらは野宿には慣れておりますゆえ」
男はこそこそと周囲を見回して、話を足した。
「それに……この辺りは時を問わず
「水妖? こんな細い川に?」
「はい。女に化けて男をたぶらかし、水の中に引きずり込みますのじゃ。それゆえ、わしらは山道を行く時は、行き会うた女と決して口を利くなと言われておりまする」
「む」
まずいな。楊周は舌打ちした。小虎子が女であることが
ままよ。楊周は小虎子を起こした。
「これ、小虎子! 起きぬか」
「はわあ? もうご飯ですかあ?」
むっくり起き上がった小虎子が、ぼりぼりと頭を掻いた。
どこまでも能天気なやつめ。楊周は男の様子を伺ったが、幸い少年だと思っているらしい。ほっと胸をなでおろした楊周と対照的に、小虎子が何かに勘付いて身構えた。
「ふんっ!」
小虎子が男に向かって短刀を投げた。いや、男にではなく、薪の隙間にある何か、に。ぴしりと短刀が何かを射抜く音がして、男が腰を抜かした。
「ひやああっ!」
「大丈夫ですよー。小さいけど毒蛇ですねー。ご無事で何よりですぅ」
目を射抜かれてまだのたうち回っている蛇を、楊周が杖の
ぐしゃり。
動きを止めた蛇を見て。楊周は難しい顔をした。
「なるほどな……」
◇ ◇ ◇
その夜。命を助けられた農夫が、二人を家に招いて歓待した。小虎子が女であるということは、とりあえず棚上げされたらしい。腹一杯食べてご満悦の小虎子が、軒先で月を眺めている楊周に声を掛けた。
「ご主人さまあ。何を見てらっしゃるんですかあ?」
楊周はそれに答えず、傍らを見て何かに語り掛けた。
「おぬしは寂しかっただけじゃな。それをあの
小虎子が、はっと気付いた。楊周の横に、透けるように色の白い若い女が、俯いて座っている。女は袖で目頭を押さえ、ゆっくりと頷いた。
「水に流せ。月に融けよ。それから、ゆるりと探すんじゃな。わしらも探しておる」
女は顔を上げて寂しげに微笑むと、楊周に一礼してふっと消えた。そして……季節外れの蛍のような小さな淡い
楊周はほっと溜息をつくと、小虎子に答える。
「おぬしには縁がなかろうが、情愛はいろいろなものを
縁がないと言われた小虎子はむくれたが、すぐに勝ち誇ったように反論した。
「でも、ご主人さま。わたし、先ほど水浴びの時にあのおっさんに覗かれてしまいました」
何を自慢しておるのじゃ、こやつは! 楊周は頭を抱えた。
「おぬしが本当に女かどうか、確かめたかっただけじゃろう。おぬしの裸なぞ、わざわざ見るほどのものではないわ」
その後。小虎子が楊周にしばらく口を利かなかったのは、言うまでもない。
【第十四話 水と月 了】
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