第二十九霊 記念日
「おい、夢人。今日は誕生日だ」
「……おめでとう」
「違う、優希玲子さんの」
「え」
今日は四月三十日、土曜日。そういえば、僕と優希さんが初めて出会った日もこれくらいのときだったような。
「へぇ、今日なの」
「それと、彼女が亡くなった日でもある。その関係でちょっと家を出るが、夢人はどうする」
「どうって?」
「学校行くとか」
父にそう言われ、休みの日だが、何となく外へ出る。
でも、気分は少し複雑だ。
正直自分は、記念日をあまり重要視しない人間。それにしたって、めでたい日だけど、亡くなった日でもあるとは。先生も言ってたっけ、亡くなった日は誕生日がどうたらと。
それに、今の優希玲子にとって生前の誕生日ってどういう位置付けなんだ?
わからないな。まいったな。とりあえず学校へ行くか。何を話したらいいかわからないけど。何か持っていくのもな。
「あれ、夢人くん、どうしたの」
「いやね、ちょっとね」
とりあえず学校へ向かったように、とりあえず椅子へ向かい、座る。そして理科用実験台にへたり込む。
「元気ないね」
「まぁうん」
「来てくれて嬉しいけど、けど」
「けど?」
「さすがにちょっとよくわからない」
苦笑いする優希玲子。そりゃそうだよな。突然休みの日に現れて何をするでもなく、目の前でへたり込むんだから。まぁだいたい、いつものことだけど。
「いやね、今日が優希玲子の誕生日だって聞いて」
「タンジョウビ?」
「生まれた日のこと」
「それを誰に」
「父に」
「何で知ってるの」
あれ? 何かとんでもないこと言ってしまった? ていうか、間に入る色んな話をすっ飛ばしてしまったような。
「何か知ってたの」
「何で知ってたのっ」
優希玲子の口調が強くなった。目も見開いて。
「いや、えっと、ごめん」
「ちゃんと説明してほしい。何でお父さんとそんな話になったのか」
僕はもう隠すのは無理だと思って、優希玲子に説明を始めた。
父が生前の優希玲子と仲良しだったこと。もしかしたら、ちょっとした
今日が誕生日であり、命日でもあること。でも、僕が知ることもその程度のことだ。それ以上のことは何も知らない。
「そう……」
「えと、知ってたこと言わなくてごめんなさい」
「いや、いいの、それはいいの、ありがとう」
感謝の言葉を言われたけど、何となく冷たく感じた。でもそれは、自分に対する後ろめたさのようなものから来たかもしれない。
「あのさ、優希さん。今の話を聞いて何か変わったことある?」
僕は素直に疑問をぶつける。
「過去を思い出したとか、僕の父に会いたくなったとか、これからどうすべきかわかったとか」
「いや、何も」
「ほんとに?」
「ほんとに」
それはそれでどうなんだ。
せっかく優希玲子の過去を、知りたくないようなことも知って、それを本人に伝えることもできたのに、進展がないなんて。
それに何だかいつも僕ばかり焦ってる気がする。優希玲子はこれから何をどうしたいとかないのかな。
「あ、ちょっと思ったのが」
優希玲子が右袖を上げる。手を挙げるみたいにして。
「なになに」
「私って本当にそんな理由で死んだのかな」
僕の目を真っ直ぐ見て、真面目顔で聞いてくる。
「真相はわからないよ。ただ、後の優希さんと思わしき人がここで亡くなったのは間違いないみたい」
父とのいざこざが原因だったのか、事故だったのかはわからない。でも今となっては、そのことは仕方ない。
父も立ち直って母と結ばれたし、今の優希玲子は不確かな存在だけど、ここにこうしている。
「そっか。でも本当、
ここから、優希玲子の独白が続く。
「ずっと私は、心のどこかで、どうして私はこんなふうになったんだろうと思ってた。誰とも会話できないし、人に近づきすぎると、その人がいなくなることもあって」
「でも、夢人くんと出会えた。夢人くんも最初は、私を気付いてないみたいだった。でも近くにいてもいなくならない。そしたらついに見つけてくれて、話してくれて」
「シュクダイやミレン、色んな言葉を教えてくれたよね。何かが抜け落ちた私をいつも埋めてくれた。それで、忘れてたの。私がどうしてこうなったかっていう疑問を」
「でも、それを知ったからって、何も変わることはない。拍子抜けしちゃうくらいにね」
そう言って、優希玲子の表情は、また少し柔らかくなった。僕も肩の荷が下りたような感覚。そして、優希玲子が何も変わらない優希玲子でよかった。
「夢人くん」
「なに」
「改めて言うけど、『私はあなたに会えたのが今の全てよ』」
そう言われたとき、大きな風が、優希玲子の髪を揺らした気がした。
僕と君、二人の世界が本当に繋がった気がした。でも、違った。
揺れているのは、僕の方だ。僕の
「今日の日付はきっと、僕が優希さんを見つけた日なんだ」
「今日の日付は、僕の人生が大きく変わった日なんだ」
「今日は、ただの四月三十日じゃないんだ」
「優希さんが生まれた日とか、亡くなった日とか、そんなことはどうでもいい。あ、ごめん、そうじゃなくて、僕と君が出会った、出会った……」
「優希玲子さん、あなたのことが好きです」
そう告げたときの、優希さんの表情を僕は知らない。
ただ、こんな日でもポケットに入ってたハンカチを取り出して、見えた世界で気づいたのは、幽霊の目にも涙が出るってこと。
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