ヴぁんぷちゃんは素直じゃない

 夜。

 暗い暗い路地裏。

 そこに、二人の少女がいた。

 一人は恍惚とした表情で、ひざをついている。

 一人は薄く笑いながら、ひざをつく少女の首筋を指先で撫でる。

 撫でられた少女は体を震わせながら喜びを全身であらわす。

 薄く笑っていた少女は、少女の首元に頭を預ける。銀色の髪が少女の顔をくすぐる。

 小さな口を開いた。

 首元に牙を突きたてる。

 柔らかな少女の肌は、鋭い牙を受け入れ、牙は首筋を通る血管を貫いた。

 牙の周りから赤い血が漏れ、滴り落ちる。

 少女の体はビクリと震え、恍惚とした表情から濡れた吐息をもらす。

 牙の周りから漏れる血を、舌で拭うように舐めとり、ノドに流しこむ。ノドが動く度に、少女の体は震え、次第に力が抜けていき、腕は垂れた。


「ごちそうさま」

 口元についた血を人差し指の腹で拭いながら、ルーミアは呟いた。

 ひざをついて、跪くようにしていた少女は、力なくぐらりと倒れる。

 もう二度と、起き上がることはないだろう。


 言わずもがな、その少女は件の暴動のリーダー格とみられる少女である。


「不楽、それ食べて」

「了解」

 近くにいた不楽は、倒れている少女に噛みついた。


 ――しかし、どうするべきなのかしら?

