第十霊 何かが芽生えているのよ

「この前の話の続きなんだけどさ」

「え、何」


 実はもう夏が来てる。僕も薄い半袖のYシャツ姿で登校してる。女子たちの紺のセーラー服も半袖になった。優希玲子を除いて。


「その服の下ってどうなってるの」

「服の下?」

 優希玲子が首を曲げて自分の服装を見る。

「いや、あの、服の下」

「服下?」

「そんな、靴下みたいに言わなくても」

「何が言いたいの」


 僕はスケベ心で聞いてるんじゃない。ただ、優希玲子の体の秘密が気になってる。って、こう書くと余計スケベみたいじゃないか。そうじゃない。幽霊の体というのに興味があるだけだ。でも、だからといって服を脱いでもらおうとは思っていない。


「服の下なんかないよ、今見てるままだよ」

「え、どういうこと」

「実体がないんだから、服も裸もないよ」


 どういうことだ、それは。いや、わかっていたけどね。幽霊というのは当然、生き物じゃない。服を着替えたりすることがなければ、飯を食べることもない。たまたま映像として、優希玲子はこういう格好に見えているだけで、その先や向こう側はない。だから服を脱いでもらうこともできない、何っ。


「でもさ、服も裸もないのに服を着てたり顔があったり手脚がなかったりするのは変じゃない?」

「知らないよ、そんなの」

 首を横に振られ、面倒臭そうにされた。

「私が決めたわけじゃないし」


 正論も言われた。ところで、これまでに幽霊を見たことがあるよという人に聞きたいが、ここまでくっきり幽霊の姿が見えた人はいるだろうか。だいたいそれはもっとボンヤリした姿だったり、声が聞こえたような気がしたというものだったり、夢を夢と思っていなかったり、ホラ吹きだったり。


 そういったもので「幽霊を見た」と思ってる人が多いのではないか。しかし、優希玲子の姿というのは、特に顔と服装はくっきり見える。髪型もわかる。前髪揃った黒髪ロングとベタな感じだが。そして、服装に関しては以前も推測したように、この学校の理科部と関連しているものだと思われる。


「ちなみに触ることはできるの?」

「できないよ、そんなの初歩中の初歩でしょ」


 初歩中の初歩だったか。じゃあ二歩中の二歩は何だ、とかいう話はどうでもいい。


「ほら」


 優希玲子は服の右袖を差し出す。こちらは手のひらをゆっくり重ねにいったが、何の感触もない。空気に触れているのと変わらない。


「触れないでしょ」


 触れないけど無性むしょうに心臓が高鳴るのは何故なぜだ。こんなときは、宿題がしたくなる。


「って窓開けてなかった」


 今日も僕が第一理科室の鍵を開けた。窓も誰かが開けるまで閉まってる。実はこの部屋にはクーラーがない。大きめの扇風機は用意されてるけど、基本的に古い部屋だ。少しでも風通しを良くしておかないと大変なことになりそう。でも、その風の通りをさえぎるものはないし、ここまでは自然を感じながら過ごせてる。


「ガラガラガラっと」


 幽霊と会話するようになってから、変な独り言も増えた気がする。そもそも、幽霊と会話してるのも周りから見れば独り言だから気をつけなくちゃ。と、窓を開けて振り向くと、少し強めの風が吹いた。


 優希玲子の、後ろ姿が見える。長い髪が、服の袖が、スカートの裾が。風に揺れ、揺れ、揺れ、てない。


 ただ座ってる。無風状態で座ってる。体がないのにどんな座り方してるのかよくわからないけど座ってる。なのに、一瞬見えた。風に吹かれる彼女の姿を。


「夢人くん」

 バッと髪がひるがえった。優希玲子がこちらを向いたとき。そうか、風には吹かれなくても自分で髪を揺らすことはできるのか。原理がよくわからないけど。


「今日は宿題ないの?」

 あ、ある。やりますとも。何だか今日は、いつにも増して余計なことを考えすぎてる気がするなぁ。

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