132 新しい名前を考えよう

 雑談するといっても、何について話そうか?

 まあ、幽霊の前世の記憶を少しでも刺激しげきしてやるような話がいいだろう。

 たとえば――。


「幽霊さん。そういえば、自分の名前は思い出せたんですか?」

「ノン。思い出せなイかしらネ」

「やっぱりダメですか」

「ウィウィ」


 吸血鬼の幽霊は金髪を揺らしながらうなずくと、こう話を続ける。


「そこで、トウイチロウ。ワガ輩様、あれからずっと新しい名前を考えていたのデスますヨ」

「んっ?」

「前回、ワガ輩様の名前は『男子トイレさん』に決まりかけたデスますが、最終的には却下きゃっかされたかしらネ」

「そ……そうでしたね」


 有名な『ネス湖』の未確認生物は『ネッシー』であり、北海道の屈斜路湖くっしゃろこの未確認生物は『クッシー』である。

 世界各地にいるとされている未確認生物には、目撃された場所から名前を付けられるケースがあった。


 吸血鬼の幽霊の場合は、はじめて僕に目撃された場所が『男子トイレ』である。

 そのため、『男子トイレさん』という名前になりかけたのだ。

 もちろんその名前が採用されることはなかった。


「トウイチロウ。そこで、ワガ輩様が新しく考えた名前デスますが――」

「どんな名前なんです?」

「『女子トイレさん』というのは、どうかしらネ?」

「はあ?」


 僕が首をかしげると、幽霊は自身の考えを説明しはじめる。


「ウィウィ。ワガ輩様の性別に合わせて『男子』を『女子』に変更してみたデスますヨ。だから『女子トイレさん』デスますポス」

「えっと……。却下ですね」

「ヌー!?」


 幽霊が、両目を大きく見開く。


「あの……幽霊さん、男子を女子に変更するとか、大切なのはそういう部分じゃないですよね?」

「ヌヌー!?」

「自分の名前なんですよ? トイレから名前をいただくという考えから離れましょうか」


 吸血鬼の幽霊は、胸の前で両腕を組むと考えはじめた。

 やがて――。

 幽霊が「オー、フー……」と、ため息をついてからこう言う。


「トウイチロウ。新しい名前については、ワガ輩様、今日はあきらめるかしらネ」

「どうしてです?」

「ワガ輩様、今日まで一人でずっと、トイレから名前をもらうことばかりを考えていたデスますヨ」


 何を言っているんだ、この幽霊?

 この間から今日まで、トイレから名前をもらうことばかり考えていたのか……?


「だから、トウイチロウ。今は、どこから名前をもらえばいいのか、わからなくなってしまったデスますポス」

「そ、そうですか」

「いっそのこと、トウイチロウから名前をもらってもいいデスます?」

「えっ?」

「今日からワガ輩様の名前は、『女子トウイチロウさん』というのは、どうかしらネ?」

「本当に何を言っているんですか?」


 もちろん僕は、大反対した。

 それから、キーナを加えた三人で幽霊の新しい名前を考えはじめる。

 しかし……。

 それなりの時間をついやしたのだが、これといったアイデアは出なかった。


 結局、名前は決まらなかったが、幽霊は久しぶりに人と会話できたことが楽しかったのだろう。

 三人でアイデアを出し合っている間は、終始ニコニコ顔で楽しげな様子だった。


「……幽霊さん。名前の件、今回もお力になれず、なんだかすみません」

「ウィウィ。トウイチロウ、気にするなデスます」


 幽霊は、本当に気にしていないといった表情でそう口にすると、話を続ける。


「どうせ新しい名前が決まったところで、ワガ輩様の姿を見つけてその名前で声をかけてくレるのは、この世界で貴様一人しかいないデスわヨ。だからワガ輩様、名前がないことで今のところ、特に不自由な思いはしていないかしらネ」


 そう言われると、なんだか同情したくもなる。


「トウイチロウ。また今度、貴様と会うときまでに、ワガ輩様は新しい名前を考えておくデスますヨ」

「わかりました。じゃあ、また何か理由を見つけて、女子高等部に来られるよう努力します」


 次にこの幽霊と会ったところで、キーナを元に戻す方法には、たどりつけないかもしれない。

 けれど、孤独な幽霊がこの世界で一人ぼっちになるか、ならないか――。

 それが僕のさじ加減次第というのなら、一人ぼっちにさせないで済む方を選択するだろう。

 彼女には、僕しか話し相手がいないのだから。


「ウィウィ。トウイチロウ。今日みたいに、またワガ輩様から貴様に声をかけることもあると思うデスますヨ」

「はい」

「そのときは、今回のように無視をしないでほしいかしらネ。お願いデスますヨ。無視をされるのは、なんだかとても寂しい気持ちになるデスますポス」


 明らかに悲しげな表情で幽霊がそう言った。


「わかりました、幽霊さん。次、声をかけられたらちゃんと反応します」

「ウィ。貴様、よろしくお願いデスますヨ」

「はい。まあ、タイミングや周囲の状況によっては、幽霊さんの呼びかけにすぐには反応できないこともあると思いますけど、そのときは許してくださいね」

「ウィウィ。そのときはワガ輩様、貴様のことを許してやるデスます」


 足の裏たちが話しはじめる。


「ヤッパリ、コノ幽霊、エラソウダナ……」と右足がつぶやいた。

「前世デ『吸血鬼ノ女王』ダッタラシイカラナ」と左足が言う。


 そういえば、お前たち足の裏は『魔王』と『大魔王』だったな……と、僕は苦笑いを浮かべた。

 異世界の『女王』も『魔王』も『大魔王』も、現在はこの世界でなんだかとても悲しい存在になっているのだった。

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