ふたつあたまがひとつあたま
「そんな訳で僕らは二人でサヘルさんを探しているわけだけど」
「まさか本当に帰るとはねー」
「ルーミアさんは自分勝手だから」
カラが笑うと、不楽は申し訳なさそうに返した。
申し訳ないように。
申し訳ない風に。
「それよりも今は宛てもなく――とにかく人目のつかなさそうな場所を探しているけれど」
「私からすれば、このうえなく楽しくないというか、げんなりする場所だねー」
落ち武者のごとく髪の毛を指に絡ませて、バックのように持たれている生首は笑い、頭のない胴体は肩を竦めた。
どうしてそんな持ち方をしているのかと不楽が尋ねると、カラは『こっちの方が目立つでしょ』と答えた。
確かに目立つ。と、不楽は思った。
しかし今二人が歩いている場所には二人以外人はおらず、その効果は望めそうにはないけれど。
「サヘルさんが行きそうな場所とか、思い当たらないかな」
「行きそうな場所、かあ……」
カラは少し考え込むように眉をひそめる。
そしてどこか、自虐的に笑った。
「行かなさそうな場所なら、知っているんだけどね」
自嘲だった。
自虐だった。
しかし、それが分からない不楽は「今のは笑いどころだったのかな?」と間違った知識を吸収していた。
カラは自身の生首を高く掲げる。
視点を高くすることで遠くまで見渡そうとしているようだった。
しかしそうした所で蛇の尾っぽ一つ捉えることは出来ない。
妖精の尻尾ならぬ、蛇の尻尾。
どこにあるのか、どこにいるのか、さっぱり分からない。
「こういうのをさ、相手のことをちゃんと見ていなかった。ってさ、言うのかな。ちゃんと見ていたつもりだったんだけどねえ……」
「あははー」
「……なんでそこで笑うのさ。しかも社交辞令みたいに」
「あれ、ここは笑うところじゃないの?」
上から向けられる突き刺さるような視線に、変態ではない不楽は特によがったりせずに首を傾げる。
「さっきカラさんは笑ってたよね」
「あれは自虐。どうして反省をしているときに笑うと思ったのさ」
「ふうん、難しいなあ」
「変なやつ」
くすりと、生首は笑った。
それから二人は黙々と人気のないところを探し回った。
街の状況――人が人を監視し、安心を得るために不安を増幅させている状況で、人気のなく、人目のない場所などほとんどなく、三十分もしないうちに街の殆どを歩いて回っていた。
「ねえ、不楽くん。だっけ?」
そんな時、不意にカラが不楽に話しかけた。
ゴミ箱のフタを開けて中を覗き込んでいた不楽は、フタを置いてから振り返る。
カラは自身の生首の前で、断りをいれるように平手を縦に立てていた。
「ちょっとお願いがあるんだけどさ、いいかな?」
***
「準備はいい?」
「いいよ。ちゃんとここにさ、落ちてくるようにまっすぐ、高く高く投げてねー」
不楽はさながら砲丸投げの選手のように、体を大きく捻って力をためていた。
砲丸投げの選手と違う点があるとすれば、彼は飛距離ではなく高度を競おうとしていて、投げようとしているものは砲丸なんかではなく、デュラハンの生首であることか。
視点を変えたい。
自身の生首をと掲げたりして視点を変えたりしていた彼女からの頼みというのは『頭をぶん投げて』だった。
生首を空高くぶん投げて、さながら衛星のように街中を一望しようという魂胆であった。
「それじゃあ、投げるよ」
「思いっきりやっちゃってー」
捻っていた体に溜め込んでいた力を一気に解き放ち、不楽はカラの生首を投げた。
ぶん投げた。
カラの生首は勢いよく真っ暗な星空に向けて飛んでいき、豆粒のようになっていく。
さすがの不楽の腕力でも、地球脱出速度を越えることはない。
もし仮に越えたとしたら、カラの生首はバラバラに、粉々に、空中分解して消滅しただろう。
カラの生首はある程度の高さにまで飛ぶと、その勢いを落とした。
体の方を見てみると、離れていても意思は繋がったままのようで、少しワクワクしているようにも見えた。
しかし、自分の頭を――闇夜を舞う生首という奇々怪々なものを見ていないことに気づくと、体はげんなりと肩を落とした。
まあ人間、そんなに上向きに生きているわけではない。
しかしがっくしと、そこまで落胆していると、投擲の目的は『視点を変える』ではないのではないかと疑ってしまう。
まあキョロキョロと動いているところを見るかぎり、しっかりとやるべきことはやっているようだった。
