わんこ対けもの

 ロッヅ・セルストは決して油断していたわけではない。

 確かに彼は馬鹿ではあるけれど、しかし決して、間抜けというわけではない。

 こんな状況で気を抜けるほどの人間ではない。

 旭と話している間も辺りの音や臭いには気を配ってはいた。

 それは増援に対する警戒ではなく、街の住人に対しての警戒ではあったけれど、とにかく警戒は怠っていなかった。

 しかし周りは獣と偉の血の臭いが充満していて、彼らの接近に気づくことができなかったことも、事実ではある。

 地面に爪をたて、牙をむきだしに低い唸り声をあげる。

 まるで麦のような体毛を逆立たせ、四足で体を支えるロッヅは、体を前傾させ、獣を威嚇する。

 六匹の獣は、ロッヅたちを前にして佇んでいる。

 彼らの足元には息も絶え絶えな、死んではいない獣が横たわっている。


『さて』

 と、獣は口にした。

 口は動いていないから一体どれが言ったかは定かではないけれど。


『これはどうする?』

『放置しておいても構わないのではないか?』

『いや、我々の存在を知られるのはまずいだろう』

『というと?』

『この街を覆う恐怖はとどのつまり、正体が分からないことにある』

『分からないがゆえに、恐怖する』

『しかし恐怖の正体を認知してしまえば、彼らは私たちを血眼になって探すだろう』

『それは恐怖ではない』

『理由の分からぬものに怯え、それにどうにかして理由をつけようとすることで、恐怖を産みだす』

『我々もそのようにして産まれたという話もある』

『事実かどうかは分からないがな』

『なるほど』

『ともすればこいつはどうする』

『始末すればいい』

 それからの彼らの動きは迅速だった。

 喉笛を噛みちぎられた獣の周りに群がると、それこそ、ミミズをついばむ鳥のように、獣の体をついばみはじめたのだ。

 ブチブチと、肉を噛み摘んでは引きちぎる。

 まだ死んではいないとはいえ――生きている獣の体を、である。


 ハルルルル……。

 ロッヅは思わずニ、三歩後ずさる。

 気味が悪かった。

 負の感情そのもので象られたような奇っ怪なるものに未だでくわしたことのなかった幼き狼は、気圧されて、怖気ついてしまった。

 だからこそ。

 視界を通り過ぎた黒い影に反応が少し遅れてしまった。

 前足の付け根に、鈍い痛みを覚えた。

 ロッヅは甲高い声をあげる。

 右前足の付け根の部分に、獣が噛みついていた。

 鹿の頭ゆえに、致命傷を与えるには小さすぎる口ではあったけれど、相手に痛みを与える分には充分だった。

 ロッヅは苦痛に顔を歪ませ、とっさに後ろに跳ね跳び、体を大きく捻った。

 噛みついたままの獣は、自らの頭を視点にして大きく振り回され、投げ飛ばされる。

 獣は近くの壁に激突し、ロッヅは体勢を整える。

 右前足の付け根は赤く染まり、体毛はしなだれる。


『ゆえに』

 前足を庇うようにして立つロッヅの前に獣は立つ。

『俺たちを目撃しているお前たちを逃がすわけにもいかない』

 ロッヅは右前足を庇いながら、目の前の獣に飛びかからんと牙をむきだしに、前のめりになる。

 その背後からなにかがロッヅの体にぶつかった。

 グギャッ!?

 前傾姿勢をとっていたロッヅは、それにおされる形で倒れ、あごを強くうちつける。

 その状態のまま背後をみる。

 背後にはなにもいなかった。

 旭以外――壁に叩きつけたはずの獣の姿もなかった。

 グギッ!?

