第十三霊 自虐例

 僕は文字を書くことが好きだ。数式を書くのも、漢字を書くのも、文章を書くのも。紙とペンという偉大なもの二つで、色々な世界が広がる。扱うのはそう難しいことじゃないし、理科の実験みたいに器具をたくさん使わない。という、今の発言は理科部員失格だけど、そんなの今に始まった話ではない。


「今日は何してるの」

 優希玲子が僕に問いかけるけど、集中してペンを走らせているのでつい、

「何か」

といういい加減な返事になってしまったが、僕は小説の構想を練っていた。こないだのでまかせを本当のものにしようと考えていた。目の前に幽霊がいるというのに、それを題材に何も書かないのはもったいないと思った。


 それに、優希玲子は世の中が思う幽霊像とは少し違う。髪は長いけど前髪は長くないし、僕を呪い殺そうとはしない。それに、自分は幽霊ではないという、幽霊ならではの発言も面白い。


 以前、優希玲子が宇宙人も自分のこと宇宙人と思わないと話していたが、それはその通りかもしれない。宇宙人からすれば我々こそ宇宙人で、宇宙人が自らを宇宙人と名乗るのはおかしい。だから、優希玲子もきっと幽霊だから幽霊と名乗らないのだ。ただ、じゃあ何なのと聞くと、幽霊的な何かと言うから、よくわからないけど。


 それを考えたら人が自らを人、あるいはヒューマンなどと名乗るのは変わってる。ゴリラだって自分のことゴリラだって言わないだろう。何にでも名前をつけるのが人らしさの一つかもしれないな。優希玲子の優希玲子も優希玲子が名付けたものだし。


「よし、今日はやめだ」


 結局、こないだ決めたタイトルと優希玲子の過去の発言くらいしかまとめられなかった。だいたい、この物語って面白いか?僕が幽霊を見てる現実は面白いとしても、それを文章にしたって面白くないんじゃないか。男女がこの第一理科室で会話してるだけで、何の変化もありゃしない。僕の文章力や描写力もとぼしい。


「そうだ」

 とりあえず優希玲子と外へ出てみるというのはどうだ。そしたら何か変化が生まれるかもしれない。どこへ行くかはわからないけど、とりあえず一歩外へ踏み出そう。


「優希玲子、ちょっと外行こう」

「え」


 優希玲子の腕はもちろん、袖を引っ張ることはできないので、自分から扉の外へ出て行くことにした。ところが、後ろを向くと優希玲子は着いて来ていない。


「あれ、どうしたの」

 僕は戸惑って声をかけた。

「外には出られないよ」

「え」

「これまでに試したことあるけど、出られないの」

「でも、移動することはできるよね、ほら前」

「扉の前までならね」


 そうなのか。ある意味これは新発見だ。優希玲子は外に出られない。見落としがちだったというか、これまで考えたことなかった。一緒に外へ出ようという発想がなかったから。しかし、この現象をさらに考えると。


地縛霊じばくれいか」

 地縛霊が遠出できないかどうかはともかく。やはり優希玲子はかなりこの第一理科室と関連性がある幽霊ということだ。もう、これは本当にだいぶ真実に近づいてきてる気がする。でも何でだろう。あまり知りたくない気がする。


「じ、じばく?」

「いや、何でもない」

「本当に?」

「知らなくてもいい言葉だよ」


 優希玲子は言葉が話せるけど、時々知らない言葉がある。今まではその言葉の意味を説明してきたけど、今回は教えない方がいい気がした。


「じゃあ、れいって?」

「それは幽霊のことだよ」

「えぇっ」

「はっはっはっ、はっはっはっ」

「何その低くてはっきりした笑い声」

「優希さんだって変なふうに笑うじゃないか」

「笑わないよ、うへへへへへへ」

「笑ってるじゃん」

 風が吹き抜けて気持ちいい。もちろん、優希玲子の髪の毛は風の影響を受けないけど。

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