115 『吸血鬼の呪いのようなもの』

 吸血鬼の幽霊をにらみつけながら僕は言う。


復讐ふくしゅうのターゲットは僕なんだろ? キーナは関係ないんだから、今すぐ元に戻してくれよ!」

「フフーン、ざまあみろかしらネ! 貴様が大切にしてイるその女が、この先も苦しムかと思うと、ワガ輩様は気分がよろしいのデスますポス!」

「くっ……」


 と、僕がくちびるをみしめたところで、キーナが尋ねてきた。


「冬市郎くん、自分いったいどうなっちゃったんスか? 冬市郎くんの首筋を目にしたときの……あの心臓のバクバクは?」


 キーナは自身の左胸にそっと手を当てると、質問を続ける。


「世界のバグさんは、どう言っているんスか? なんだかケンカしているようッスけど? 自分には世界のバグさんの声が聞こえないので、後で詳しく説明してくれると助かるッス」


 その一方で金髪の幽霊は、僕をからかうかのように両手を顔の高さまで上げ、ヒラヒラと手のひらを動かしながら言う。


「オー。なんて悲しいことなノかしらネ! 憑依ひょういの影響ヲ受けても、その黒髪の女にはワガ輩様の声は、まーったく聞こえないようデスわヨ」


 それから金髪の幽霊は、左手の人差し指で僕のことをビシっと指差しながら言った。


「やはり、この世界でワガ輩様と唯一会話ができるノは、同じ異世界からやってキた貴様だけのよーかしらネ! しかーしっ、仲良くすることはできナいのデスますヨ!」


 僕は両目をきゅっと閉じ、こぶしを握りしめた。


「くそ……。ちょっと前までは、少しは仲良くなれると思っていたのに!」

「ンー。ワガ輩様も、仲良くナれると思ってイましたかしらネー」


 金髪の幽霊は首を軽く横に振る。

 そして彼女は、再び左手の人差し指で僕のことをビシっと指差しながら言った。


「でも、トウイチロウ! 貴様が『吸血鬼殺し』の生まれ変わりなのが、すべて悪いんデスますポス!」


 そんなことを言われても、嘘か本当かもわからない前世のことなんて、僕にはどうしようもない。


「わかったよ……。記憶を少し取り戻した途端、お前は完全に僕の敵になったってことだな」

「そうデスわネ。ワガ輩様と貴様は、もう敵同士デスわヨ」

「それでも、前世の僕が何をしたかなんてキーナには本当に関係ないのに……。彼女を巻き込みやがって……」


 僕がそうなげくと、またまた金髪の幽霊は、左手の人差し指で僕のことをビシっと指差しながら言った。


「ホー! 知ったコッチャないのデスますポース!」

「おい、人のことを人差し指で何度もビシっと指差しするんじゃないよ! 三度目だぞ!」

「オー、フー! 貴様、怒っているデスますポース? 怒っているデスますポース?」

「ああああああっ! 腹立つなあ!」

「とにかくワガ輩様は、『吸血鬼殺し』の貴様に少しでも復讐が出来て、今日はとりあえず満足したかしらネ! さらばデスますポース!」


 そう言うと幽霊は、長い金髪をくるりっとスイングさせながら僕に背中を向けて立ち去ろうとする。


「ワガ輩様は、そろそろ団長の近くまで戻ろうかしらネ!」

「なっ!? ちょっと待てっ! キーナを元に戻せよっ!」


 僕は手を伸ばして、幽霊の肩をつかもうとした。

 ――だが。

 彼女にまったく触れることができず、止めることができないのだ。


 仕方なく幽霊を追跡ついせきするも、彼女はこちらをあざ笑うかのように壁をいくつもすり抜けて移動しはじめる。


「壁ヲ……スリ抜ケルナンテ……」と右足がつぶやく。

「幽霊ノ特徴トクチョウヲ、最大限ニカシタ移動方法ダゼ……」と左足が続ける。


 こんな移動手段をとられたら、常人に追いつくことなど出来はしない。


 やがて――。

 僕は金髪の幽霊の姿を完全に見失みうしなったのである。


「クソっ……。勝ち逃げされた気分だ……」


 うつむき吐き捨てるように僕がつぶやくと、キーナが肩をポンポンと優しく叩いてくれた。


「冬市郎くん、とりあえず今日は帰るッスよ。お互い少し休んだ方がいいッス。それに自分、なんだか風邪のひきはじめみたいに、ちょっとだけ身体がだるいッスよ」


 キーナのその身体の不調は、やはり幽霊に一瞬でも憑依された影響なのだろうか?