 頭上から衝撃。

 さながら鉄のような硬さの鈍器で殴られたような痛み。

 それと地面で頭をサンドイッチされたロッヅは悲鳴をあげる。

 頭が割れるように痛い。

 もしかしたら本当に割れているかもしれない。

 逃げるようにロッヅは地面を転がり、そのまま立ちあが――横っ腹になにかが激突する。

 体はくの字に曲がり、地面と激突する。

 激突して、追い打ちをかけるような衝撃と痛みを喰らう。

 ここまで来れば、ここまで喰らえば、さすがのロッヅでも感づく。

 獣たちがその翼をはばたかせ、自分の周りを飛び回りながら、自身を袋叩きにしていることに。

 鳥というものは空を飛ぶために、体は軽くなっていて、それゆえに、その分すばしっこいのだという。

 それはこの獣も同じようで、ロッヅの動きよりも速く、視線移動よりも速く、彼の周りを飛び回りながら攻撃を仕掛けているようだった。

 あの鉄のような鈍器は、ひづめのようだった。

 どこからともなく、死角をつくように襲ってくる痛みに耐えながらロッヅは思う。

 痛みを感じてから振り返ってもその姿を捉えられない。

 痛みを感じたと同時に襲いかかってもにげられる。

 動いても動いても捉えきれない。

 体力と痛みがガリガリと削られていく。

 噛みつくことによって動きが止まることを防ぐためか、体当たりや蹄による蹴りに攻撃は留められている。

 もういっそ、噛みつかれた方がいいのにとロッヅは心中で吐露する。

 瞬間。

 右耳の辺りを蹄で蹴られた。

 頭蓋骨にヒビが入る音が、耳の奥という間近から聞こえたような気がした。

 それを認識するよりもはやく、ロッヅの体は倒れた。体はビクビクと痙攣している。

 視界はぐちゃぐちゃに溶けて、誰が誰でどれがどれだか分からない。

 風景はまるでかき混ぜられた水面のようだった。


「――――――」

「――――――」

 誰かがなにかを言っているかもしれない。

 ただの物音がそう聞こえているだけかもしれない。

 どっちなのか、ロッヅには理解できなかった。

「――――――」

「――――――」

 波立つ視界に二つの揺れ動く棒が立っている。

 それが獣なのだとロッヅが理解するよりもはやく、その棒はロッヅに迫った。


***


「い、いたっ! あそこっ!」

 ロッヅが獣に袋叩きにされている頃。

 そこに迫る二人の姿があった。

 一人はかなりの距離を走ってきたのか、かなり汗をかいていて、髪の毛を鷲掴みにして持たれている生首は、疲れを隠すことなく露呈している。

 その背後をはしるやさ男は、その痩躯に似合わず、全く疲れというものを見せていない。

 まあ、死体《ゾンビ)なのだから当然なのだけれど。

 むしろゾンビなのに走っている方がおかしい。


「攻撃されてる犬しか見えないけど?」

「あれがロッヅだよっ!」

「あれが? ああそうか。ロッヅは狼男で狼に変身できるんだっけ」

 不楽は納得したふうに頷いて、そのロッヅの周りを飛び回っている獣の姿を捉える。

 至近距離からだと死角をつかれて姿が見えなくなる獣だったけれど、離れた場所からみれば、視界内におさめることは容易に過ぎた。

 ルーミアと違って知識面はそこまであるわけではないため、正体までは分からないけれど、ロッヅを取り囲むようにして飛びまわり襲いかかっているところからして、敵なのだろうと、不楽は判断した。


「……」

 そこで不楽は、ふと考える。

 不楽に今言い渡されている命令は『カラ・バークリーと協力してエマ・サヘルを探せ』である。

 つまりロッヅ・セルストを助けるか否かは、彼の判断で決めなくてはならない。

 ちょっと考える。

 少し考える。

 思考して思案して思索する。

「ねえ、カラさん」

「なにっ!?」

「助ける、でいいんだよね?」

「助ける以外に選択肢があるのっ!」

 カラは自身の生首を大きく振りかぶった。


***


 ……?

