117 お胸のサイズ

 それから姉は言う。


「実はね、キーナちゃん。もうすぐアルバイトの子が一人、お店をめるのよ。『宇宙海賊』の女の子が辞めちゃうのよね」


 姉はキーナに向かって話しかけたのだが、僕が訊き返した。


「えっ……。宇宙海賊さん、辞めちゃうのか?」

「うん。そうなのよ」

「やっぱり以前から、『宇宙海賊ってキャラクターに対して、このお店が狭すぎる!』って、そんな不満を漏らしていたようだしなぁ……」


 僕がそうつぶやくと、姉は大きな胸の下で両腕を組んでうなずいた。


「ああ、うん。まあ確かにそういう不満もあったらしいんだけどね。でも一番の原因は、彼女『仕事で中二病を演じること』に疲れてしまったみたいなのよ」

「そ、そうなんだ」


 続いて姉は、再びキーナに話しかける。


「ねえ、キーナちゃん、聞いてくれるかしら?」

「はいッス」

「私、アルバイトの女の子がこの店を辞めることをね、『ビジネス中二病を卒業する』って心の中で表現しているの」

「ビジネス中二病……ッスか?」


 キーナが小首をかしげたので、僕が補足ほそく説明をする。


「姉ちゃんが言っているこの場合の『ビジネス中二病』は、本当は中二病ではない人がお仕事で――つまりビジネスで中二病を演じているってことだよ」

「うッス」

「だから『ビジネス中二病を卒業する』ってことは、『仕事で中二病を演じるのを辞めちゃう』ってことだよね」


 キーナがこくりとうなずくのを見届けてから、僕は説明を続ける。


「『ビジネスの場で中二病っぽい行動をする』って意味の『ビジネス中二病』って言葉や、他の解釈かいしゃくの『ビジネス中二病』って言葉もあるのかもしれない。けれど姉ちゃんが言っているのは、そうじゃないみたいなんだ」

「むむっ。別の解釈の『ビジネス中二病』って言葉もあるんスね」


 ポニーテールの少女は眉間みけんに小さなシワを寄せる。


「ああ。まあ、姉ちゃんの場合は、仕事で中二病を演じることを『ビジネス中二病』って表現しているんだよ。『ビジネス中二病』って言葉に、別のいろんな解釈があってもいいとは思うんだけどさ」


