第三十霊 タメ

 色々なことの整理がついてきた。


 もやもやした視界に、だいぶ光が差してきた。


 水で洗って、乾いたあとのレンズを覗いてるみたいだ。カメラレンズを水で洗っていいのかは知らないけど。じゃあ、メガネのレンズということでいいか?


 そんな無駄話ができるほど僕は浮かれている。でも、現実が目に見えて変化を起こしたわけじゃない。


 正直、何も変わっていない。


 優希玲子と恋人のようにたわむれることはできないし、一緒に外を歩くこともできない。


 卒業の足音も、遠くの方から聴こえてくる。だけど不思議と焦りはない。


 父は思わぬ形で好きな人をなくしたけど、僕はなくすとしてもきっと覚悟した形でなくすだろう。


 そういえば、父が優希玲子の望んでそうなものに「新しい出会い」を挙げていたけど、僕と出会おうが告白しようが何も起きてないな。


 うーん。うーん。わからないけど、今日も会いに行く。それに、新しい報告もある。


「実は昨日、十五歳の誕生日でした、いえーい」

「おめでとう、おめでとう」


 両袖を叩き合わせて喜ぶ姿が可愛い。どうやって動かしてるかは今更気にしない。


「これで優希玲子と同い年になったんだぜ、いえーい」

「え、そうなの?」

「そうだよ、優希さんは永遠の十五歳だからね」


 アイドルがよく使うフレーズと違って、シャレにならないことをシャレにしてしまう。


「でも私、三十年以上ここにいるみたいだけどなぁ」

「そんなこと気にしないでよ、優希ぃ」

「ええ、何その呼び方」


 本当に浮かれてしまってることを許してほしい。


「何で同い年になったのに、『優希さん』なんて呼ばなくちゃいけないんだよ。優希は優希だよ、優希ぃ」


「そうじゃなくて普通、下の名前で呼ばないかな……」


 何か言っている気がしたけど、無視した。


「でもおれも歳くっちまったなあ。優希と同い年になるなんて、時の流れは早いよ」

「何か今の夢人くん嫌。前に比べて偉そう、おじさんくさい」


 今度の言葉は無視できなかった。立ち上がって話していたが、椅子の上に崩れ落ちた。


「ごめんごめん、うそうそ」

「何だ、嘘かよ」

「でも、呼び方とかこれまで通りでいいんじゃない。何だか変な感じだよ」


 優希がさとすように言う。


「いや、変えたい。僕は優希って呼んでみたい。せっかく同級生になれたんだから」


 謎のこだわりを発揮してみた。


「あくまで下の名前じゃ呼ばないのね。いいでしょう、そう呼びなさい」


 ふうとため息をつくような、あきれた顔で認められた。このあたり、やっぱりまだまだ優希玲子の方が歳上なのかもしれない。


「じゃあ、私も呼び方変えた方がいい?」

「ええ、それは違うよ、全然違うよ。今のままでいいよ」

「なんでよ」

「その呼ばれ方が気に入ってるからだよ、わかってないなあ優希さんは」

「そっちだって「優希さん」って今言ったじゃない」

「今のは皮肉ひにくを込めて言ったんだよ、「優希さん」」


 いや、わかってる。僕の性格が相当悪いことはわかってる。でも、それ以上に笑ってる。優希さんといる時間が楽しくて笑ってる。


「夢人くんって、最初会ったときと比べてだいぶ変わっちゃった気がするなぁ」


 それはきっと優希玲子。君のせいだ。

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