 はて、とロッヅは回らない頭で思った。

 倒れて視界がぐちゃぐちゃになってから、しばらくが過ぎた。

 どれだけの時間が過ぎたかは正確には分からないけれど、少なくとも攻撃を与えるだけの時間はあったはずだ。

 それなのに攻撃が一向に届かない。

 ここにきてあの獣に慈悲の心でも働いたのだというのだろうか。

 いや、それはない。ロッヅはそれを否定する。

 あれに慈悲の心なんてものがあるとは到底思えない。

 ならばどうして? ロッヅは視線をあげる。

 ぐちゃぐちゃに溶けていた視界はクリアになっていて、丁度獣の頭に生首がぶつかっているのがよく見えた。

 …………。

 文章にしてみなくとも、あまりにもシュールな光景に、ロッヅは思わず絶句して固まってしまう。

 しかしその間にも、その光景は動きつづける。


「うちのペットにさ――」

 獣の頭にでこからめりこむ生首は怒りを口にする。


「――なぁにをしてるんだああぁぁっ!?」

 どこからか投げ飛ばされた生首は、獣の鹿頭にぶつかってから、反射して、斜め上に跳ね上がる。

 ぶつかった獣は少しよろめいて――自身に迫る影に気づいた。


「ロッヅって、ペットだったんだ」

 わし掴み。

 よろめく獣の頭を片手で掴んだ不楽は、それをそのまま地面に叩きつけた。

 グチャリ、とか。グシャリ、とか。

 固体を勢いよく硬いものにぶつけたような音がして、不楽の手は赤く染まる。

 そして不楽は、体を回転させ、大きく円形に腕をふり、突然のことに硬直していた獣を殴り、地面と拳でサンドイッチにする。

 獣の脳は内壁にぶつかって何度も揺すられる――ことなく潰れた。内壁ごと潰れた。

 動きが止まっている相手を狙い、破壊されてしまえば、ほとんどの生物が死に絶える頭部を狙う。

 いかにも彼らしい行動ではあった。


「逃げるよ」

 ぐいっ、と首根っこの辺りを掴まれたような感覚があったと思うと、ロッヅの倒れていた体は持ちあげられた。

 持ち上げた不楽の反対の腕は、旭の腕を掴んでいる。

「……?」

 引っ張っているというのに、重心が動かないことを不審に思ったのか、不楽は首だけを動かして肩越しに背後をみた。

 首から上がなくなっている、偉の姿を――みた。

「…………」

 無反応だった。

 あって『ああ、なるほど』ぐらいだった。

 ああ、なるほど――。

 だからうまく引っ張れなかったのか――と。

 納得しているぐらいだった。

 納得した不楽は、旭と偉の体を引き寄せて、脇の下に抱え込む。

「カラさん」

 そして、ロッヅの体を放り投げた。

 ――っ!?

