ヴぁんぷちゃんと化物っぽい
彼の知るところでも問題が発生し、彼の知らないところでも問題が発生しつつある。
初恋というものはうまくいかないものだ。と誰かは偉そうな口を開きながらいっていたが、しかしここまでいくと、上手くいくいかない以前に誰もが哀れに感じ、その偉そうな口を閉じてしまうのではないだろうか。
少なくとも、彼の知るところと知らないところで発生している問題どちらも把握していて、そんな出典もよく分からないセリフを偉そうに言ってしまいそうなルーミア・セルヴィアソンは哀れだと考えていた。
彼女にしては珍しく。
心の底からかわいそうだと思っていた。
あの後、この街にいる陰陽師こと
狛谷柴。
ロッヅ・セルストが恋い焦がれる相手。
同姓同名の別人である。ということもない。
それはあまりにも、残酷な事実だった。
このことをどう説明したらいいものか。キャラバンへの帰路の間、ずっとそのことばかり考えていた。
最終的にはさっさと伝えた方がダメージも少ないだろう。という結論に至り、ちょうどキャラバンへと戻っていた。
――どうして私がロッヅのことを考えないといけないのかしら……?
そんなことを考えながらキャラバンのドアを開く。
ロッヅはいた。床に座って、なにやらエマと床に敷いた紙を指さしながら話し合っている。
二人がマジメに話し合っているなんて、珍しいこともあるものだ。
ロッヅはドアに後頭部を向けるように座っていて、ルーミアと不楽が帰ってきたことには気づいていないようだった。
「よう、おかえり。じょうちゃん」
「だから私はじょうちゃんって言われるほどの歳じゃないんだけど?」
「じゃあなんだ。ばあちゃんって呼べばいいのか?」
「あなたの頭が1.5個になっていいのなら」
「……ああ、頭半分に割るってことか。分かりづらいな」
ケラケラと笑うクロクは、ロッヅとエマがいる部屋の中心から少し離れた場所で、イスの上に座っていた。片足をあぐらをかくように折り曲げている。
その隣には一つ目の団長とカラ・バークリー。それに阻塞旭と偉もいた。
どうやら二人の話の邪魔をしないように距離をとっているようだった。
ルーミアは首を傾げて、一番近くにいるクロクに尋ねる。
「二人、なにやってるの?」
「明日の計画を練ってるんだとさ」
「計画?」
「『どうやったら狛谷柴に狼男の印象をよくできるか』」
「ああ……そういえば、そんなことを話していたわね」
「あれ。おかしいな。そのときにじょうちゃんはいなかったはずなんだけどな」
「……失言」
「なんだ。またどこかに行ったふりをして、ここを覗きこんでたのか?」
「しっかり山の方に行ってきたわよ。嘘はついてない。ねえ、不楽?」
「うん。ルーミアさんは確かに山に行ってたよ」
「口裏合わせてないだろうな?」
「証拠は……食べちゃったし、ないわね」
ルーミアが血を吸った後は不楽が食べてしまっているため、跡形もない。証拠を消すためにしている行動ではあったけれども、証拠を提示するときには非常に厄介ではあった。
今度からは少し証拠を残しておくべきだろうか。
三億円事件の犯人みたいな行動ね。とルーミアは心の中で愚痴ると、不楽はポケットの中をまさぐりはじめた。
ルーミアとクロク、集まっている全員がそのポケットの中に入った手に注目していた。不楽の行動は、誰だって気になるものなのである。彼の行うこと。しでかすこと。どちらも確認はしておかないと、あとで面倒なことになるのは目に見えている。
果たして。不楽が取りだしたのはボールだった。
ひどく歪で、朱と紫に染まっていて、なおかつ水が滴っている。
それが一体なんなのか気づいたものから、うえっ。と苦悶の声をあげて目をそむけた。
それはぐちゃぐちゃの内臓と肉で形成されたボールだった。
声にならない声ばかりがその場を占拠した。
唯一、そういったものをあげなかったルーミアはしかし、そんな奇行をしでかしていた不楽に対して眉をひそめながら尋ねた。
「それ、一体どうしたの?」
「ルーミアさんが山の中にいた証拠だよ」
不楽は肉と内臓のボールをほぐして、中に入っていたものを取りだした。
入っていたのは陰陽師が使用していた札だった。
「僕らが触ったら体が壊れてしまうからね。だからこうして持ってきたんだ」
「どうして持ってきたのよ」
「食べるときに邪魔だったからこうしてどかしておいた。だけど、放置してたら証拠になるから持ってかえったんだ」
「ねえ。その話と不楽の指が──正確に言うなら薬指が今にも千切れそうな感じになっているのは、関係あったりする?」
目をそらす。というよりは持っている首をあっちにやったりこっちにやったりして顔をそらしているカラは、肉と内臓のボールを持っていない方の手に、自身の首を近づけながら恐る恐る尋ねた。ルーミアは思いだしたように不楽の指を見やる。
「そう言えばあなた、左手は大丈夫なの?」
「焼けてるね」
「そう」
ルーミアは自身の左手の親指を噛んだ。
牙が指を貫いて血が流れる。その指で、ルーミアは不楽の左手を撫でた。いや、撫でたというよりは血を塗りたくった。といった方が正しいか。
それを終えると、彼女は自分の指を掴んで離した。血は止まっていた。
不楽の手は巻き戻しでもするかのように元に戻り、薬指は手のひらとしっかりと癒着した。
その一連の動きを見てから。クロクは呆れたように呟いた。
「お前らが化物だってこと、たまに忘れるときがあるよ」
