第二十霊 夢人

「卒業生代表、梨田夢人」

「はい」


 ついに卒業のときがやってきた。僕は優希玲子に結局どうすることもできず、卒業の日までをただ楽しんでやり過ごした。


「おい、梨田ぁ」

「あ、先生」

「卒業おめでとう、これからパーティーするぞ」

「パーティーですか」

「ああ、ついてこい」


 パーティーか。家族パーティー以外そういうものとは無縁だと思っていたが。ありがたい話だ。僕の卒業を祝ってくれるんだろう。本当、良い先生と巡り合うことができてよかった。


「さあ、ここだ」

「ここ……ですか」


 どう見ても第一理科室だ。中にはきっと僕にしか見えないけど優希玲子がいるだろう。そうか、ここで優希玲子を交えてお別れ卒業パーティーをするんだな。


「先生、ケーキとかはあるんですか」

「ケーキ?ㅤそんなもんいらん」

「え」


 僕は驚いた。祝い事といったらケーキだろう。それとも何だ。和食か? みんなで和食を囲むのか。あるいは中華か。まぁ何でもいいや。


「これさえあればいいんだよ」

「え、なんですか」


 先生は右手に松明たいまつを持ってる。もちろん、その先には火がついてる。


「おいおい、キャンプファイヤーかよ」

 思わず笑ってしまった。こんなところで、しかも明るいのに火がついた木を手に持っていったい何をする気だ。


「さあ、みんなで燃やすぞ」

「え、ちょっと」


 第一理科室の扉に火が放たれる。続々と火を投げ込む人たちが現れ、炎が一気に燃え広がる。


「アルコールランプも投げちまえ」

「体に悪そうな薬品、全部投げちまえ」

 何をするんだっ、中には優希玲子がいるんだぞ。


「優希玲子? ㅤ知らねぇよ、幽霊なんだから部屋を燃やしちまっても関係ねぇだろ」

「それはそれ、これはこれだっ、先生、助けてください」

「知らねぇよバカ。幽霊なんて本当はいるわけねぇだろ。独り言野郎。もうこの第一理科室に誰も用はねぇんだ。だから、燃やさせてもらうわ」


 やめろおおおおお。玲子、玲子。助けなくちゃ、炎に包まれて焼き死んでも、助けなくちゃ。どこだ、優希玲子。


「ゆ、夢人くん」

「おい、玲子、大丈夫か」

「私は、大丈夫だよ。それより夢人くん、早くここを出ないと」

「何言ってんだバッキャロウ、倒れてるじゃねぇか、お前を見捨ててここを離れるもんか」

「あ、ありがとう。その気持ちだけで、玲子、嬉しいよ」

「くそ、負けるもんか、お前を絶対助けるぞ」

「ゆ、夢人くん、お願い」

「いや、出て行かない」

「そうじゃなくて、お前って呼ばないで」

「何だと」

「さっきみたいに玲子って呼んで」

「れ、玲子。玲子」

「あ、ありがとう。玲子、超嬉しい」

「玲子、死ぬな。お前はもうとっくに死んでるけど死ぬな。二度死ぬな。おれはお前を愛してるんだ。お前がいなくなったら、おれはもう生きられない」

「そ、そんな。本当に……?」

「ああ、本当だ、おれは優希玲子を愛してる。英語を交えて言うなら、愛してりんぐだ」

「あいえぬじーを使ったのね……嬉しいよ、夢人くん」

「夢人くんなんて呼ぶな。おれとお前はもうタメだ。気軽に夢人と呼んでくれ」

「ゆ、夢人」

「そうだ、玲子、そうだ」

「夢人、一つ、言いたいことがあるの」

「なんだ、やっぱりお前もおれのこと愛してくれてるのか」

「それはそうだけど、そうじゃなくて……意外と人って死ぬの遅いのね、こんなに話す余裕がある」

「そうだな、こんなにセリフを続けてたくさん書いたのはこの小説の中で初めてかもしれない」

「ははは……本当に炎が燃え盛ってるのにまだ生きてるね」

「ははは、そうだな。って何か二人とも笑い方が普通になってないか」

「そうかもね……そしていい加減、命の終わりが来たようよ」

「死ぬなあああああ、玲子っ」

「死なないわよ」

「え」

「私、幽霊なんだから、死なないわよ」

「え、あ、そっか」

「死ぬのは夢人くん、あなたよ」

「え……」

「これからずっと一緒に暮らしましょうね、二人で長生きしましょうね」

「う、うわあああああ、死にたくない、死にたくないよう」

「今更何言ってるの」

「優希玲子、お前ハメたなぁ、てっきり、おれが優希玲子にキスをしたり涙を流したりしたらお前が生き返るのかと思ったのに」

「だいたい、今生き返ってもこの炎の中じゃどうしようもないでしょ、キスだって、幽霊と人ができると思ってるの」

「うわあああああ」

「あんたは某アニメ映画の観過ぎなのよ、現実はそんなに甘くないし、あの某アニメ映画だって意外と厳しい世界も描いてるのよ」

「ひええええん」

「もう、諦めて楽にならない。私と共に、ここで永遠に生きましょう、幽霊として」

「……はい」


といったところで目が覚めた。


 ひどい夢だった。


 それにしても、僕のキャラはハッチャケ過ぎだし、優希玲子は何か腹黒の悪いやつだし。


 理科部の理解者でもある先生を悪者扱いするのもどうかしてる。あと、理科部が廃部になるとしてもさすがに部屋ごと燃やさねぇだろ。


 今日は土日休みだけど、これから優希玲子に会いに行こうというときなのになあ。どんな顔して会えばいいんだろ。


 そういえば、何でおれが卒業生を代表して挨拶あいさつしてるんだ。おかしいだろ。震えちゃって何も話せねぇぞ。って口調悪くなってる。おれじゃなく僕ね。心の中が、ぐちゃぐちゃだなあ。

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