不楽は落ちてくるまでの間、何かするでもなくボーッとして待っていると、カラの体が突然、驚いたようにビクついた。
人の目に触れたのだとしたら、むしろよがりそうなものだし、そうではないのだろう。
何かを見つけたのだろうか。
落下してくるカラの首を、衝撃を殺すようにひざを曲げて、受け止める。
受け止めたカラの生首は、少し焦っているようにみえた。
「ロッヅが襲われてる!」
***
「おーい、サヘル―。俺達が悪かったって。頼むから出てきてくれよー」
「そんなこと言って出てきたら苦労しないよ、偉」
時間は少し遡り場所も少し移り変わり――ルーミアと不楽が食事を終えた頃。
そこから少し離れた所に、二つ頭の兄弟、
「じゃあなんだよ旭、何も言わずに黙って黙々と探せって言うのかよ」
「そうは言ってないよ偉。前々から思ってたけど、偉は考え方が両極端すぎるよ」
下半身は一人分しかなく、しかし上半身は二人分ある。
腕は四本あり、頭は二つあり、意識も二つある。
上下のバランスが少し悪く、二つの意識がある中、どのようにして――どのような気分で歩いているのかはよく分からないけれど、普通に歩いてはいる。
「なんだよ謝るから出てきてくれって、そんなこと言ったって、謝っているようには見えないよ。偉」
「別におかしくはないだろ」
「名前の割にはバカだよね、偉は」
やれやれ、と旭は首を横に振った。
「例えばだ。朝食で偉の好物である納豆を俺が食べたとしよう。偉はどう思う?」
「首を掻っ切る」
「物騒だな……」
真面目な表情で言う偉に、旭は少しだけ慄いた。
「ま、まあ怒るよね。怒髪天だ。そんな時に俺が『怒るなよ偉、ほら、納豆三パックやるから』と言ったらどうする?」
「許す」
「俺は最近、偉がロッヅレベルにバカなんじゃあないかと思えてきたよ」
「失礼だな」
「ともかくだ」
旭は語尾強めに言う。
「さっきの例え話だと結局俺は、偉に謝っていない。それと同じで偉の言い方も謝っているようには聞こえないんだよ」
「そうかあ?」
「そうだよ――おっと」
そう言って旭は歩を止めた。
偉は少し前のめりになる。
「っとと、どうしたんだよいきなり」
「あそこ、街の人がいる」
足を止め、建物の影に体を潜めてから、旭は道の向こうを指さした。
その指の先には、三人の街の住人がいた。
「……なんか言い争ってるな」
「みたいだね」
隠れながら様子を見ている二人は揃ってそんなことを口にする。
二人の前にいる三人は――一人と二人は何やら言い争いをしているようだった。
一人が二人に対して、憤慨しているようだった。
その一人は、エマ・サヘルを庇った件の女性だったりするのだが、それを目撃していない二人は気づくことはなかった。
「すごい剣幕だな」
「関わらないほうがいいね。そもそも、今、街の人に関わろうとするなんて馬鹿げたことをするやつはいないだろうけどね」
「馬鹿じゃない限りな」
「……ロッヅ大丈夫かなあ」
「個人的にはカラも心配だ」
いつもおかしな奴らに囲まれている二人は、呆れたようにため息をついた。
そして二人は、三人がいない方に進路を変更した。
誰かいないか――誰もいないか確かめるために旭と偉は街の住人がいる所とは別の未知を覗き込んだ。
そこは今現在夜だという事実を含めても薄暗い道だった。
「誰もいなさそうだな――」
ひょう――と、そんな軽い音が、旭の耳の横を抜けた。
それが何かが風を切った音だということを、薄暗い道から伸びた影を視認したことで、なんとか認識した。
そしてその風を切る音は――首を斬る音だというとを、隣からは飛び散ってくる生温かい液体を浴びることで理解した。
生温かくて生臭い血を浴びることで、理解した。
理解はしたけど――理解したくなかった。
直視したくなかった。
しかし、旭の首は自然と横を向いていた。 ぎぎぎ、とぎこちなく、不自然に――。
果たして、そこには何もなかった。
横を向けば必ずそこにあったはずの、ついて離れない存在である偉の顔がなかった。
あるのはただ、背骨が少し突きだした荒い断面と、そこから心臓の拍動に合わせて溢れる血液だけだった。
――なあ。
――なあ、旭。
――もしかしたらお前は怒るかもしれないけどさ、もし神さまがいるとしたら、俺はこの体を引き離してもらいたい。
――メスなんて使わないでさ、こう、スパーンと。
――お前が俺らをこんな風に創ったんだから、創り変えるのも簡単だろって。
――お前もそう思うよな。旭?