 一瞬の浮遊感。

 直後に何かに抱きしめられる感覚を覚えた。

 柔らかい。

 感覚して多分女性。今いるメンバーの中で女性はカラだけだから、多分これは彼女なのだろうと考える。

 胸の辺りで両腕で抱きしめるようにして抱えているのに、頭が目の前にあるのがなによりも証拠だ。

 まさか頭が胸辺りに生えている人もいるまい。


「ちょっと、急に投げないでよ」

 カラはそんな風に文句を口にする。

 その声色に変化はない。恐らく偉が死んでいることに気づいていないのだろう。

「仕方ないよ、両手が塞がっていたらなにも出来ないから」

 不楽は悪びれずもせずにそう言いながら、グーパーグーパーと手を動かす。

 そして拳を握ると、走っていた足で急ブレーキをかけるように踏ん張り、体を捻りながら裏拳の要領で、空を叩いた。

 否――何かを殴った。

 生々しい音がして、迫っていた獣の鹿頭が潰れ、指示系統を失った獣の体は地面に落ちて転がる。


「あと三匹」

 フラクはポツリと呟き、さきの場所をみる。

 そこには既に獣の姿はなくなっていた。

「逃げたのかな」

「逃げてない……」

 人の姿に戻ってから、ロッヅは不楽に対してそう言い返した。

 彼らは自分たちの存在を隠したがっている。

 自分たちのしたことは隠さずに、自分たちの姿を隠す。

 そうすることで街を、正体の分からない恐怖に包みこもうとしているらしい。

 それはつまり、彼らの姿を目撃しているロッヅたちを逃がすわけがない。ということで、つまり、いま姿がみえないのは、決して逃げている訳ではない。


「なるほど」

 不楽は頷きながら、空を仰ぎみる。

 それにつられて、ロッヅも仰ぎみた。

 空には――より正確にはロッヅたちのいる道を挟むようにして建ち並んでいる建物の壁や屋上に、獣たちがたむろしていた。

 大型犬ほどの大きさの、鹿の頭と胴体をした鳥がたむろっていた。

 その数は、空が見えなくなってしまうほどで。

 少なくとも、三匹以上はいる。

 さっきよりも、明らかに増えている。

「……」

「これだけの数、一体どこに隠れてたんだろうね」

 ロッヅが絶句するなか、不楽は少し的はずれなことを呟く。

「さて、どうしようかなっ」

 不楽がまるで太陽のまぶしさから逃れるように腕を前にだした。

 直後、空から襲いかかってきた獣が、不楽の腕にかみついた。

 屍肉に喰いつき、骨は悲鳴をあげる。

「片手だとさすがにキツいかな」

 横にある壁に、獣を叩きつける。

 そのついでに指を突き刺すようにして壁を掴み、飛び上がりながら、迫る獣を蹴り飛ばす。

 飛び上がった先には窓があり、それを突き破って不楽は室内にはいる。

 そこは何ヶ月か、はたまた何年か使われていないのか、人の気配も生活の気配もなかった。

 そこに放心状態の旭を置いてから、不楽は再び外にでた。


「これで両手が使える」

「不楽、旭と偉は?」

「上においてきた。本当は室内で闘ったほうがいいんだろうけど」

 カラはそんな風にたずねて、不楽は軽く返した。

 やはり、偉が死んでいることに気づいていないらしい。


「カラさんも室内に逃げた方がいいんじゃあないかな」

「あー、君をおいて逃げるなんてさ、できるわけないよ。とか言いたいところだけど……ここにいても邪魔になるだけだしさ、そうさせてもらうね」

 カラはそそくさと建物の中に逃げていく。

 その背後から獣が迫りくるのをみたロッヅは、カラの腕の中から抜けだし、中途半端・・・・に狼の姿になると、その鳥を手で叩き落とした。

 右前足――人の姿なら右肩――はまだ痛むが、この人狼の姿ならば、動きに支障はでないはずだ。

 叩き落とした獣の上にまたぐように着地したロッヅは、人間と狼がごっちゃになったような腕を振りあげて、止まった。

 止まってしまった。

 殺すことを、一瞬躊躇してしまった。

 とにかく必死だったさっきとは違う。

 片腕をあげて固まっているロッヅに、獣は首を持ちあげて噛みつこうとして――ヘコんだ。

 ゴリッという音ともに、獣の頭はまるで柔らかな粘土であったかのように波うちながらへこみ、そのまま地に伏した。

「躊躇するなら」

 伏す獣をロッヅは呆然と眺める。

 その横にいる不楽は、手の内にある小石を一瞥しながら呟く。

「躊躇できるなら、カラさんと一緒に隠れてたら?」

「……大丈夫。あいつらは偉を殺した。兄ちゃんを殺した。だから、許せない」

「……」

「いま『あれ、ロッヅってペットだよね。それなのに兄ちゃんってどういうこと?』って思っただろ」

「うん」

「そんなこと言うのはカラだけだからな!」

「そうかな」

「そうだ!」

「そうなんだ」

 二人が話している間、不思議なことに獣は攻めてこなかった。

 上からずっと、二人を見下ろしてる。

 決して目を離しているわけでもなく、もしも逃げようとしたならば一斉に襲ってきそうな雰囲気はあるものの、不楽を襲った二体、カラを襲おうとした一体を最後に、どれもこれも襲ってこようとしない。

