130 カーテンの裏の幽霊

 とりあえず、カーテンの裏に隠れている幽霊は放置しておくことにした。

 僕もキーナも、ジャリ研としての活動に集中する。

『ヴァンピール・モンスターサーカス』といっしょに、インタビュー記事の内容をチェックし続けたのだ。


 六人で意見を出し合い、ときどき笑い合ったり、会話を脱線させたりしながらわいわい楽しく作業をしていると――。


「……ヌー。みんなで何を楽しそうに話しているデスますポス?」


 女子高等部のセーラー服を身に着けた金髪碧眼きんぱつへきがんの美少女が、そうつぶやきながらカーテンの裏から出てきたのである。

 光沢のある美しいロングヘアーを揺らしながら歩くその少女は、もちろん『吸血鬼の幽霊』だ。


「……アイツ、ドウシテ出テキタンダ?」と右足が言った。

「『カクレンボ』ニキタノカ?」と左足が続ける。


 あま岩戸いわとに隠れた神様をなんとかするために、他の神様たちが岩戸の前で楽しげに踊り騒いだというような神話――。

 確かそんなものがあったと思うのだけど、あの話を何千倍も薄めて、何万倍もスケールを小さくしたような、しょぼい出来事が進路指導室で起きたのだ。

 天の岩戸ではなく、カーテンの裏に隠れていた吸血鬼の幽霊が、僕たちの楽しげな様子が気になって出てきたのである。


 吸血鬼の幽霊は頭をポリポリといたり、ぶつぶつとつぶやいたりしながら、じわじわとこちらに近づいてきた。

 彼女は、わざと僕に聞こえるよう「オー、フー……」と、大きなため息を何度もつく。

 友達のに入れない不器用な少女が、自分の存在をアピールしているかのようだった。


「アイツ……。冬市郎ニ、気ガツイテホシイノデハ?」と右足が言った。

「冬市郎ニ、相手ヲシテホシイノダナ……」と左足がつぶやく。


 吸血鬼の幽霊はやがて、僕の正面に立った。

 僕の視界にしっかりと確実に入る場所にである。


 それでも僕は、吸血鬼の幽霊のことは無視し続けた。


「オー、フー……」


 という、わざとらしいため息が、幽霊から聞こえてくる。

 ため息は、もう何度目だろうか?


 けれども、そもそも僕は『ヴァンピール・モンスターサーカス』の前で吸血鬼の幽霊と会話をする気はない。

 誰の目にも映っていない幽霊と会話なんてしはじめたら、変な奴だと思われるからだ。


 僕は吸血鬼の幽霊とは一度も目を合わせず、まるで見えていないかのように振る舞った。

 すると――。


「トウイチロウ! 貴様、どうしてワガ輩様を無視するデスますポス!? 見えてイるのに、目を合わせなイようにしているかしらネ?」


 吸血鬼の幽霊は、僕の態度が気に入らないのだろう。

 とうとう直接、声をかけてきたのである。


「ウィウィ。まあ、周りにこんなにも人間がイる状況では、トウイチロウがワガ輩様と会話できなイのは理解しているデスわヨ」


 吸血鬼の幽霊は、キョロキョロと周囲のバンドメンバーたちを見まわすと話の先を続ける。


「けれども貴様、久しぶりに会ったワガ輩様の姿を、ちらりとも見ないとはどういうつもりかしらネ! 少しは反応したらいいデスますポス!」


 ぶつぶつと僕に対して文句を口にする金髪の幽霊。

 しかし、こちらは相手と目を合わせない。


 僕は引き続き、『幽霊の姿なんてまったく見えていないし、声も聞こえていないぜ』みたいな表情を作ってソファーに座っていた。

 普段の生活で僕は、足の裏たちの声が聞こえていないかのように振る舞っている。

 だから、こういうことは得意なのだ。


 吸血鬼の幽霊はそんな僕の様子に、さすがに不安を覚えたようである。


「オー! ンー! もしかしてトウイチロウ! 貴様、ワガ輩様の姿が見えなくなってしまったデスますポス!?」


 幽霊が、ぴょんぴょんと飛び跳ねたり、何度も手を振ってきたりした。

『こっちを見ろ!』というアピールがすごい。


 ……カーテンの裏にひっそりと隠れていたあの時間は、いったいなんだったのだろうか?


 それでも僕が無視し続けると――。


「ヌー……。本当に見えなくなってしまったデスますポス!? クゥゥ……。敵同士とはいえ、久しぶりに会話のできる相手と会えたデスわヨ。それなのに、この世界でワガ輩様と唯一会話の出来る貴様が相手をしてくれないと、ワガ輩様はこの先とても困るデスますポス……」


