118 メイド服姿のキーナ

 そんなわけでキーナは、姉のメイド服を借りることになった。

 ずっと黙っていた足の裏たちがしゃべりはじめる。


「キーナガ、メイド服ヲ……?」と右足が言った。

「予想外ノ展開ダナ……」と左足が続ける。


 足の裏たちの会話を耳にして僕は、キーナのメイド服姿を想像してしまった。

 思わず、ごくりとツバを飲み込む。


「じゃあ、冬市郎くん。自分、メイド服に着替えてくるッスね」


 キーナはほおを薄っすらと赤らめてそう言うと、姉に連れられて店の奥へと消えていった。


 僕は一人残される。

 その場にっ立っていても仕方がないので、どこか空いているテーブルに移動しようと周囲をキョロキョロと見渡すが――。

 店内にお客さんは一人もいない。

 テーブルはすべて完璧かんぺきに空いているのだ。


「今日モ、店ニ客ガイナイナ……」と右足が言った。

「キーナノ採用試験ノ邪魔ニナルカラ、客ハイナイ方ガ、イイゼ」と左足が続ける。


 確かに左足の言う通りだ。

 キーナの採用試験のことだけを考えれば、お客さんはいない方が良い気もする。


 けれど、この店の行く末を想像すると……。

 僕は深いため息をついた。


 それから僕は、姉の手によって描かれた床の魔法陣を踏みつけて店内を移動しはじめる。

 特殊な蛍光塗料けいこうとりょうによって描かれた魔法陣は、眺めてくれるお客さんが店内に一人もいないというのに、がんばってキラキラと光り輝いていた。

 健気けなげだ。

 でも、踏んで移動する。

 そうして適当なテーブルにたどりつくと、一人で席に座りキーナの帰りを待った。


 その後、キーナのことを心配する足の裏たちの会話に僕も加わって、待ち時間をいっしょに潰していると――。


「お、お、お待たせしましたッス、冬市郎くん」


 顔も耳も真っ赤にしたキーナが、店の奥から戻ってきたのだった。

 姉はおらず、メイド服姿となったキーナ一人だけである。

 僕は、すっかり変身したキーナの姿が目に入った瞬間、


「なっ!? キーナ!?」


 と、声を発して椅子から立ち上がった。


 黒と白の二色を基調きちょうとしたメイド服だった。

 両足には、黒いニーソックスをいている。

 メイド服に合わせて頭には、ひらひらしたフリルが印象的な頭飾り――確か『ホワイトブリム』と姉が言っていたような――が装着されていた。


 キーナは黒髪のポニーテールを静かに揺らしながら、もじもじとした様子でゆっくり僕の方に歩いてくる。

 しかしなぜか彼女は、メイド服のスカート前面を手で強く押さえていた。


「キーナ、オシッコガシタイノカ?」と右足が言った。

「スカートヲ、ズット押サエ続ケテイルガ?」と左足が続ける。


 キーナは歩いているときもずっとスカートを手で押さえ続けた。

 だが、トイレを我慢しているというわけではなさそうだった。


 よく見ると――。

 スカートが極端きょくたんに短いのだ。


 足の裏たちもすぐにそのことに気がついたようである。

 両足が声をそろえてこう言った。



「「スカートガ、短インダ!」」



 キーナは、『メイド服姿』になっていたのである。


 下半身の露出度が高いそんなメイド服は、僕の姉の持ち物だ。

 だから上半身の方は、姉自慢のバスト部分をおもいっきり強調したデザインとなっていた。

 ウェスト周辺がキュッとタイトにしぼられており、姉の豊満ほうまんな胸がより強調されるようデザインされているのだ。


 そして、そこには今――。

 普段だったら見慣みなれない『キーナの豊満な胸』が存在していた。


「キーナノ胸ガ……?」と右足がつぶやく。

「巨乳ニ、ナッテイル?」と左足が続ける。


 もちろん『豊満な胸のキーナ』など、僕だってはじめて目にした。

 姉の小細工こざいくのおかげでキーナは、パッと見、豊満な胸の持ち主に変身していたのである。

 それも、違和感のある奇乳きにゅうなどではない。

 とてもナチュラルな美しい形のバストだった。


「魔法かよ……」


 姉が作り上げた『キーナの豊満な胸』を目にして、僕は思わずそうつぶやいた。

 きっと何も知らない人間が目にしたら、本物の巨乳だとだまされるに違いない。


 僕の姉は、頭は悪い。

 けれど、こういう妙に器用な技術を身につけているのだ。


 そんなわけで『ミニスカ巨乳メイド』に変身させられたキーナ。

 僕はめったに見られないだろう彼女のそんな姿を、脳裏のうり懸命けんめいに焼き付ける。


 これは……。

 一生の思い出になりそうだ。


 その一方でキーナは、僕の前までやって来るなり、耳元に口を近づけてきた。

 どうやら首筋を舐めたくなったわけではなさそうである。

 彼女は小声で僕にこう言った。