 暴動がおきてから、一日が経過した。

 街にでたルーミアは少女を探しだすと、魅了チャームをかけて、今の街の状態を尋ねていた。

 少女曰く、次に暴動をおこす予定はないそうだ。

 どうやら事件は昨日の夜にもあり、奇しくも暴動に参加した人たちの目が、クンストカメラの無実を証明したようだった。

 なのだが、未だ街の住人の中では『クンストカメラ』が怪しい、という認識は拭えていないようだった。

 一度かかった疑いはそう簡単に消えない。

 アリバイがある昨日もどうにかして人を襲ったに違いない。そう考えている人も一定数いるらしかった。

 アリバイがあるのは全員ではない。

 昨日あの場にいなかった団員もいる。

 そう。

 例えば現在家出中のエマ・サヘル――とか。


 どうやら昨日の事件の目撃者が、その付近で彼女を目撃したらしい。

 彼女はルーミアや不楽と違い、人を襲わないタイプの奇っ怪なるものである。

 人食いではない。

 人攫いでもない。

 しかし残念なことに、人々の思考では『個々と集団』は同一視されるものである。

 まあつまり、彼女は現在、いわれのない免罪を被っていることになる。


「おい、あっちで死体が見つかったってよ」

「くそっ、またか!」

 ルーミアたちがいる所から少し離れた場所が、にわかに騒がしくなってきた。

 どうやらまた、被害者が見つかったらしい。


「死体を毎回残してるけど、犯人は知性の低いタイプなのかな」

「さあ、どうかしら」

 食べ終え、何気なく呟いた不楽の問いに、ルーミアは返す。

 口の周りを拭おうとさえしない彼に、ルーミアは嫌そうな顔をする。


「欲望そのままに行動するタイプなら、その姿が目撃されていてもおかしくないし、もっと派手に動いて、別の意味で大騒ぎになってるはすよ」

 それこそパニック映画みたいにね。と、ルーミアは言う。

 そういう映画でよくうごめいているゾンビである不楽は、首を傾げる。


「ルーミアさん。映画なんてみるんだ」

「人並みにね。どれだけ貧乏だと思ってるのよ」

「でもあのボロ屋」

「日本は別!」

 思わず叫び返してしまった。

 ルーミアは唇をかみしめながら「むー」と唸る。


「いいわ」

 そしてポツリと呟くと、不楽の顔を指さした。

「いつかあなたには、私の本当のすみか。山奥の古城を見せてあげる。楽しみにしてなさい!」


「うん、楽しみにしてるね」

 対して不楽は簡素に返す。

 不楽に対しての文句はやはり、一人相撲をしている感覚に陥ってしまう。

 だからルーミアは少し不完全燃焼気味に、話を区切る。


「それで相手の目的だけど――この状態が目的なんだと思う」

「この状態?」

「今この街はかなりの混乱状態に陥っている」

 迷っている。乱れている。おかしくなっている。

 連続食人殺人事件という、意味が分からなくて、理由も定かではなく、次の被害者に誰でもなりうる問題が街を覆っている今、力ない彼らは怯えることしか出来ない。

 恐れて、怖れて、恐怖して、ピリピリしている。

 向けようのないマイナスの感情をどうにかして、何かに向けようと躍起になっている。

 向けて、自衛ができていると勘違いして安心しようとしている。

 もちろん、それが勘違いであることを彼らも自認しているだろう。

 不安と安心のスパイラル。

 ゆえに今のような暴動が巻き起こっているのだ。


 敵。敵。敵。敵。

 見つけ次第、潰せ、潰せ、潰せ。

 理由も聞くな。

 弁明も聞くな。

 とにかく、潰せ、潰せ、潰せ。

 安穏を取り戻すために。

 平穏を取り戻すために。


「まったく、いつの時代よって感じね」

 呆れたようにルーミアは息を吐く。

「このままだとこの街は自壊する。自分たちで、自分たちの平穏を殺す。この状態をつくりだした犯人は、きっとそれが目的なのでしょうね」

 無論、人食いには別の目的があるのかもしれないのだけれど。

 ルーミアはそうつけたす。

 確かに同種同族の食い散らかされた死体というのは、充分恐怖と憎悪と混乱を招けるだろう。

 けれど、仮にそれが目的だとするならば――別に惨殺死体でも構わないはずだ。

 それなのに、わざわざ食っている。捕食をしている。

 ならばそこに理由を求めるのは、なんらおかしくはないだろう。


「ふうん」

 と、不楽は曖昧に頷いた。

 疑心暗鬼とか恨み辛みとかから、ある意味もっとも離れた存在である彼からしてみれば、今の状態の理由が今一理解できていないのだろう。


「恐怖に陥れて、一体何がしたいんだろうね」

「さあ、奇っ怪なるものにも色々いるから。驚かせるのが目的なだけのものもいるし」

「あらあら、二人揃って、こーんな人気のない場所に隠れてさ。一体何をやってるのかなー?」

「……彼女みたいに注目を集めたいだけのものもいるしね」

「たった二人から見つめられてもさ、ちょっと気持ちいいだけだねえー」

 いつの間にやら、二人の隣にカラ・バークリーがいた。

 自身の首を腰と腕で挟むようにして持っていて、話している二人をニヤニヤと見ている。

 なんだか下世話な感じだ。


「……なにか用?」

「いやいや、サヘルを探していたらさ。ここでひそひそ話している二人の姿を見つけてさ。気になって話してみたというね」

「そう」

 ならば、食事は見られていないか。

 安心した。


「それでさ、二人ともサヘルを見なかった?」

 カラは二人にたずねる。

 エマ・サヘルの捜索。

 それは、サヘルが疑われているということを知ってから、フリークショーを休業してまで、クンストカメラの面々が行っていることだった。

 彼女が犯人だという証拠はない。

 むろん、犯人じゃあない証拠もないのだけれど、それでも信じる。というのが団員たちの総意だった。

 だから団員総動員で彼女を探している。


「いえ、見てないわね」

「僕も」

「そっか……二人だけの空間の邪魔しちゃって悪かったねー」

 少し残念そうに言って(そして少しだけ茶々をいれて)カラは、その場を後にしようとした。


「……ねえ、ちょっと」

 その背中に、ルーミアは声をかける。

 振り返ったカラに、ルーミアは後ろにいる不楽を親指で指しながら、提案を口にする。


「もし目が足りないというのなら、不楽をかすけど」

「いいの?」

「ええ、別に四六時中一緒にいなくちゃいけない訳じゃあないし。ね、不楽」

「僕は別に構わないけど」

 と、不楽は一度断りをいれてから。


「でも目を増やすのならルーミアさんも一緒に探したほうが効率的じゃあ」

「私、あいつ、嫌い」

 あっさり言った。

 スゴく嫌そうな顔で言った。

 かなり感情的な理由だった。

 ルーミアは口に手を添えて小さくあくびをする。


「それに最近、重苦しい雰囲気のせいであまり眠れていなかったし。今ならゆっくり眠れそうだから、キャラバンに戻るわ」

「食べたばかりで寝ると太るよ」

「うるさい」

 不楽の空気の読めない忠告に不機嫌そうに返したルーミアは、ひらひらと手を振りながらさっさとその場をあとにした。


***


 そしてその後。

 そこら辺をうろちょろしているルーミアの姿を、クンストカメラの面々ほぼ全員が目撃しているのは、まあ、お約束ではあった。

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