 吸血鬼の幽霊の発言に、足の裏たちが反応する。


「アイツ……冬市郎ト、オ話ガシタインダナ……」と右足が言った。

「例ノ作戦ハ、実行シナクテモ大丈夫ソウダ……」と左足が続ける。


 左足の言う通りだ。

『団長を連れて電車かバスに乗る』という例の作戦は、たぶん実行に移さなくてもよさそうだった。

 そんなことをしなくても、相手はよろこんで話し合いに応じてくれそうな雰囲気なのだ。


 孤独な存在である吸血鬼の幽霊。

 どうやら彼女は、僕とすごく会話がしたいようだった。

 純粋じゅんすいさびしいのだろう。


 僕は一度「こほん」と咳払せきばらいをして、キーナの注意をひきつける。

 キーナの視線が、こちらを向く。


 それを確認すると僕は、指で首のチョーカーを三度いじり、その指を移動させて自分の鼻の頭を二回触った。

 その後、左右の目でウインクを交互に四回行う。

 あらかじめ二人で決めておいた『作戦中止の合図』である。


 僕の送った合図を受けてキーナも、左右の目でウインクを交互に四回行った。

 その後、彼女は両手を胸の前でクロスさせると、その両手を使って自身の左右の耳たぶを同時に三回、下に引っ張る。

 これは『了解しましたッス』の合図だ。


「コノ合図……面倒臭メンドウクサクナイカ……?」と右足がつぶやいた。

「コノ合図ジャナキャ、駄目ダッタノカ……?」と左足は疑問の声を上げる。


 そんなわけで『団長』を校舎から無理に連れ出す必要もなくなった。

 僕とキーナは、さらにジャリ研の活動に集中することができた。

 幽霊の存在を無視して、インタビュー記事のチェックを進めたのである。


 やがて――。

 作業がすべて終わり、『ヴァンピール・モンスターサーカス』の四人が進路指導室から出て行く。

 これから校舎内でバンドの練習をはじめるそうだ。


「も……モギモギ……。それではジャリ研さん。何かあったら連絡するモギモギ」


 最後に部屋を出たチケットもぎりが、そんなことを言い残して去っていった。

 けれどまあ、インタビュー記事に関して大きな問題が発生することはないと思う。

 僕たちは、かなり念入りに話し合ったのだ。


 たとえるなら、雪原せつげんで雪のかたまりを六人で囲んで、全員の手であっちこっちゴロゴロと楽しくわいわい転がしながら、やがてきれいな丸い雪玉をひとつ作り上げるみたいに、みんなでインタビュー記事を丁寧ていねいに整えたのである。


 僕とキーナは部屋の出入り口まで移動して四人を見送った。

 その後、扉を閉めてそのまま進路指導室に残る。


 団長の後を追わなかったのは――。

 吸血鬼の幽霊が部屋を出ていかず、僕のすぐ隣に立っていたからだ。


「さて……」


 と、僕は声を出し、吸血鬼の幽霊の方に顔を向けた。

 ようやく彼女と目を合わせる。

 吸血鬼の幽霊は、僕と目が合ったことがうれしかったのだろう。


「ヌー!? トウイチロウ! やはり貴様、ワガ輩様のことが見えてイるデスますポス!?」


 と、声を上げながらその顔に笑みを浮かべた。

 表情の変化に合わせて、金髪の吸血鬼の口から二本の白いきばがにゅっと姿を現す。


 目が合っただけで、ものすごく機嫌がよくなったみたいだけど……。

 そもそも僕たちは『敵同士』ではなかったのか?


「あの、吸血鬼の幽霊さん……」


 幽霊にそう呼びかけると、僕はキーナを指し示しながら話の先を続ける。


「彼女以外の人間がいるときに存在をアピールされても、僕はちょっと幽霊さんの行動にリアクションを取ることが出来ないんですが」


 キーナだけしかいないのなら、吸血鬼の幽霊の相手も出来る。

 けれど、バンドメンバーもいる状況で、幽霊の行動に対して僕がしっかりとした対応をすることは難しい。

 そのことを金髪の少女にきちんと伝えた。


「ウィウィ。それは理解したデスますヨ。でも、それとなく視線をワガ輩様に向けてくれてモ、よかったんじゃないかしらネ? とても寂しい気持ちになったデスますポス……」


 まあ、それは確かにそうなのだけど……僕だってこの幽霊に対して腹を立てている部分はあるのだから、多少はイジワルな態度をとりたくもなる。

 にくらしい幽霊が、あれほど『自分を見てくれ』とアピールしてきたら、反対に目をそらしたい気持ちがわき上がるってものだ。


 そんな僕の気持ちなど、おそらく理解していない幽霊が話を続ける。


「トウイチロウ! ワガ輩様は、貴様と貴様といっしょにいる黒髪の女に言いたいことがあるデスます」

「なんですか?」

「貴様たち、この前はひどいことをして、ごめんなさいデスますポス!」


 その謝罪は、本当に突然だった。

 吸血鬼の幽霊が、美しい金髪を揺らしながら僕たちに向かって深々と頭を下げる。


「貴様たち、ワガ輩様をどうか許せデスますポス!」


 言葉遣ことばづかいはおかしい。

 けれど……これは間違いなく謝罪だろう。


「トウイチロウ! 貴様、ワガ輩様を許せ! 黒髪の女も、どうかワガ輩様を許せデスますポス!」


 正直、この展開は予想していなかった。

 まさか、全力で謝ってくるとは……。


 ほんの少し前まで僕は、


『敵対する相手に、こちらの要求をどうやって受け入れさせようか?』


 と、ずっと悩んでいたのだ。

 相手の気持ちを理解できていなかったのは、僕も幽霊もお互い様だったようである。

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