 ただ、見てるだけ。

 じっと、じいっと、見てるだけ。


「あ」

 と、不楽はなにかに気づいたように声をあげた。

「ブラフ?」

「え?」

 え――と。

 言いながらロッヅが不楽の方を向いた時――ちょうど不楽は、背後から弾丸のように飛んできた二匹の獣に腕をとられ、前のめりによろめいていた。

「フラク――」

 叫びながらロッヅは、不楽を助けようと一歩進んだのだが、そこで横目に飛び込んできたものを捉えた。

 とっさにノドの前で腕を交差する。

 その上に獣は噛みつき、体をおされたロッヅはバランスを崩して倒れた。

「くそっ!」

 ロッヅは体を大きく捻りながら、獣の体に蹴りをいれる。

 獣の体はくの字に折れ曲がるが、腕からは離れようとしない。

「このっ、このっ、このっ!」

 蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。

 しかし、獣は離れない。離れようとしない。

 まるでロッヅをおさえておくことが目的であるかのように。


「……っ!?」

 そしてロッヅはみた。

 仰向けに倒れていて、空を見上げる形になっているロッヅはみた。

 上で待機していた獣が、一斉に襲いかかってくる姿を――みた。

「う、うわああああああああああああっ!?」

「こっちだよ」

 絶叫。

 腹の奥底から叫びながら、上にのしかかっている獣を引きはがそうと躍起になるロッヅの首元を誰かが掴んだ。

 誰か――といったものの、この場に彼の首元を掴むような人物なんて一人しかいないのだけれど。

 首元を掴まれ――首を絞められ、ロッヅは『ぐえっ』と声をもらす。

 彼の体をおさえつける獣ごと引っ張られ、その場から脱出する。

 直後、獣たちはさっきまでロッヅがいたところに激突し、砂ぼこりをあげる。

「あ、ありがとうフラク」

「どういたしまして」

 獣を引きはがしてもらいお礼を言いながら起きあがったロッヅは、不楽のシルエットが少しおかしいことに気がついた。

 なんというか、左右非対称というか、アシンメトリーというか、片方足りないというか――ないというか。

「フ、フラク……」

「どうかしたかな?」

「左腕は?」

「ああ」

 不楽は右手で獣を持ちながら、肩から先がなくなっている左腕の方を見た。

 対吸血鬼用に創られた彼の体には血が通っていない。

 比喩でもなんでもなく、事実として、通っていない。

 そのためその断面から血があふれることはなく、まるでビニル人形の腕をムリヤリ引きちぎったようだった。

 彼の体はビニルではなく――死体とはいえ人間の体であり、その断面からは血管だったり筋繊維だったり白骨だったりがちらりと覗いていて、中々グロテスクではあるけれど。

「拘束されてたからね。逃げるのに邪魔だったから引き千切ったんだ」

「ひきっ……!?」

 ロッヅは顔をひきつらせる。

 引き千切られたのではなく、引き千切った。

 結果は変わらないけれど、その気持ち悪さは段違いだ。


「だ、大丈夫なのか?」

「うん、大丈夫だよ。別にもう、僕が動く必要性はなさそうだし」

 大丈夫。の意味を若干履き違えながら不楽は獣たちのいる方を見た。

 それにつられてロッヅもそっちを見る。

 すぐ追ってくると思っていた獣は、どういうことかすぐ目の前にいるロッヅたちを放置して、視線を別のところに向けている。

 全員が全員、同じ方を向いている。

 向けて、微動だにしない。

 ロッヅは訝しみながら、獣たちのみている方を見た。

 そこはロッヅたちの居場所からは死角になっていて声しか聞こえない。


「まったく……信じられないわね」


 しかし、それだけで充分だった。

 その声だけで、そこには誰がいて、なにが起きているのか充分に、十二分に理解できた。


「私の眷属がこの程度の相手に苦戦するなんて、私までその程度なのだと思われるじゃない」

「あはは」

 と、不楽は笑う。

「弱くても沢山いるから厄介でさ。防衛システムが二つしかないタワーディフェンスなんて無茶だよ」

「全員を一斉に倒してしまえばいいのよ」

「僕はルーミアさんみたいに、特殊能力持ちじゃあないから」

「ふん」

 と、彼女――ルーミア・セルヴィアソンは鼻をならした。のだろう。

 すると、途端に、獣たちは堰が切れたようにその場から逃げだした。

 逃走した。

 さながら人が横切った鳩の群れのように、散り散りに飛び去った。

 実際、彼らの群れを横切ったのは人ではなく鬼――かわいらしい銀髪の女の子なのだけれど。

 ルーミアは周りを舞う鳥の羽を、まるで気にも留めず歩き、不楽の腕が片方ないことに気づくと、顔をしかめた。


「あなたもしかしてその腕――あの程度にもがれるとは思えないし、自分でもいだ?」

 不楽が頷くと、ルーミアは呆れたように、顔を手のひらで覆った。

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