129 姿を見せなかった場合の作戦

「ドンナ作戦ダッタカ?」と右足が言った。

「団長ト一緒イッショニ、『バス』カ『電車』ニ乗ルンダヨ」と左足が続ける。


 足の裏たちは、『吸血鬼の幽霊が姿を見せなかった場合の作戦』を話題にしはじめた。


「ドウシテ『バス』カ『電車』ニ乗ルンダ?」と右足が質問する。

カクレテイル吸血鬼ノ幽霊ヲ、オビキ出スタメダロ」と左足が答えた。


 左足は僕の作戦を理解しているようだった。

 キーナも――足の裏たちの声は聞こえていないだろうが――作戦について話しはじめる。


「団長さんと冬市郎くんが会えば、世界のバグさんは気になって、様子を見にくるッスよね」

「たぶん。僕たちから発見されないよう、どこかに身を隠しながらだろうけど」

「世界のバグさんが、こちらの前に姿を見せなかったときは、例の作戦ッスね」

「うん」


 もし、姿を見せなかった場合――。

『団長から遠く離れることができない』という吸血鬼の幽霊の弱点を利用させてもらうつもりだ。


 僕たちは何かしら理由をつけて、団長を学校から連れ出す。

 そして、電車かバスにいっしょに乗る。


 吸血鬼の幽霊は隠れている場合ではない。団長と遠く離れてしまうと、自分の身体が消えてしまうのだ。

 団長の乗った電車かバスに、あわてて乗り込んでくるだろう。


 そうやって相手の行動をコントロールしてやり、出現場所をしぼって接触の機会を作る。

 吸血鬼の幽霊が、電車やバスに乗り込もうと姿を現したところを狙って、声をかけるのだ。


 それでも相手が、こちらの話し合いに乗ってこなかったら?

 この作戦が失敗したらどうする?


