第11章 アルバイト採用試験
116 第11章 アルバイト採用試験
キーナのアルバイト採用試験は、瀬戸灰音が店に顔を出さない日に予定されていた。
以前からキーナは、銀髪おかっぱ頭のあの少女のことを、どこか
そこで僕は――気をまわしすぎなのかもしれないけれど――灰音のシフトが入っていない日を選んで、キーナの採用試験の予定を組んでおいたのだ。
その日の学校の授業がすべて終わると、僕たちはジャリ研の部室で待ち合わせをした。
二人きりの部室で僕は、
「採用試験中にあの
と言って苦笑いを浮かべると、キーナに首筋を差し出す。
キーナには試験の前に、首筋を思う存分舐めてもらっておこうと考えたわけだ。
いつものようにキーナは僕の背後にまわった。
そして首筋をチロチロ舐め終えると、両手でキュッと握りこぶしを
「うッス! 冬市郎くんの首筋をがっつり舐めて気合も入ったッス! さあ、採用試験に向かうッスよ!」
人の首筋を舐めて気合を入れる女子高生は、おそらくこの国で彼女だけだと思う。
もはや僕もキーナも、お互い首筋を舐めたり舐められたりすることに、抵抗を感じなくなってきているのが怖かった。
とにかく僕は、そんな気合い充分なキーナを連れて、中二病喫茶へと向かったのである。
『中二病喫茶・ブラックエリクサー』
という店名の書かれた派手な
店の
キーナが小首をかしげた。
「冬市郎くん、店先にぶら下がっている銀色のこの兜は……?」
「あはは……こりゃあ、何だろうね」
「以前はなかったッスよね?」
「ああ。今朝まではなかったよ。姉ちゃんが昼間にどこかで、西洋の騎士でも
銀色の鎖や十字架。アンティーク臭のするカンテラ。
そして何かトゲトゲしたわけのわからないオブジェなどなど――。
そんなもので店先は、普段からごちゃごちゃと
ガラス扉をカランコロンと開けて店に入ると、壁に掛けられたコウモリのオブジェが、赤い両目をひっそりと光らせた。
しかし、仕掛けが地味すぎて、キーナはまったく気がついていない様子だ。
このコウモリの目の光に気がつく訪問者を、僕はこれまで一人も知らない。
たぶん目の光が弱すぎるのである。
「姉ちゃん、店先にぶら下がっているあの兜はなんだよ?」
僕はさっそく姉に尋ねた。
店内には
それなのに、ゴスロリ衣装に身を包んだ二十五歳の姉は、胸の下で両腕を組んで『
まあ、潰れそうな店の店長がとる態度ではない。
「ふふっ……。さっそく兜に気がついたのね、冬市郎」
そう口にした僕の姉・
「ああ。店先に銀色の兜が加わってやがったぜ、姉ちゃん」
「クククッ……冬市郎。あの兜によって、店先の守備力が上がったわ」
僕は軽くため息をついてから話を続けた。
「いや……姉ちゃん、あの防具は人間用だ……」
「んっ?」
「RPGだったらお店の人が、『店先はこの兜を装備できないけど、本当に買うのかい?』みたいな確認をしてくれる場合もあるんだけど……。現実世界のお店では、一度も確認してくれなかったのか?」
黒いゴスロリ衣装と茶色い巻き髪をふわりと揺らしながら、姉が首を小さく横に振った。
「あの兜なら、買っていないわよ、冬市郎」
「えっ?」
「そんなお金、もうこのお店にはないもの」
「じゃあ?」
「知り合いからタダでもらったのよ」
姉はそう言うと、くちびるの端を上げて「ふふっ」と得意げな表情を浮かべる。
「いやいや、姉ちゃん。タダだからって、なんでもかんでももらってくるなよな」
「どうしてよ?」
「いずれこの店が、ゴミ屋敷になるぜ?」
僕はそう告げて口をとがらせた。
すると姉は、包帯の巻かれた左手で顔を半分だけ
そして、不敵な笑みを浮かべながらこう言い切った。
「クククッ……この店は、ゴミ屋敷にはならない」
説得力が……ない。