「変なことに巻き込んでごめんな、キーナ」

「謝らなくてもいいッスよぉー。自分は、冬市郎くんと変なトラブルに巻き込まれるのは、嫌いじゃないッスから」


 そう言ってキーナは優しく微笑んだ。

 僕はキーナの言葉に従って、女子高等部を後にする。

 吸血鬼の幽霊に関しての問題は、とりあえず一度休んでから考えることにしたのだ。


 しかし僕は、キーナの身体に残されたこの『吸血鬼の呪いのようなもの』を、ずいぶんと甘く見ていたようである。


 この日からキーナは――。

 毎日のように苦しみ、そして僕の首筋を求め続けたのだ。



   * * *



「と、と、冬市郎くん、早朝から呼び出してしまい、本当に申し訳ないッス!」


 金髪の幽霊と出会った翌日。

 キーナは早朝から僕を公園に呼び出した。

 僕の首筋を舐めたくて舐めたくて、我慢できなくなっていたのだ。


「いや、僕がキーナを変なことに巻き込んだせいだから。こっちこそ本当にごめん」


 いつもならまだまだ眠っている時間だった。

 呼び出されたのは、僕の自宅近くの公園だ。


 公園内に入ると、短パンとTシャツにパーカー姿というラフな服装のキーナが、そわそわしながら鉄棒の周辺をウロウロと歩きまわっていたのである。

 早朝の公園はひんやりしており、そんな格好ではキーナも寒いはずだ。

 どうやら、服装に気をつかう余裕すらなかったのだろう。


「えへへっ。も、もう少しで、この鉄棒を冬市郎くんの首筋に見立てて舐めはじめるところだったッスよ」


 キーナは顔を赤くして恥ずかしそうに笑いながらそう言った。

 それから彼女は、すたすたと歩き出して僕の背後にまわる。


「すみませんッス、冬市郎くん。もう我慢できないので、すぐに舐めさせてもらうッスね」


 正面から首筋を舐めるのは、やはり恥ずかしいのだろう。

 キーナが少しでも舐めやすくなるように、僕は膝を曲げて首筋の位置を下げてやった。

 ポニーテールの少女は僕の背後で「ありがとうッス」と口にしてから、首筋に顔を近づけてくる。


 前日と同じようにキーナは、まず歯を立てずにくちびるだけで僕の首筋を、はむはむと甘噛あまがみしはじめた。

 続いて彼女は、舌先をチロチロと動かし、首筋を舐めてはハンカチで拭くという行動を繰り返す。

 やがて――。


「ふうー。冬市郎くん、本当に助かったッス。のどが渇いて渇いて仕方がなかったんスよね」


 首筋を舐め終わり、少し落ち着いたところでキーナが状況を僕に説明してくれた。


 簡単に言ってしまえば――。

 彼女は僕の首筋を舐めることができないと、激しく喉が渇くような状態が延々えんえんと続くらしい。


 夜中にそんな症状が出はじめ、キーナは部屋にあった色んなものを僕の首筋に見立てて舐めていたそうだ。

 けれど、それで『渇き』が治まることはなかったのである。

 そして我慢できず、早朝で申し訳ないとは思いながらも僕に電話したのだった。


 足の裏たちが話しはじめる。


「キーナ、可哀想カワイソウダゼ」と右足が言った。

「原因ハ、冬市郎ニアルンダカラ、早朝ニ呼ビ出サレテモ、文句ハ言エナイナ」と左足が続ける。


 左足の言う通りだった。

 僕はキーナに頭を下げる。


「キーナ、こんなことになって本当にごめんな。これから先も、早朝だろうが夜中だろうが、授業中だって遠慮えんりょせずに、とにかくいつでも僕を呼び出してくれていいからさ。必ず駆けつけるよ」

「ありがとうッス。でも、できるだけ冬市郎くんの迷惑にならないよう、自分も最大限我慢してみるッスから」


 そうしてキーナが落ち着くと僕たちは解散し、学校がはじまる時間まで各自、自宅で可能な限り睡眠をとったのだった。




 そんなわけで、僕の首筋を舐めることでキーナの渇きは落ち着くようだ。

 しかし、いつ渇きがはじまるのかわからないという点が、本当に厄介やっかいだった。

 それから数日間、キーナは一日に何度も喉の渇きを訴えたのである。


 二時間目の授業が終わった後、休憩時間中に人通りの少ない廊下のすみで首筋を舐めさせた。

 昼休みや放課後にジャリ研の部室で舐めさせたりもした。

 夕食後に連絡を取り合って公園に集まり、木陰で舐めさせたこともあった。


 キーナの周囲には当然、僕以外にも人間がいる。

 でも、彼女が求めるのは、とにかく僕の首筋だけだった。


「んー……。他の人の首筋を目にしても、なんの魅力も感じないんスよね? どんなに喉が渇いていても、冬市郎くん以外の首筋を舐めたいとは思わないんスよ」


 その点は、好都合だった。

 キーナには僕の首筋だけを舐めさせておけばいいのだから、他の人間に被害が広がることもない。


 そんなふうにして数日間。

 僕たち二人は、この『吸血鬼の呪いのようなもの』と戦い続けながら、『ヴァンピール・モンスターサーカス』と再び会う約束を、なんとか取りつけたのである。


『ヴァンピール団長』と会えば、あの金髪の幽霊とも再び会えるかもしれない。

 とにかく、あの幽霊と会わないことには、キーナの身体を元に戻す手がかりすら見つからない気がしたのだ。


 首筋をキーナに舐めさせながら僕は、女子高等部を再び訪問する日を指折ゆびおり数えた。

 けれど、女子高等部を訪問する日が来る前に――。

 キーナが中二病喫茶『ブラックエリクサー』のアルバイト採用試験を受ける日がやってきたのである。

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