第四話 直
かっぽ。かっぽ。
驢馬の
「やかましいわい」
楊周は、眉をひそめながら呟いた。
まあ、気持ちは分からぬでもない。
ふう。楊周は、小虎子を見遣りながら一つ溜息をついた。
「瑞賢も、厄介なものを押し付けよって」
◇ ◇ ◇
五年前のことじゃったな。
小虎子から目を逸らし、晴れ渡った青空を見上げた楊周は、ふと回想した。
その日楊周は、ふらりと寄った瑞賢のところで夜通し飲み明かし、瑞賢に管を巻かれた。
「楊師ももう若くはないのですから、そろそろ自重なさいませんと」
「たわけ。何を言うか。腰を落ち着けたら尻が腐るわ」
「相変わらずですなあ……。でも、楊師は御自ら災厄を引っぱり込まれる。心配でたまりませぬ」
「おまえの方が、わしより早く禿げそうじゃのう」
「また、そんなことを!」
「わっはっは」
心配顔の瑞賢が、隣室から呼び寄せたのが小虎子だった。きりりとした顔付きの少年。眉を高く吊り上げ、目に炎を宿し、小柄ながら所作の端々に鋭い切れを感じさせた。
「楊師。こやつは小虎子と言って、亡くなった
「むすめぇ!?」
いきなり、ぎりぎりと睨みつけられる。おう、気が強そうじゃのう。
「女ではいけませんか!?」
小虎子が
「ふむ……」
「将軍は、小虎子をかわいがりましてな。奥方が止めるのも聞かず、幼少時から武術全般を仕込んだそうで」
瑞賢が頭を抱えた。
「将軍が亡くなる間際に後見を頼まれたのですが、ご覧の通りの男勝りで。
「なるほど」
「女では、武官への取り立ても難しかろうと思います。せめて楊師の警護に当たらせてはくれますまいか? 腕前は保証いたしますゆえ」
楊周が、見るからに不満顔の小虎子を見回しながら尋ねた。
「そなた、年はいくつじゃ?」
まだ膨れっ面をしていた小虎子が、ぶっきらぼうに答えた。
「十七」
「
小虎子は、楊周をただの口の悪い老人と見くびったのだろう。食ってかかろうと、ずかずか楊周に近付いた。楊周は、右手をひょいと上げて何か空中に字を書くような仕草をした。直後。肩をいからせてにじりよる姿勢のままで、小虎子が固まった。
「動けぬだろう?
小虎子の体の随所に、細い針が深々と刺さっていた。
「隙だらけじゃ。警固じゃと? まるで使えぬわ。うわーはっはっはあ!」
席を立った楊周が、高笑いをしながら寝所に下がった。
翌朝。目を真っ赤に泣き腫らした小虎子が、正座をして、寝所を出た楊周を迎えた。
「ご主人様。おはようございます。これからお側でお世話させていただきます」
「懲りぬやつよのう。わしは一人が気楽でいいのじゃが」
「わたしが勝手に付いていきます」
「好きにせい」
そういう短いやり取りがあって。二人旅は始まった。
◇ ◇ ◇
あれから五年か……。楊周は、つらつら考える。
あやつは男として育てられながら、男の中には入れぬ定めを心底
二十二か。もう男の
考え込む楊周の頭上がふっと翳って、何事かと見上げる。道に差し掛かった一本の大きな青竹が、すらりとその背を伸ばし、楊周を見下ろしていた。楊周はそれを見て、どこまでもやるせない気持ちになった。
知ってか知らでか。小虎子は、屈託なく楊周に話し掛けた。
「ご主人さまぁ! お昼にしましょうよう!」
【第四話
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