131 吸血鬼の幽霊の孤独
「オー、ウー。先日は、ついカッとなったデスます」
吸血鬼の幽霊は、深々と頭を下げたままそう言った。
その言葉に僕が反応せず無言のままでいると――。
幽霊はこちらの様子をうかがうかのように、そっと頭を上げる。
続いて彼女は、
「トウイチロウ、この世界でワガ輩様の話し相手になってくれるのは、貴様だけなのかしらネ。それなのにワガ輩様、唯一の話し相手とケンカをしてしまって……。寂しくて寂しくて、ロンリーでロンリーで、デスますポス、デスますポス……」
前世で僕に身体を消滅させられたことを、すごく
それにもかかわらず彼女は、孤独になることを嫌ってこちらに謝罪してきた。
『この世界で一人ぼっち』になりたくないという気持ちが、前世の恨みに
孤独というのは、場合によっては前世の恨みなんて吹き飛ばしてしまうくらい辛いものなのかもしれない。
まあ、目の前にいる幽霊が『寂しがり屋』というのは確かだろう。
とりあえず僕は、幽霊に何も言葉を返さなかった。
まずは一番の
キーナは、こくりとうなずく。
「うッス! きちんと謝ってくれているのでしたら、もちろん許すッスよ。特にごちゃごちゃ文句は言わないッス」
足の裏たちが、その言葉に反応する。
「キーナ、許シテアゲルノカ」と、右足が言った。
「サスガ、キーナダゼ。人間ノ
足たちの声など聞こえていないだろうキーナが、僕に向かって話の先を続ける。
「とにかく、この身体を元に戻してほしいッス。自分はこれ以上、冬市郎くんに迷惑をかけたくないんスよ」
そんなキーナの声は、僕の隣にいる幽霊にも届いているだろう。
あらためて僕の口から幽霊に伝える必要はない。
念のために僕はキーナに尋ねる。最終確認だ。
「じゃあ、キーナは許してあげるってことでいいんだね?」
「はいッス。それに……たとえ相手が『世界のバグ』だとしても、『孤独』で苦しんでいるというのなら、自分はそんな相手をあまり冷たくは扱えないッスよ……。冬市郎くんも、そうッスよね?」
僕はキーナほど
けれど、『孤独』で苦しんでいる相手に、あまり冷たい態度をとりたくないという彼女の気持ちは充分に理解できた。
ほんの少し前まで、学校で
おおよそ一年の間、『僕たちに孤独を与えてきた人たち』を、この目でたくさん見てきた。
だから――。
僕やキーナは、そういう人たちみたいな『誰かに孤独を与える側の人間』には、出来る限りなりたくないという気持ちが、心のどこかにあるのだと思う。
僕は吸血鬼の幽霊に視線を向けた。
目が合うと幽霊は、また深々と頭を下げる。
僕は、「ふう……」と少し大きめのため息をついた。
幽霊は、ちゃんと謝罪してきたわけだ。
もう敵対しているわけではない。
そして、これからの僕の対応次第では、この金髪の幽霊の『孤独』が少しやわらぐ可能性もあった。
「僕個人としては……冷たいようですが、本当は幽霊さんのことを許したくないです」
幽霊に向かって僕はそう
まあ、最終的には許す気でいる。
それでも、どうしても
キーナと違ってここが僕という人間の
どうせ許すと自分でもわかっている。それなのに、一言余計なのだ。
吸血鬼の幽霊は、「オー……。ウー……」とつぶやきながら落ち込んだ表情を見せた。
僕は話を続ける。
「――けれど、幽霊さん。一番の被害者であるキーナが許すという意見だから、僕も彼女に従いますよ」
「ヌー! トウイチロウ! 貴様も、ワガ輩様を許してくれるのかしらネ!」
幽霊の顔がすぐに、パッと明るく輝く。
「はい。僕も、もう許しますよ。だから、ケンカはこれで終わりということで、キーナの身体を元に戻してくれませんか?」
僕がそうお願いすると、金髪の幽霊は
それから彼女は両目をキュッと閉じる。
「ヌー……。実はとてもごめんなさいなのデスますが、元に戻す方法が、ワガ輩様わからないかしらネ……」
ぬー……。
なんということだろうか。
幽霊の発言に、今度は僕が天井を見上げた。
ショックを受けたのは僕だけでなく、足の裏たちもだ。
「キーナヲ元ニ戻ス方法ガ、ワカラナイノカ……」と右足が言った。
「一番恐レテイタ展開ダナ……」と左足が続ける。
幽霊の発言を、僕はキーナに伝えた。
キーナは「うー……」と小さな
「冬市郎くん……元に戻す方法についてなんスけど」
「ああ」
「世界のバグさんは、『その方法がわからない』のか、それとも『本当は知っているのに忘れてしまっているだけ』なのかで、意味が違ってくると思うんスけど……。ど、どうなんスかね?」
確かにキーナの言う通り、一度その違いは確認しておかなくてはいけないだろう。
僕は吸血鬼の幽霊に尋ねる。
「ヌー……。ワガ輩様、元に戻す方法をそもそも知ってイたのかどうか、それすらもわからないのかしらネ……」
僕はキーナに、幽霊のその言葉を伝える。
キーナは無言でうなずく。
一方で足の裏たちは、ざわついていた。
「『ソモソモ知ラナイ』トイウ可能性ガ高イナ」と右足が言った。
「アア。ソウ思ッテオイタ方ガ、良サソウダ」と左足が続ける。
僕も足たちの意見と同じだった。
『キーナを元に戻す方法を、幽霊はそもそも知らない』と、覚悟しておいた方がいいだろう。
なんとなく期待できそうにない。
そんなわけで……。
僕たち三人と足の裏たちは、
吸血鬼の幽霊は、この場に居るのが申し訳ないという感じの暗い表情を浮かべていた。
謝罪してきたとはいえ、僕はこの幽霊に完全に心を許したわけでもない。
それでも、さすがに気の毒に思えてくる。
僕は後頭部をポリポリ掻きながら口を開く。
「幽霊さん。そのぉ……とりあえず少し
「ヌンっ?」
吸血鬼の幽霊と雑談でもしていたら、キーナを元に戻す直接的な方法は無理でも、ヒントらしきものは手に入るかもしれない。
現状では、この吸血鬼の幽霊の記憶を揺さぶって、そこから何か手がかりを得るしかないのだ。
それに――。
孤独でずっと寂しい思いをしていた幽霊の話し相手になることは、そんなに悪い考えではない気がしたのである。
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