007 チョーカー&オープンフィンガーグローブ

 それから僕は、瀬戸灰音せと・はいねに、こんな質問をする。


「ところで、灰音。ひとつ質問なんだけど。灰音は、この神社でいったい何をしていたんだ?」

「ふむ。わらわは、この木と少し、昔話をしておったんだ」


 灰音は手袋をした左手で、愛おしそうに老木をでた。


 どこからともなく優しい風が吹いてきて、彼女の銀髪が静かに揺れる。同時に頭上の木の葉たちが、何かに喜んでいるかのように、カサカサと音を立てた。


「えっ……木と話を?」

「ふふっ。まあ、前世のときのようには、上手く話せんのだがな」


 そう言いながら灰音は、ひかえめな笑みを浮かべた。

 まるで、木と上手く話せないことが恥ずかしいことであるかのような、そんな微笑みだった。


 いやいや、木と話ができないことって、別に恥ずかしいことじゃないんですけど……と僕は心の中でつぶやきながら、とりあえず愛想笑いを浮かべる。


「あはは、そうなんだ……」


 すると灰音は、唐突とうとつに両手をパンッと打ち鳴らした。


「ふむ。そうだった。時雨風月……ではなかった冬市郎よ。おぬしに会ったら渡そうと思っておったモノがあったのだ。いつか現世でも会えると信じていたからのぉ、常に持ち歩いておったのだぞ」


 銀髪おかっぱ頭をどこか楽しげな様子で弾ませながら、灰音はこげ茶色の革トランクを開く。

 そして、ガサガサと中身をあさりはじめた。


「あったぞっ! 冬市郎よ、これだ」


 灰音は右手で、小さな黒革のベルトをつまんでいる。


「ベルト? なんだか短いベルトだね。腕時計のベルトか何か?」

いなっ!」


 と灰音は首を横に振る。


「冬市郎よ。これはチョーカーだ」

「チョーカー?」

「ふむ。まあ、要するに首輪だ。ふふふっ……冬市郎は、今日からこれを首に巻くのだぞ」

「えっ……」


 おそらく現在の僕の顔は、石の仮面のように強張こわばっているのではなかろうか。

 それから僕は、口元を手で押さえる。


 ぼっ、僕に首輪をしろ……と!?


 そう声に出してしまいそうだったが、なんとか言葉を飲み込んだ。


 さて――。

 チョーカーは使い方によっては、確かにオシャレアイテムなのかもしれない。

 だが、これまでファッション関係にひたすら尻を向けて生きてきた僕にとっては、さすがにレベルが高すぎる代物しろものである。


 僕にチョーカーなんて似合わない……。

 絶対に、珍妙な結果が待っているっ!


 心の中で、僕は何度も頭を抱える。


「ん? 冬市郎よ、何を戸惑うことがあるか。時雨風月は、前世でわらわに首輪付きで飼われていたであろうが?」

「かっ、かっ、飼われていた!?」


 と大声を出し、僕は口をあんぐりと開ける。


「ふむ。そのときにおぬしは、喜んで首輪をしておったぞ」

「なっ……首輪をして喜んでいただと!?」

「ふふっ。亡くなる最後の瞬間まで、わらわの首輪をずっと大切にしておったな」


 僕はごくりと唾を飲み込んだ。


 じゃあ何か!?

 僕は首輪をして喜ぶ男で、この瀬戸灰音って子は前世で、首輪で飼っていた男と夫婦のちぎりを交わしたと!?

 また妙な設定が増えちまったぞ……。


 そう思いながら僕が顔を歪めていると、灰音の手が首に向かって伸びてくる。


「さあ、時雨……ではなく冬市郎よ。わらわがこのチョーカーをおぬしの首に巻いてやろうではないか」

「あっ……えっと……そのー」


 有無うむを言わせない雰囲気。

 灰音の少し冷んやりとした手が、僕の首にチョーカーを巻きつけはじめる。


「ふふふっ。まあ、このチョーカーは正直それなりに高価な物ではあったが、そんなに遠慮することはないぞ? わらわとおぬしの仲だからのぉ」

「あっ、はい。えっと…………ありがとう、灰音……」


 僕の両肩が、がくりっと落ちる。


「受ケ入レタナ」と右足が言った。

「アア……」と左足が続ける。


 首輪を巻いた僕の姿を、灰音は満足気な様子で眺めた。


「うむ。思った通りよく似合っておるぞ、冬市郎よ」

「似合っていますか……そうですか……」


 力なくそう声を出すと、僕は首に巻かれたチョーカーを指でいじくる。


 ああ。一刻も早く鏡が見たい!

 このオシャレアイテムが、絶対に似合っていない自信が僕にはあるんだっ!


