第十八霊 進展

 憂鬱になっていても仕方ないので、僕はついに動いた。いつものように職員室へ第一理科室の鍵を取りに行くのは変わらないが、そこからの行動がいつもと違う。先生に聞きに行くのだ。一応理科部の顧問で一年生の頃の担任に。


 何を聞きに行くかといったら優希玲子のことだ。過去に理科部で、第一理科室で何があったのか。今の優希玲子を知る分、聞きたくないこと、知りたくないこともあるだろうが、何かを変えなきゃ霧は晴れないと思う。何もしてないに等しい僕が、初めて何かをするぞ。僕と優希玲子のためになると信じて。



「先生、今日は聞きたいことがあるのですが」

「お、梨田か、何だ」

「およそ三十一年前についての話です」


 そう言うと先生は少し驚いた顔をして、場所を変えようかと提案してきた。一瞬、第一理科室に行かれたら困るなと思ったが、職員室の奥にあった個室へ連れて行かれた。


「梨田は何を知ってるんだ」

「えと、何をというと」

「さっき三十一年前って言っただろ」

「はい」

「知ってるんだな」

「まあ、はい」


 正直、何も知らないけど雰囲気でそう答えた。僕が知っているのは第一理科室に自称・優希玲子という女の幽霊(的存在)がいて、その人は三十一年前くらいからあそこにいるということだけだ。


「まず、どうやって知った」

「え、どうやって?」

「誰かから聞いたのか」

「まあ、はい」


 先生の顔は少し怖い。話が話なだけに仕方ないか。おそらく優希玲子はあの場で何かあったんだ。そのくらいのことは僕にもわかってる。


「あんまり、この話はしたらいけないって言われてるんだけどな、仕方ない」

「はい」

「まず、お前が使ってる第一理科室で昔、尊い命を失った」


 改めて誰かにそう言われると、胸が痛むものがある。


「正直、おれはそのあとに転勤してきたから、当時のことはちゃんと知らない」


「ただ、前の顧問の方に話は聞いた、だけど深いところまでは誰もわからない」


「亡くなったのは当時十五歳の女の子でな、ちょうど誕生日のあたりだったらしい」


「頭が相当賢い子で、見た目も綺麗で、人気者」


「ただ昔から仲が良い男の子がいてな、二つ年下の。その子とケンカになったのが理由で何か起きたとも言われてる」


「直接の死因はわからない。わかってたとしてもグレーにしたか。その子は理科部員として相当優秀だったとは聞いてる。幽霊顧問のおれには、何を持って優秀なのかよくわからないが、間違ったら事故を起こすような実験もしてたのかもしれないな。前の顧問の方にはその辺の話は詳しくしていただけなかったし、詳しくされてもわからないが」


「だが、さっき話した男の子は自分を相当責めていたらしい。その子がまだいた頃におれは転勤してきたが、その話についても直接は聞けなかった」


「だからわからないことだらけだ、ただ一人の生徒を失ってしまったことに変わりない」


 先生の話はわかったが、上手く耳に入って来なかった。


 映像が浮かぶのは、思い出すのは優希玲子の姿。昔の可哀想な女の子じゃなくて、今の優希玲子。しかし、あの優希玲子とその可哀想な女の子は同一人物なんだろうか。優希玲子が幽霊と言ったって、別の幽霊かもしれない。その可哀想な女の子の幽霊は、もう無事成仏できたかもしれない。


 いや、そんなの無茶な仮定だ。優希玲子はやっぱりあそこで死んだんだ。死因はわからない? 仲の良い男の子? ㅤ不明なことは尽きないが、そんなことはどうでもいい。優希玲子があそこで死んだという、前からわかっていたような事実だけで頭がいっぱいだ。


「おい、梨田、大丈夫か」

「え、はい」

「ちょっと刺激の強い話だったか、すまんな」

「いえ、ありがとうございます」


 すっと、僕はその場を立ち去ろうとしたが、先生が引き止めた。


「梨田、お前さ、第一理科室いても平気なんだよな」

「え」

「あそこはさ、言い方悪いけどその亡くなった子が幽霊になって見張ってるって言われてるんだよ」

「は、はあ」

「まぁ、平気ならいいんだ、平気なら」


 見張ってる、か。僕が彼女を見つけたときは僕みたいに一人ぼっちで、うつむいて、椅子に座ってたな。そして脚がなくて、腕がなくて。肌が白くて髪が黒くて長くて前髪揃っててセーラー服に白衣を羽織ってて細くて美人で変な笑い方で。


「幽霊、いますよ」

「ん?」

「幽霊は、いるんですよ」

「……」

「僕は毎日、幽霊と話してます。昨日も一昨日も去年も。明日も来年もきっと。あの第一理科室で」

「そうだよな」

「え」

「だってお前、あそこで話、してたじゃねぇか」


 あああああああ。聞かれてたあああああああ。あんときだあああああああ。廃部を聞かされたとき(第十一霊)だあああああああ。


「だからおれ、お前に部活続けられるようにしたんだよ」

 バーコードォォォォォォォ。

「ただ、残念ながら廃部はまぬがれんな、あの部室もどうなることか」

「何とかできないですかね」

「これまでは触らぬの部屋として置いてきたけどな、いつまでもああしとくわけにはいかないんだと」


 そりゃごもっともな話かもしれない。僕一人しか使ってないような部屋があるなんて。


「あ、でも部員を増やしたら」

「いや、前も説明したけど、部員なんか増やせないだろうし、おれが言うのも何だが部として本来成立してない」

 ごもっともな話で……。


「ただお前は何かいいよ、幽霊の子と共存できるし、成績も優秀な方だし、だから許されたみたいなとこある、あ、許されたのは成績の方な」

 曲がりなりにも勉強していて良かった……。


「だから卒業まで思う存分、彼女といていいぞ」

って、僕が卒業する頃はどうなるんだろう。先生にもそれはわからないのか。


「あの、優希玲子はどうなるんでしょうか」

「え、何だって」

「ゆうきれい、あっ」

「ははは、それはその子の名前か?お前が名付けたのか、ひどいな」

 笑われたけど、これはこちらも笑顔で返す。

「いえ、優希玲子本人が名付けたものです」

「本人が? ははははは」

「……」

「はははは」

「……」

「ははは」

「はっはっはっ、はっはっはっ」

「お前、結構いい声で笑うんだな」


 優希玲子はいつも不思議な明るさを運んできてくれる。彼女に、何か暗い過去があったとしても関係ない。彼女は今、生きている。死んでいるけど生きている。僕は優希玲子を守りたい。僕は、優希玲子を守りたいっ。


 そういや、年上だったんだな優希玲子。やっぱり優希さんだな。

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