「ならそのまま忘れてていいわ。私、化物と呼ばれるのは嫌いなの」
「なら化物っぽいことするのやめろ。その感性もな」
肉と内臓のボールなんてみせられて、誰が嬉しいか。とクロクは言う。
ルーミアは肉と内臓のボールから札をつまみだすと、それを握りつぶした。指の間から白煙がもれる。少しばかり手のひらが焼けたが、それはすぐに元に戻った。
不楽は残された肉と内臓のボールを食らった。
クロクの「だからそれをやめろ」という表情は見なかったことにした。
しかし、狼男の好感度をあげる。か。
陰陽師としての事情を教わっていないのならば、それも可能かもしれない。
彼女はまるで、妖怪――奇っ怪なるものを信じていないような口振りだった。
仕事はあまりないとはいえ、陰陽師の家系であるのだから、妖怪については話されていてもおかしくはないだろうし、信じていない。ということもないだろう。
しかし彼女は信じていない。
理由として考えられるのは――十石が奇っ怪なるものについての話を家ではしていない。ということだ。
それはロッヅにとっては好都合ではあったけれども、しかしやはり、彼女の家が陰陽師の家系であるという事実に変わりはない。
「うまく行くかしらね……」
「なんだよ。まるで懸念材料を抱えてるみたいな反応をしてよ」
「あるのよ。思いのほかたくさんね」
ルーミアはちょいちょいと手招きして近くによるように言う。
集まってきた顔に対して、ルーミアは目を合わせないように視線――というか顔を俯かせながら、さっきあったことを説明した。
この街の守り神と祟り神に会ってきたこと。
この街の陰陽師と交戦したこと。
そして。
その陰陽師の名前が『狛谷十石』だということ。
この場合、彼らにとって一番重要な情報は十石の名ではなく苗字だ。
その苗字を聞いたとたん、ルーミアの頭上からはどよめきが降ってきた。
おいおい、ちょっと待てよ。そんな展開ってありかよ。と言わんばかりである。
ちらりと、横目で頭上の状態を確認する。彼らの視線はすでにロッヅの方へと向いていた。
「このことは、ロッヅに話してますか?」
「話してないわよ。いまさっき帰ってきたばかりなのに」
「そうですか……」
一つ目の団長は困ったように唸った。
クロクもさすがにお手上げなのか、頭をかいている。
「陰陽師の娘なら、奇っ怪なるものもの嫌いの英才教育も受けている可能性もあるしなあ」
「けど、あの子の話を聞いていると『奇っ怪なるものは信じていない。けど、いたら恐いかなあ』っていう感想しかでてこないんだよね」
「となると、英才教育はしてないのか? そういう親から子供に伝える仕事って、昔から仕込んでるものだと思ってたんだがな」
「聞いてみる?」
「誰に」
「十石に」
「はあ?」
素っ頓狂な声をあげたのは、クロクである。顔は見ていないが、恐らく眉をしかめて首を傾げているところだろう。
「どうして連絡先なんて知ってるんだ?」
「さっきそんなことがあったから、確認をとるために街の人を捕まえて問いただしてみたの。そしたら、丁度よく連絡先を知ってるやつだったのよ」
ルーミアは折り畳み式の携帯を取りだしながら言う。彼女はそういったものは持っていないはずだ。恐らくはその連絡先を知っているやつのものだろう。
「そんな虫のいい話があるもんなんだな」
「十石がしている副業が接客業――というか、サービス業なのよ」
ルーミアは携帯をいじりながら言う。しかし、どうやら携帯の使い方が分からないようで、手をこまねいている。しばらくしてからルーミアはクロクに携帯を手渡した。
「『なんでも屋 こまたに』に連絡してくれる?」
「いやだよ。敵ではなくとも、話し合う必要はない相手だろう。これは」
「意気地なしね。いいわ、不楽。あなた携帯使える?」
「使えるよ。接道に連絡するのに使ってたからね」
「じゃあ、連絡してみて」
「やめとけやめとけ」
「どうして?」
「そんな話をしたら、相手も不審がるだろうが。さっきロッヅの話をしていなかったということは、相手はそのことを知らない。ということだろう」
「ふむ……それも一理あるわね」
ルーミアは不楽に「いる?」と携帯をさしだした。不楽は首を横に振る。
今の彼に、携帯をもつだけの理由はなかった。
ルーミアが持っているのなら、話は別かもしれないけれど。
と。そんな折だった。
「ねえ。クロク。そっちの話は終わった?」
いつのまにかクロクの背後に立っていたエマが、面倒くさそうな表情を崩さずにクロクたちを睨んでいた。ケンカ売ってる。とか言われそうな表情である。
こちらの話が聞こえていたのだろうか。全員が同じようなことを考えたが、エマの様子からみて、そうではないようだった。大人たちのぎこちない笑みに、エマは更に首を傾げる。首を大きく傾げるのはフクロウの仕事のように思っていたが、蛇も案外首を傾げるものらしい。
「ああ、まあ。終わったかな。それで、なんの用だ?」
「明日の作戦、手伝ってほしいんだけど」
「作戦?」
「そう。あんたと、不楽に手伝ってほしい」
「どうして俺たちなんだ?」
「決まってるでしょう」
エマはクロクと不楽を順番に一瞥してから。
「見た目と雰囲気が恐いのと、見た目と雰囲気が軽薄そうだから」
「どっちが恐くて、どっちが軽薄?」
「答える必要がある?」
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