僕は周囲を見渡した。
店内の壁には、それはそれはぶっとい剣が、相変わらず何本も飾られている。
姉が、どこぞの店で調達してきた『ドラゴンキラー』と『ゾンビキラー』のレプリカで、完成度は高いのだが、その分高価なものだ。
最近はその剣たちの中に、見るからに安っぽい『
姉がどこかで拾ってきた曲がった木の枝を、自分でせっせと加工し、
「冬市郎、
と言い放って壁に飾ったのである。
あれは拾ってきた『ただのゴミ』だと思う。
資金難はそういうところから徐々に、この店を
当時、姉は僕にこう説明してくれた。
「この賢者の杖はね、攻撃力はほとんど上がらないけれど、魔力が大幅に上がるのよ」
だが、店内の壁に飾られたその杖を目にするたびに――。
『僕の姉に対しての攻撃力』が、日に日に上がっていく効果があるようだった。
やがて姉は、僕の背後に隠れているキーナに視線を向けた。
「それで、冬市郎。そのポニーテールの子が、あんたの言っていたチーナちゃんね?」
「おしいなあ。チーナじゃなくて、キーナだよ、姉ちゃん」
「あら。カタカナで書けば、
「人の名前を間違えておいて、反省はゼロかよ。ごめんな、キーナ」
姉の代わりに僕が謝ると、キーナは微笑みながら首を小さく横に振る。
「い、いいッスよー、冬市郎くん。名前を間違われたくらい、自分は気にしないッスから」
キーナのそんな言葉を耳にして、姉が小さくうなずく。
「あら、いい子じゃない。見た目も可愛いし、真面目そうだし。さっきは名前を間違えてごめんね、キーナちゃん」
「だ、大丈夫ッス。お姉さん、気にしないでくださいッスね」
それからキーナは、姉に深々と頭を下げ、きちんと自己紹介をはじめる。
「はじめまして。
「はじめまして、キーナちゃん。冬市郎の姉の印場美冬よ。この店の店長をしているの」
キーナなのだが以前、変装して一度だけこの店に来たことがあった。
灰音との接触を
もしかするとキーナはそのとき、姉の姿を目にしていたかもしれない。
けれどまあ、僕とキーナで事前に相談して、
『キーナが店に来たのは今日がはじめて』
ということにしておいたのだ。
周囲に対しての説明が色々と面倒臭い――以前、どうしてキーナが変装して店に来たのか、周囲にうまく説明できない――からである。
「お姉さん、今日はよろしくお願いしますッス」
「こちらこそ、よろしくね、キーナちゃん」
姉は、にこやかにキーナと微笑み合うと、こんな質問をする。
「それで確認なんだけど。キーナちゃんと冬市郎は『友人』なのよね? 『恋人』ではないのよね?」
「はいッス。自分は冬市郎くんのことを『親友』だと思っているッス」
「ふーん」
本当は『恋人』になりたいと願っている僕としては、黙って聞いているのが辛い会話である。
姉は僕の方をチラリと向いて言った。
「ねえ、冬市郎。確認なんだけど、灰音ちゃんはあんたの『恋人』なんだっけ?」
キーナの身体がピクッと震えた。
「だから違うよ、姉ちゃん」
「ああ、うん。灰音ちゃんとは『前世で夫婦だった』って設定なんだっけ? うーん……」
姉は
それから姉は、再びキーナに視線を戻すと言った。
「あと、キーナちゃん」
「はいッス」
「しゃべり方、なんか変って言われない?」
姉はそう口にして、首をかしげる。
すかさず僕は、二人の会話に割り込んだ。
「ね、ね、姉ちゃん、中二病喫茶で働くんだから、しゃべり方に少しクセがあるくらいがちょうどいいんだよ」
「うーん……。それもそうかもね。灰音ちゃんだって、しゃべり方は変だしね」
物事をあまり深く考えない姉は、簡単に納得したようだった。
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