 そのときは再び団長を、突発的とっぱつてきに連れ出してやればいい。


『そちらが話し合いに応じるまでは、団長を突発的に何度でも連れ出してやるぞ!』


 という『おどし』をかけてやるのだ。

 吸血鬼の幽霊も、団長をいつ連れ出されるかとびくびくしながら『安心の出来ない日々』を過ごすことになるだろう。


 吸血鬼の幽霊から『安心』を奪ってやる。

 それだけでも充分に、交渉の材料となるはずだ。


 団長を連れ出すことをやめてほしければ『話し合いに応じろ』ということである。


「冬市郎くん、そろそろお出かけする時間ッスね」

「キーナ、出かける前に首筋を――」


 僕は、キーナに首筋を差し出した。

 そうして、出かける準備を済ませると『愛名女子高等部』へと向かったのだった。



   * * *



 女子高等部に到着すると、来客者用の窓口で手続きを済ませる。

 校舎内に立ち入る許可をきちんと取ったのだ。

 前回と違って、優秀な女子中学生ピエロがいないので、手続きは自分たちでおこなった。


 続いて、赤い絨毯じゅうたんの敷かれた廊下を歩き、進路指導室へとたどり着いた。

 やはりここが、『ヴァンピール・モンスターサーカス』との待ち合わせ場所なのである。


 今回はバンドメンバーが先に部屋にいた。


「ガオガオっ! 『ヴァンピール・モンスターサーカス』のギター担当! 『ライオン女』ですっ!」


 僕とキーナが部屋に入るなり、『ライオン女』が自己紹介をしてくる。


「はっ、はい……知っています」


 と、僕は口にする。

 一度会っているのに、まさか再び自己紹介されるとは思っていなかった。


「も……モギモギ……。ベース担当……『チケットもぎり』ですモギモギ」

「はっ、はい……知っています」


 僕は再び、そう口にした。

『チケットもぎり』は前回同様、『STAFF』と白い糸で大きく刺繍ししゅうほどこされた帽子を被っている。


 それから、セーラー服に黒いマントを羽織はおった金髪ツインテールの少女が、僕とキーナの前に出てきて自己紹介をはじめようとした。

『団長』である。


「わははははっ! は、このバンドのボーカルっ! そしてリーダーを務める――」


 しかし『クマ女』が、自己紹介を途中でやめさせる。


「団長……自己紹介は、もういいんだ。この人たちとは、前に会ったことがあるだろ?」


 クマ女は団長の肩に手を置きながら顔をひきつらせる。

 団長がその大きな胸の下で腕組みをして笑う。


「わははははっ! 自己紹介を最後までさせてもらえんとは不完全燃焼だな! わははははっ!」


 そんなわけで僕とキーナは、『ヴァンピール・モンスターサーカス』の四人と再会した。

 けれども吸血鬼の幽霊は、予想通り姿を見せない。

 どこかに隠れて、こちらの様子をうかがっているのではないかと思われる。


 バンドメンバーたちとの挨拶あいさつを済ませると、僕はプリントアウトしたインタビューを渡す。


「これが、先日のインタビューを文字に起こしてプリントアウトしたものです。一度みなさんに目を通していただきたいのですが」


 バンドの四人と僕はソファーに座り、インタビューの内容をチェックしはじめた。

 キーナを元に戻すことも大事だが、ジャリ研の活動だって大事だし、女子中等部の文化祭のお手伝いだって大事なのだ。

 ジャリ研としての責任はたさなくてはいけない。


「今、修正したい場所が見つからなくても、後日でも大丈夫です。修正したい場所がありましたらご連絡ください」


 そんな感じで僕が、バンドメンバーたちと会話をしている間――。

 キーナだけはソファーに座らず、部屋の中をウロウロと歩きまわっていた。さりげなく右手を、あちらこちらにかざしながらである。

 例の異能の力を使って『世界のバグ』の居所いどころを探っているのだ。


 チケットもぎりが、キーナの行動に疑問を抱いた。


「も……モギモギ……。あの人はいったい何をしている? モギモギ?」


 まあ、『吸血鬼の幽霊を探している』とは答えられない。


「気にしないでください。カメラ担当なので、ああやって撮影に適した場所を探すのが好きなんですよ」


 僕は適当なことを口にして誤魔化ごまかす。

 すると――。


「モギッ!? 今日は撮影があるのか? モギモギ?」


 チケットもぎりは、帽子からチョロリと垂らした前髪を指でいじりながら、そわそわしはじめた。

 他のメンバーたちにも緊張が走ったようだ。


 クマ女は、すっと顔をそらすと、くちびるにリップをってから背筋をピンっと伸ばし姿勢を正した。

 ライオン女は手ぐしでワイルドに髪を整えると、小さな鏡を取り出して笑顔の確認をはじめる。

 ヴァンピール団長だけは特に変化なく、あいかわらず胸の下で腕組みをしながら「わははははっ!」と笑い声をあげていた。


 僕は、チケットもぎりの質問に答える。


「ああ……今日は撮影の予定はないですね。インタビュー記事のチェックだけです」


 バンドメンバーたちの緊張はすぐに解け、クマ女が「ふー」と胸をで下ろす。

 そのタイミングで、キーナが僕のそばにやってきた。


「冬市郎くん……窓の方ッスよ。たぶんカーテンの裏ッス……」


 バンドメンバーの四人には聞こえないように、キーナは小声で僕にささやく。


 進路指導室のカーテンは、厚手あつでのかなり豪華ごうかなカーテンである。

 赤色というか、えんじ色というか――まあそんな色で、天井から床くらいまでの長さがあった。


 僕は無言のまま、さりげなく窓の方に視線を向ける。

 吸血鬼の幽霊に気がつかれないよう、チラリとだ。


 部屋のカーテンは開いており、カーテンレールのはじせられていた。

 ヒモできちんとたばねられてはいなかったので、ふわりと寄せられたカーテンの裏に人が一人くらい隠れることは可能なように思える。


 そして、どうやら吸血鬼の幽霊は、その寄せられたカーテンの裏に隠れているみたいだ。

 床とカーテンのちょっとした隙間すきまから吸血鬼の幽霊の上履うわばきの先が、チラチラと見えていたのである。


「足ガ……見エテイルンダガ……」と右足が言った。

「アイツハ、馬鹿ナノカ……?」と左足が続ける。


 まあ、あれで隠れているつもりなのだろう。


『幽霊には足がない』


 そんな話を、誰でも一度は聞いたことがあると思うけど、とりあえず今ここには『足だけ見えている幽霊』がいた。

 カーテンの裏に隠れ、僕たちの話を盗み聞きしているのだ。


「それでは、冬市郎くん。自分もそろそろ座らせていただくッスね」


 役目を終えたキーナは、ソファーのそばに椅子を運んできて腰を下ろした。

 本当にお疲れ様である。


 さて――。

 吸血鬼の幽霊の居場所はわかった。

 ああやって隠れているということは、僕たちの前に姿を現す気はないのだろう。


「ドウスルンダ? アイツニ声ヲカケルノカ?」と右足が言った。

「イヤ、無理ニ接触スルト、逃ゲラレルカモシレナイ」と左足が答える。


 僕も左足と同じ意見だった。

 隠れているところを下手に近づけば、相手は逃げだして距離をとるだろう。


 この前と同じように、広い校舎こうしゃの中であっちこっち逃げまわられたら?

『壁を通り抜けて移動する幽霊』をすべはないのである。


 やはり声をかけるのなら、『団長』を連れ出して電車かバスに乗り、相手の生存をおびやかしつつ、とことんこちらが有利な状況になるまで待つべきだ。

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