第二十八霊 花見

「優希玲子よ、優希玲子。花見をしよう」

「花見?ㅤ花ならすぐ見えるけど」

 優希玲子が首を傾げる。


「あれ、花見の概念がいねんもわからないのか、しょうがないな」

「いやいや、ウソ。とぼけてみただけ」


 優希玲子がいたずらっぽく笑う。

 以前の僕なら、こう言われてどんな反応をしただろうか。今僕が取る態度や顔は、文字で表現するのは避けたい。だらしないとだけ書いておく。


「今日は先生に許可もらって、ここでお弁当食べていいことになったから。まぁ、許可といっても『おれが責任取る』って言ってもらったんだけどね。ああ、お腹すいた」


 先生には本当、感謝しかない。涙を見せてしまうこともあったし、父に彼女の存在を知られて恥ずかしいこともあったけど。今日の件で全部水に流そう。


「うわあ、食欲という概念はないけど美味しそう」

「ええ、でも中身普通だよ」


 ご飯にミートボール、ウインナー、ハンバーグ。小さなレタスやゆで卵。花見用の特別な弁当ではない。しかし、僕とてこれが中身普通の弁当だと本当は思っていない。むしろ最高だ。これ以上ないというほどの弁当だ。


「食べ物なんて存在は理解してるけど全然見てなかったなあ」

「じゃあ優希さんにこれあげる。ミートボール爆弾ダダダダダ」

「いたたたたた。ありがとう。食べられないけど食べるフリ」


 優希玲子が口を開けて、閉じると同時に僕は串刺しのミートボールを視界から外した。そして弁当を食べ終えたら、席を立った。


「ここからの景色は、なかなかいいよね」

「うん、綺麗」

「優希さんの方がなんでもないよ」

「え、何それ」

「なんでもないよ」

「何かおかしいよ、そのセリフ。うへへへへへ」

「はっはっはっ」


 桜の木を見下ろしながら、僕らは笑う。窓の向こうから僕らを見つけた人がいたら、きっと怖い男がいるってなるんだろうけど。それもまたおつだろう。


「優希さんといると楽しいな」

「えっ」

「あ、いや、なんでもない」

「そうそう、その使い方が正しいよ」


 今日の僕は浮かれてる。春の陽気にやられてる。この勢いで告白でもしようか。彼女に胸の内を打ち明けようか。なんて考えが一瞬頭をよぎって、足がすくむ。


「あれ、大丈夫?」


 言えないよね。言ったらどうなるんだろう。これはただの告白とはきっと違う。


 そのへんの女の子に告白して、振られたとしても、悲しかったりその子と気まずくなったりするだけ。


 でも、もし僕が優希玲子に「私にその気はないの」って言われたらどうしたらいい。


 第一理科室に来れなくなる。

 そうすると優希玲子も僕も独りになる。

 優希玲子は困らないとしても、僕は困る。


 今日、今後の全てが決まってしまいそうな選択は避けよう。

 臆病おくびょうでも何でも避けよう。なに、ずっとそうすると決めたわけじゃない。


 いつかはちゃんと伝えなきゃいけないことだと思う。

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