「と、冬市郎くん……。このメイド服、スカートが短すぎる気がするんスけど……」


 赤面してそう口にするキーナ。

 僕は一度、彼女と至近距離しきんきょりで見つめ合った。

 ポニーテールの少女は、薄っすらと涙目で困ったような表情を浮かべている。


 続いて僕は、彼女のスカートに視線を移動させた。

 僕の視線を感じるとキーナは、「うぅ……」と半歩後ずさりして、両手でスカートの前面をキュッと押さえる。


「お、大きく動くと、パンツが見えちゃいそうなんッスよぉ……」


 黒髪の少女はそうつぶやいて、栗色くりいろの瞳をふたつキョロキョロと泳がせた。


 おそらく――。

 僕の姉は、わざとエッチな衣装を用意したのだ。


『採用試験を受けるための仮の衣装』と言ってはいたが……。

 まあ、あわよくばキーナをこの格好のまま店で働かせようとたくらんでいるのだろう。


 確かに、男性客がたくさんやって来そうな衣装ではある。

 姉は、キーナが自分に対して『ノー』と言わない少女であることをすぐに見抜き、強引にミニスカメイド服姿で店に立たせるつもりなのだ。


 しかし、僕がそれを許さない。

 僕は眉間みけんにキュッと深いシワを寄せ、キーナの周囲をぐるりぐるりと三周ほど回った。

 そして、ミニスカ巨乳メイド姿のキーナを、側部も背部も一通りこの両目に焼き付けてから彼女にこう言う。


「キーナ、今すぐ姉ちゃんに言って、その衣装をチェンジしてもらおう」

「えっ?」

「だって、そんな格好じゃ満足に動けないんだろ?」

「う、うーん……」


 キーナは黒ニーソに包まれた両膝を、こすりあわせるようにもじもじと動かしてこう言う。


「ま、まあ……自分、今日は別に、この衣装のままでもいいッスよ」

「えっ? いいの?」

「うーん……。お客さんは一人もいないみたいですし、お店の中に男の人は冬市郎くんだけしかいないようッスから……」


 その発言に足の裏たちが、ざわつく。


「冬市郎ニナラ、パンツヲ見ラレテモ、大丈夫ッテコトナノカ?」と右足が言った。

「異性デモ、親友ニナラ、パンツヲ見ラレテモ、大丈夫ナノカ?」と左足が続ける。


 足の裏たちの声など聞こえないキーナは、もちろんそんな疑問に答えることはなく、微笑みを浮かべて僕に言う。


「まあ、とりあえず今日のところは、このメイド服姿で採用試験をがんばってみるッスよ」

「本当に?」


 キーナは、こくりとうなずく。


「はいッス。冬市郎くん、衣装の心配をしてくれてありがとうッスね。でも、そもそも試験用の衣装にわがままを言って印象が悪くなっても良くない気がするッスよ」


 そう言うとポニーテールの少女は、両手のこぶしをキュッと握りしめて話を続ける。


「――それに、もしアルバイトとして採用されなかったら、推薦すいせんしてくれた冬市郎くんの顔に泥を塗ることになっちゃうッス! それだけは、自分は絶対に嫌ッスね!」

「いや、僕の顔に泥を塗るとか、そんなことは本当に気にしなくてもいいから」


 キーナは首をゆっくりと横に振る。


「それだけじゃないッスよ、冬市郎くん」

「えっ?」

「このメイド服は、冬市郎くんのお姉さんがわざわざ、『キーナちゃんに似合うメイド服を選んであげるわ。だから、絶対に試験に合格してね』と、時間をかけて選んでくれたものッス。お姉さんのそんな想いも、このメイド服にはまっているんスよ」


 いやいや、キーナ……。

 姉の想いが詰まっているのだとしたら、それはものすごく不純な想いが詰まっていると思うよ。

 あの姉は、そのエッチなメイド服で『男性客を集めたい』と考えているだけなんだから。


 それからキーナは、自身の豊満なバストに恥ずかしそうに視線を向けながら言う。


「そ、それに冬市郎くん。この通りお姉さんが、胸の方も時間をかけて上手に細工してくれたッス。まるで本当に、お、お、おっぱいの大きな人になったみたいッスよ。ここまでしていただいて今更いまさら、衣装をチェンジしてくれとは言い辛いッス……」


 間違いなくそれも姉の作戦だった。

 わざわざ手間をかけて巨乳の細工をすることで、キーナが衣装をチェンジしたいと言い出しにくい状況を作り出したのである。

 妙な部分で小ズルい姉なのだ。


 とにかく――。

 姉の魔法のような技術で『一時的に巨乳となったキーナ』は、大きく動けばパンツが見えそうなミニスカメイド服姿で、アルバイト採用試験に挑むことになったのである。


 がんばれ、キーナっ!

 パンツが見えないよう出来るだけ小さな動きで、『マッドサイエンティスト大森の試験』を乗り越えるんだ。


 とても厳しい闘いがはじまる予感がしたのだった。

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