第九霊 くだらない話をしよう

 日を改めて、優希玲子と第一理科室、いつもの場所で会話する。


「優希さんに聞いてもわからないだろうけどさ、どうしてそんな格好してるんだろう」

「そんな格好って?」

「セーラー服に白衣、たぶん優希さんは理科部の部員だったんじゃないかな」

「ほぉ」


 今頃になって、服装について話を聞いてみた。


「ここの先輩でも白衣なんか着てる人いないから、相当熱心だったんじゃない」


 あくまで推測だけどそんな気がする。もしそんな推測が当たっていれば、優希玲子の生前情報を集めることは意外と容易いことかもしれない。


「まぁ何も覚えてないからわからないよ」

 優希玲子は笑顔でも戸惑う様子でもなく、いつものようにそう答える。続けて、

「たまには夢人くんの話も聞かせてよ」

と、かすかに微笑み僕を見つめる。


「話なんか、ないよ」

「そうなの」

「うん、ない」

「そうなの……」

「前は野球選手になりたかった」

「そうなの?」

「でももうあきらめた」

「そうなの……」

「本当はまだなりたい」

「そうなのっ」

「でも、なれるわけない」

「そうなの……」

「おれは、中学生にして常時百五十キロを超える真っ直ぐに、切れ味鋭いスライダー、緩くブレーキの利いたカーブ、打者の近くで鋭く落ちるフォーク、右打者のふところに飛び込むシュートを持っている」

「はあ?」

「とかだったらなれる」

「そう……」


 本当はそこまですごくなくてもプロになれる。大学や社会人になってから芽を出す選手もいる。好きで、なりたくて続けられた人にはチャンスが来る可能性があるということだ。ところが、僕は小学生のときに断念した。自分の才能のなさを感じたからじゃない。他の色々なことに嫌気がさしてしまった。


「今は、楽しいの?」

 僕に翻弄ほんろうされてくれた優希玲子が、飽きもせず話を聞いてくれる。


「楽しいよ」

 心の底からそう言えたのかはわからない。今でも野球は好きだ。でも、幼き夢を投げ出してしまった今をそこまで嫌いになれない。適当だからだろう。本当に熱心に夢を追いかけることができた上で、それを失った挫折ざせつというのは計り知れない。でも、僕は何もかも失ったという絶望感はない。そんな絶望感があったら、こうして幽霊と日々会話してないだろ。

「うへへへへへへ」

「え、どうしたの」

「楽しくてよかったと思って」

 優希玲子ってそんな笑い方だったっけ。


「私、思うんだけど生きることって生きることだと思うんだよね」

「なにそれ」

「生きることって簡単なことじゃないけど、無理に素晴らしく生きようとか美しく生きようとか思わなくていいと思うの」

「そうなの?」

「まぁ、理想は高い方がいいかもしれないけど、それが全てじゃなくて、生きることはあくまで生きることだけだと思う」


 賛同していいのか、するべきじゃないのかよくわからない話に、苦笑いを浮かべた。


「今日も生きよう、ただ生きよう」

 そんな彼女の言葉が響く第一理科室。先輩たちも知らない間にやって来てる。この中で生きてすらいないのは、優希玲子。君だけだ。とは言えない。

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