 キーナは再び首をかしげた。


「んー……。まあ、自分のような初心者には完全に理解することは、ちょっと難しいかもしれないッス」


 僕は苦笑いを浮かべる。


「ああ、うん。まったく大切なことじゃないから、とりあえず聞き流してくれていいよ」

「まったく大切なことじゃないんスか?」

「うん。記憶に残さなくてもいい。僕も上手くは説明できないみたいだし」


 すると姉が、今度は僕に話しかけてきた。


「ところで、冬市郎。キーナちゃんの衣装はどうするのよ?」

「んっ?」

「あんたが連れて来た女の子だから、灰音ちゃんみたいに自前の衣装があるんじゃないの?」

「はあ? いやいや、キーナは衣装なんて持っていないよ。自前の衣装を持っていた灰音が、例外すぎるんだから」


 確かに灰音がアルバイトの採用試験を受けたとき、彼女は自前の衣装である『改造和服』のようなものを持っていたのである。


「えーっ!? 私、キーナちゃんにどんなキャラで働いてもらうか、まだ考えていないんだけど。考えるの面倒臭いし」


 姉はくちびるをとがらせて不満げにそう言った。


「いや、姉ちゃん……面倒臭いって……」

「私、キーナちゃんが自前の衣装を持っていたら、そのキャラで採用しようと思っていたのになあ」

「じゃあ、二代目の宇宙海賊でいいじゃないか」

「えっ?」

「だって、人が辞めて、宇宙海賊の衣装が余るんだろ?」

「いやいや、冬市郎。宇宙海賊は、やめておくわよ。あれはなんだかキャラを把握はあくできないからしばらく封印」


 そう言うと姉は、キーナの肩を軽くポンポンっと叩いてからこう告げた。


「っていうか一応、キーナちゃん。私の中では、もう合格なんだけどさあ――」


 僕は口をあんぐりと開ける。


「はあっ!? まだ、テストらしいことを何もしていないのに?」

「だから一応、『私の中では合格』ってことなのよ」

「どういうことだよ?」

「今日は最終試験を、大森さんが担当することになっているの。大森さんのオッケーがもらえたら、キーナちゃんは本当に合格なのよね」

「なっ!? 大森さんって、『マッドサイエンティスト大森』さんのことだよね?」

「そうそう。今回は彼女が、キーナちゃんの試験官をするのよ」


 こりゃあ、大変かもしれない。

 大森さんはプロ意識がとても高い人だ。

 あの人が審査をするというのなら、いい加減な性格の姉よりも合格ラインはずっと高く設定されそうである。


「でも、姉ちゃん。どうして急にそんなことに? 灰音のときは、僕が試験官だったのに」

「んっ? 特に理由はないけど?」

「はあ?」

「なんとなく今回は、大森さんに試験官をしてもらったらいいんじゃないかな、って思っただけなんだけど」


 この姉のことだから本当に深い考えはなく、思いつきなのだろう。

 姉は茶色い巻き髪をふわりと揺らしながらキーナに尋ねる。


「それで、キーナちゃん、どうする? その高校の制服のまま試験を受けてもいいんだけど……でも、できたら何か衣装を着てほしいかな? その方が試験官の大森さんも、キーナちゃんが実際にこの店で働いているときの姿をイメージしやすいだろうし」


 そんなことを言われても、キーナだって困るだろう。

 彼女は、中二病っぽい衣装など用意していないのだ。

 あんじょう、キーナが戸惑とまどった表情を浮かべていると、姉はこんな提案をした。


「ねえ、もしよかったら、とりあえず今日は私が持っている『メイド服』を貸してあげるわよ」


 いや、姉ちゃん……メイド服って……。

 それじゃあ、『中二病喫茶』じゃなくて完全に『メイド喫茶』じゃねえか。


 まあ、でも。

『キーナのメイド服姿』を、一度見てみたい気もする。


 僕の心に迷いが生じ、姉に対して何も意見を口に出来ないでいると――。

 話がどんどん先に進んでいく。


 姉は、「あ、でも――」とつぶやいてから小さく首をかしげて、こう言った。


「おむねの方はどうかしら? キーナちゃん、お胸のサイズは別に小さいわけじゃないようだけど……」


 そう口にすると姉は両目を細め、じろじろとキーナの胸に視線を向けながら話の先を続ける。


「んー。でも、私のサイズに合わせた服だと、さすがにお胸のお肉が足りなくてブカブカになるんじゃないかしらね?」


 確かに僕の姉は、とても豊満な胸を持っている。

 姉より大きな胸の持ち主となると、僕の周囲では瀬戸灰音くらいしか思いつかない。

 キーナだって、けっして胸が小さい方ではないのだが、姉と比べるとさすがに……。


 胸のサイズ以外なら、キーナの方が僕の姉よりも、見た目も、頭の良さも、人間性もすべてまさっていると断言できる。

 けれど、胸のサイズだけは……。


 姉は自身のアゴの下に右手を当ててうなった。


「うーん……そうねえ。お胸のあたりに細工さいくして……とりあえず何か詰めものをして誤魔化ごまかしておけば、今日のところは私のメイド服でもきっと大丈夫よ」


 どうやら姉は、初対面の女子高生に対して、さらりと自分の優位性をアピールしているようだ。

 相手よりも自分のまさっている部分を大袈裟おおげさに強調する。

 きっとこの先、少しでも自分の方が上に立とうという魂胆こんたんなのだろう。


 ……ああ、そうだ。

 僕の姉は、人間のうつわが小さいのである。

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