135 『同い年の友人同士』のように

 すれ違う二人のやり取りを放ってはおけないだろう。

 ひとまず僕は、キーナに向かってこう言った。


「なあ、キーナ。灰音はさあ、『先輩・後輩みたいな上下関係』をキーナとは作りたくないんだよ」


 そのまま僕は、灰音の代わりに説明する。

 銀髪の少女はキーナと『同期のアルバイト同士のような気楽さ』で付き合いたがっていることを。


「――そんなわけで、キーナ。灰音は、ほんの少しだけ先輩だけど、あまり先輩・後輩みたい関係は意識しないでほしいんだってさ」

「うッス! わかったッス。ただ……」

「ただ?」


 僕がき返すと、キーナは小さくうなずき、それから灰音の方を向いて言った。


「――瀬戸さん。自分、普段の口調くちょうがこんな感じなので、普通にしゃべっていても後輩とか子分こぶんっぽい雰囲気になっちゃうッスよ。けれど、心の中では瀬戸さんのことをまったく先輩とは思わないように努力するッスから、よろしくお願いしますッス」


 それを聞いた灰音は、やわらかな微笑みを浮かべながらキーナに向かって言う。


「栄町さん。わらわは普段の口調がこんな感じだからのぉ。普通にしゃべっていても、なんだかえらそうな雰囲気になってしまう」


 灰音の発言に、足の裏たちが反応する。


「『偉ソウナ口調』ダト自覚シテイタノカ……」と右足がつぶやいた。

「驚イタナ……」と左足もつぶやく。


 確かに灰音の言葉は、ときどき偉そうだ。

 けれど、同じく偉そうにしゃべる金髪の吸血鬼の幽霊と比べたら、まあ……いくらかマシな気がするが。


 灰音が話の先を続ける。


「――けれど、おぬしはどうか、こんな偉そうなわらわと気楽に接してくれるとありがたい。同い年の友人同士のようにのぉ」


 キーナの身体が、ピクッと小さく震えた。


「友人同士……ッスか……」


 そうつぶやくとキーナは、くちびるをんだ。

 この黒髪ポニーテールの少女は、『僕の唯一無二ゆいいつむにの親友であること』が自身の存在意義であると思い込んでいる。

 そのため、僕以外に『友人』を必要としていない。

 僕以外の友人を作ることを嫌がっている。


「キーナト灰音ガ、『友人同士』ニナル未来ガ見エナイゼ……」と右足が言った。

「難シイダロウナ……」と左足が続ける。


 足の裏たちも、キーナのことをそれなりに理解しているのだ。


 一方で銀髪の少女は、もちろんキーナの考えなど知らない。

 キーナはおそらく、愛名高校に通う生徒の中で『友人同士になるのが最も困難な相手』だ。

 運の悪いことに灰音は、そんな相手にいどんでしまったのである。


 とにかく、まあそんな感じでキーナと灰音は、『』となった。

 この先、『』となれるかは難しい様子ではあるけれど……。


 そして、二人のやり取りが一段落したところで、そろそろ僕はキーナに首筋をめさせなくてはいけないだろう。

 そもそも、キーナが開店時間よりもずいぶんと早くやって来たのは、アルバイトがはじまる前に僕の首筋を舐めておくためでもあるのだ。


 灰音がキーナよりも早く店に来たことは、僕たちにとっては誤算ごさんだった。

 僕はなんとかキーナと二人きりにならなくては……。


 そんなこちらの事情など知らない灰音は、キーナに向かって話し続ける。


「ふむ。それでのぉ、栄町さん。わらわは、『親しくない相手』が抱えている問題には、わざわざ首を突っ込まない主義なのだが……今日こうして知り合ってしまったからには仕方ない。これから行うわらわのお節介せっかいに、ひとつ付き合ってもらえるとうれしいのだが……」


 そう言われたキーナは、両目でまばたきを繰り返した。

 ちょっと何を言われているのかわからないといった様子だ。


 灰音が苦笑いを浮かべながら話を続ける。


「いや、わらわもうまく説明できんのだがのぉ……。そのぉ、栄町さん。おぬし、何か『悪いもの』に取りかれてはおらぬか?」


 銀髪少女のその発言に、僕とキーナは驚いて顔を見合わせた。

 足の裏たちも驚く。


「モ、モシカシテ……!?」と右足が言った。

「『吸血鬼ノ幽霊』ノ呪いノコトカッ!?」と左足が続ける。


 僕は灰音に尋ねた。


「ねえ、灰音。『悪いもの』ってのは、どういうものなんだ? もう少し詳しく説明してもらえるかな?」

「ふむ。実はわらわにもハッキリとは見えぬのだがのぉ。栄町さんの背後に、ときどき黒いモヤのようなものが見えてな」

「黒いモヤ?」


 僕がそう繰り返すと、灰音はキーナの背後に視線を向けてつぶやくように言う。


「この世界のもの妖怪ようかいたぐいならば、わらわにももっとハッキリと見えるのだがのぉ……」


 んっ……?

 灰音……物の怪や妖怪だったら、ハッキリと見えるのか?


 僕はそう質問したかったが、話がブレるかもしれない。

 そこで、とりあえず黙ったまま話の続きを待った。


「ふむ。しかし、栄町さんの背後にあるモヤは、それらとは少し雰囲気が違うもののようでな。この世界とは別の世界のものなのかもしれぬ。人間にとって『悪いもの』だとは思うのだがのぉ」


 灰音はそう言うと、黒々とした瞳でキーナの顔を見つめる。

 逆にキーナは、灰音から少し視線をずらしてこう言った。


「うッス。自分、瀬戸さんの言っている『悪いもの』に、心当たりがあるッスよ。けれど……」


 キーナは灰音に詳しく説明することをためらっている様子だった。

 事情を説明すれば、もしかすると『キーナ自身の異能のこと』や『僕の足の裏のこと』にまで話が及ぶかもしれないからだ。


 そういう『僕たちの秘密』を完全にけて、灰音に詳しい事情を説明する方法もあるだろうが、うまく説明するためには、僕とキーナの二人きりで事前に打ち合わせする時間がほしいところである。

 だからキーナも今は、灰音に事情が話せず、困ってしまっているのだ。


 キーナの困惑を灰音もさっしてくれたようだった。


「うむ。栄町さん、詳しい事情を話すのが難しいのであれば、特に何も言わぬままでよいぞ」


 そう言われてキーナは頭を下げる。


「うッス。瀬戸さん、本当に申し訳ないッスけど、詳しいことは言えないッスよ。ごめんなさいッス」

「ふむ、よいよい。栄町さん、わらわに謝らなくてもよいぞ――」


 灰音は、こくりこくりとうなずきながらそう言うと、話を続ける。


「ただのぉ、自分の知人が何か悪いものに取り憑かれているとなれば、このまま見過ごせぬ。もしよければ、わらわに任せてはもらえぬだろうか?」


 僕は灰音に尋ねる。


「んっ? 任せるって……灰音なら、なんとかできるってことか?」

「ふむ、おそらく」


 そう言うと灰音は、口元だけで小さく笑ったのだった。

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