――分かれることができたら、どれだけ嬉しいだろう。
「ひぃ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
『おかしな話だ』
声――声がした。
耳から聞こえているというよりは、脳内に直接響いているような声だった。
旭の前には一匹の獣がいた。
獣のようなものがいた。
見たくれは鹿そのものなのだが、しかしその脚は二本しかない。
後ろ足二本。
その代わりなのか、胴体には鳥のような翼が生えていて、胸の部分は胸といわれるそれのように、盛り上がっている。
なんというか奇妙というか珍妙というか奇天烈というか。
そんなアンバランスな姿で立っているそれの口には偉の首があった。
見るも無残な、生首があった。
もちろん、デュラハンではない彼の生首は動いたりはしない。
「うああああああああ、ああああああああああっ、あああああああああああああああああああああああああっ!!」
しかし旭の視界は涙と恐怖によって歪み、それを捉えることはできなかった。
何も聞こえないし、何も見えない。
『俺は確かに首を捉えた――首がなければ、不死でない限り生物は死に果てるはずだ。そもそも、叫ぶことさえ、叶わないはずだ』
奇妙な獣は、泣きわめく旭を一瞥する。
『どうして人に首が二つある。首は一つだろう。俺の影のも、一つだ』
薄暗い道に、かすかに、ぼんやりと、輪郭がわかる程度に存在する獣の影は人の形をしていた。
その首は、一つしかない。
『……なるほど』
獣は偉の首を口から落とす。
生首はアスファルトの地面に落ちて、生々しい音をたてる。
頭蓋骨が割れたのかもしれなかった。
脳みそが潰れたのかもしれなかった。
しかし偉は痛みを口にしない。
首だけなのだから――体から分断され、死に果てているのだから。
『つまりお前は人ではない。ということか、ならば食うだけ。無駄か』
ぐしゃり、と音がした。
何かが潰れた音だった。
『しかし』
獣は続ける。
旭は泣き叫び続ける。
偉の上半身を抱きしめながら。
『とはいえ、放置しておくわけにもいくまい。人ではないのなら食らいはしない。しかし口は封じておか――』
なくてはな。
と。獣は口にしようとしたのだろう。
実際、獣は口を動かして話していたわけではないのだから『口にしようとしていた』というのは少しおかしいのだが、ともかく、獣は口にしようとしていたのだろう。
しかしそれは、第三種の介入によって阻まれてしまう。
鹿も喰らい、鳥も喰らう。
それよりも上位の捕食者の介入によって、阻まれる。
ハルルルル――ッッ。
そんな歳にも似合わない低い唸り声をあげながら、獣は獣の喉笛に食らいつき、そのままの勢いで食いちぎった。
ぶちぶちぶち――と筋繊維は引き裂かれ、辺りに血しぶきが散るが、それよりもはやく獣はその場から離れ、血を浴びることはなかった。
それは狼だった。
少し薄汚れた茶色の体毛に覆われた狼。
狼はコンクリートの地面に爪をたて、軽い音を鳴らしながら着地し、その音に合わせるように獣の体はぐらりと崩れ、倒れ込んだ。
ぴゅ、ぴゅう――と引き裂かれた喉笛から垂れる気管から、空気が漏れでる音がする。
体はビクビクと小刻みに震え、口からはとめどなく血が溢れる。
そんななれの果てに、狼は口に含んでいた肉片を吐きだしてから、泣きわめく旭の元へ走った。
そのわずかな間に、茶色の体毛をしていた狼は、ざんぎり頭のちいさな少年に、姿を変える。
「だ、大丈夫か。旭っ!」
「ろ、ろっづ……? どうしてここに……?」
「血の臭いと叫び声が聞こえたからここに来た。そしたら……」
ロッヅは偉の体に視線を向けて、すぐ目を逸らした。
「ろっづ……えらいが、えらいが……」
旭は涙の止まらない目で、すがるようにロッヅに訴える。
クンストカメラのメンバーに頼られることなんて今まで一度もなかったロッヅはそれに舞い上がったりすることなく、むしろ慄いた。
「と、とにかくここから離れようぜさ。人が来るかもしれねえから――」
偉の体を抱きしめながら崩れ落ちる旭に提案をあげていたロッヅは不意に、その体を止めた。
鼻をひくひくと動かす。
『死んでいるな』
『なんと』
『正確に言うならば、まだ死んではいない。生き残れるとは毛頭思えんがな』
『油断するからだ』
『反撃を喰らったようだ』
『マヌケめ』
彼らしくなく、神妙な顔つきで振り返る。
そこにはあの奇妙で珍妙で奇天烈な獣がいた。
数は六匹。
薄暗い暗闇のなか、それに紛れるように、直立不動でそこにいた。
「……」
ロッヅはポケットの中にいれていた黄色いボールを横目で見やる。
少年の矮躯は、再び麦のような体毛に覆われた。
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