 心の中でそう叫びながら、僕はキーナの方へちらりと視線を向けた。

 キーナは物陰に隠れたまま「あはは……」と苦笑いを浮かべている。

 唯一の友人のそんな反応に、僕は絶対に自分に似合っていないことを確信した。


「ね、ねえ、灰音……」

「なんだ、冬市郎」

「この首輪って高価なものなんでしょ? 本当にもらってもいいのか?」

「ふむ。もらってくれ。確かに高価な品ではあるが、わらわは大切なおぬしに身につけていてほしいのだ」


 灰音からそう言われて、胸がグサリと痛んだ。

 まずいなあ……後で本当のことを話したら、全力で謝ってちゃんと返却しよう。

 罪悪感にさいなまれ、そんなことを考えていると、灰音は驚くべきことを口にする。


「それと、冬市郎よ。わらわはおぬしに『オープンフィンガーグローブ』も授けようと思う」

「えっ? ……おっ、オープン?」

「オープンフィンガーグローブ。略して『OFG』ぞ」


 言いながら灰音は、僕の眼前がんぜんに自身の左手を突きだした。

 その手には『指ぬきの黒い革手袋』が装着されている。


 僕は心の中で絶叫した。


 こっ……これのことかああああっ!

 こいつがオープンフィンガーグローブっ! 略してOFG!

 そして、そのOFGがなんと、今から僕に授けられる!?


 灰音は、こげ茶色の革トランクを開け、ガサガサと中身をあさりはじめた。


「冬市郎よ、喜べ。この指の部分の布がないカッコいい手袋を、今からおぬしに与えるのだ。ふふふっ……ほれ、これだ」


 少女は黒い革手袋を嬉しそうに僕に手渡す。

 受け取ると僕は、顔を引きつらせながら「こ、これは……右手用だね?」と口にした。


「ふむ。右のグローブぞ。わらわは左手にしておるだろ?」

「ああ、うん……」

「だから、おぬしに渡したものは、これと対のものぞ」

「おそろいの品なのか……」


 僕は試しに、オープンフィンガーグローブを右手にはめてみる。


「ああ、うーん……。さすがにちょっとサイズが小さい……かな?」

「うむ。まあ、どちらかというと、このOFGはわらわに寄せたサイズだからのぉ。しかし、少し小さくとも毎日はめているうちに、手の大きさに合わせて大きくなるだろうよ」


 僕は耳を疑い訊き返す。


「は、はいっ? ま、毎日?」

「ふむ。毎日はめよ」


 手袋をはめた右手をギュッと握りしめながら僕は思う。


 この指ぬきの革手袋を、これから毎日することになるのか?

 しかし、どうしてこんな手袋を、毎日しなければいけないのだろうか?


「ねえ、灰音。そもそも、どうしてこの手袋をしているの?」


 僕のそんな当然の質問に、灰音は首をかしげる。


「どうして、だと? 封印を隠すために決まっておろうが」

「封印?」

「ふむ。これぞ――」


 灰音は左手の手袋をはずす。

 そして僕の顔に向かって左手をさっと突き出した。


 少女の左の手のひらには、迫力のある黒い太字で、



『鬼』



 と書かれている。


 僕は、あやうく吹きだしかけた。


「どうだ? 時雨風月、改め、印場冬市郎よ。わらわの左手のこの『鬼』という文字を目にして、何か前世のことを思い出せぬか? んっ?」


 おかっぱ頭の少女は、さらにグイッと左手を突きだしてきた。

 手のひらに書かれた『鬼』という黒くて太い文字が、ぐぐぐっと僕のすぐ鼻先まで迫る。


「えっと……」

「何でもいいのだぞ? どんな些細ささいなことでもいいのだ。前世のことを何か思い出せんか?」


 そう言われて一応、前世の記憶を思い出してみようと努力はしてみる。


 ううっ、うーん……鬼。手のひらに鬼……。

 鬼……鬼……鬼……。

 わおっ! 何も思い出せねえ……。


 記憶の底から何もすくい上げられなかった僕は、彼女に頭を下げた。


「すっ、すまない、灰音。何も思い出せないみたいだ」

「ふむ、そうか。まあ、それも仕方あるまい」


 残念そうな表情を浮かべる灰音。

 それから彼女は、黒革のOFGを再び左手にはめて『鬼』の文字を隠す。


 その一方で僕は……。

 なんだかとても疲れてしまった……。


 革の手袋をはめた右手で、首に巻かれたチョーカーをいじる。


 なんだこれは!?

 首と右手のこれは、いったいなんなんだ!?

 こんなものを身につけている冬市郎は、いったいどこの冬市郎だ!?


 僕は自分が、以前の自分ではなくなってしまったかのような気持ちになる。


 いつもの自分を取り戻したい。

 そして元気を取り戻すためにも、ここらで一度、聞き慣れたキーナの声を耳にしておきたい――。


「灰音、あのさあ……僕、ちょっと、電話をしてきてもいいかな?」

「電話? ふむ。別にかまわんが……」


 許可をもらうと、僕は足早に歩き出す。

 そして、電話の声が灰音に届かないよう、彼女から充分に距離を取るのだった。

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